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150407 上の写真は、東大寺二月堂の舞台から眺めで、西方の景色です。画面中央に大仏殿の屋根が見えていますがその右側の遙か彼方には、奈良時代には、平城宮の大極殿などが見えたのではないでしょうか。 残念ながら、現在の復元された大極殿は見えませんでしたが、条件が良ければ見えることもあるのでしょうか。 もしかして、写真を拡大すれば分かるかもと思い拡大もしてみましたが、やはり分かりませんでした。 中段の写真は、四月堂です。この界隈に建っている堂宇は、そこで行われる法要の月に寄って月名を冠した堂名で呼ばれています。修二会が行われるのは、二月堂で別名観音堂ですし、かって三月に法華会が営まれたのは、法華堂で、三月堂とも呼ばれます。 三昧堂は、四月に法華三昧が行われ、四月堂とも呼ばれます。 もっとも、どこのお寺でも、代表的な年中行事はあるわけですから、この界隈のお寺だけに月名が冠された別名があるのは、二月堂の所為ではないかと思うのです。 もともと月名を冠した二月堂が世間にいわれ、定着したために、それでは、法華堂は、三月堂だ。三昧堂は、四月堂だとなったのではないでしょうか。 二月堂の北側には、手水舎があり、その先には無料の休憩所があります。また、手水舎の後の斜面を登っていくと遠敷神社(おにゅう)があります。そうなんです。参道と神社と休憩所と手水舎が南北で一対になっています。 また東西の遠敷神社、飯道神社、そして、舞台正面の興成神社の三社で作る三角形の中に二月堂は、建てられて居ます。結界を構成しているのでしょうか。 下の写真は、二月堂の北側、登廊を上から覗き込んだところです。この登廊の階段を上り詰めた場所に、手水舎があります。 お水取りのお松明の時は、火のついた大松明がこの屋根の下を上ってくるわけですから、万が一の時の防火の水源としても重要な手水舎の水だったのではないでしょうか。水は背後の山から筧を伝って供給されています。 下の写真では、平っぽく見えますが、実際は中々急な階段です。 |
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2015年12月07日
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