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150407 二月堂からの下り道途中、左手側(南側)に変わった屋根の建物が見えてきました。大湯屋です。左右の屋根の妻の形が右側の西側が、入母屋造で、左側の東側が切妻造です。 中には、唐破風のついた屋根がのある、風呂屋形と呼ばれる風呂場があり、直径2.3mの湯釜が置かれています。 湯釜と言っても五右衛門風呂のように下から火を焚いてお湯を温めるのではなく、よそで温めたお湯を差し湯をしていました。湯釜と言うよりは鋳物の湯船、浴槽と言った方が良いようです。 鎌倉時代の建物で、鎌倉再建に従事した衆僧や大工が利用したのではないかと言われています。 この左右非対象の形は、興福寺の大湯屋にも見られるもので、湯屋としては標準的な形かと思っておりましたら、さきほど見たばかりの、二月堂の湯屋はこういう形はしていませんでした。 もっとも、二月堂の建物は、修二会を行うために特化した建物ですから、二月堂の湯屋が、一般的な寺院の湯屋と違う形をしていても、何等不思議はないように思います。 ちなみに大湯屋の屋根の向こうに見える木立は、大鐘を吊って居た鐘楼の建つ広場を囲っている木立です。 広場の北西側に建つ俊乗堂の脇から、52段の石段を降りれば、この大湯屋の西側に出ます。 2枚目の写真は、一番上の写真を取った場所と同じ場所から、振り返って撮ったものです。 此処いらあたりは、坂もなだらかで、所々に短い階段がありますが、今まで降りてきた道は、特に食堂や参籠所の前から下り始めたあたりは、石段も長く坂も急でした。 こちらから上っていくのだと、ここらあたりで初めて二月堂の舞台の姿が見えて、目的地を確認するわけです。 やっぱりこの道は、下るより上った方が良いみたいです。 下の写真も、同じ場所からの二月堂の姿ですが、三笠山を背景として、桜越しの姿となっていて贅沢な一枚となりました。 |
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2015年12月14日
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