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 上の写真は、東大寺の戒壇院の横顔です。正確には戒壇堂の東側からの写真です。

 実は、この構図は戒壇堂の入場券に印刷されている構図ですが、もちろん右側に見えている勧進所の土塀や、画面中央に見えている樹などは、入場券には描かれていません。
 はじめは、何とか同じ構図で写真が撮れないものかと思い、場所を変えて試してみましたが、どうも無理なようです。

 下の中段の写真は、勧進所の再奥にある勧進所の経庫が見えています。中央の黒く見える建物が経庫ですが、東大寺に6庫ある校倉造の一つです。
 普段は公開されていませんが、このような形で塀の外から良く見えます。

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 道筋は、一番上の写真の中央の道を、戒壇堂の塀に突き当たるまで進み、そこで振り返ると、中段の写真の経庫が見えます。

 戒壇堂へは、突き当たったら左に曲がり、塀に沿って右へ曲がると門があります。門を入るとすぐに受付があり、両側に砂の敷かれた石畳の参道があって、戒壇堂です。

 下の写真は、戒壇堂から南側、門の方向を撮ったものです。御覧の通り境内はシンプルな造で参道の左側は模様を付けた砂だけですし、右側の塀際に樹木と、石灯籠、それに植え込みを一つの島のように設えてあるだけです。

 このシンプルさ故に、境内に心地好い緊張感が漂い、受戒するという重要な儀式が行われるに相応しい格式を感じます。
 会堂の説明を、東大寺の公式ホームページから引用させていただきます。

・・・754年(天平勝宝6)、聖武上皇は光明皇太后らとともに唐から渡来した鑑真(がんじん)から戒を授かり、翌年、日本初の正式な授戒の場として戒壇院を建立した。
戒壇堂・講堂・僧坊・廻廊などを備えていたが、江戸時代までに3度火災で焼失、戒壇堂と千手堂だけが復興された。・・・

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 二月堂から下ってくる二月堂の裏参道とも言うべき道を、大仏殿に沿って南に曲がらずに、もう一寸行ってから、南に曲がります。
 幾らも歩かないうちに左側、つまり東側ですね。東側に指図堂、右側に勧進所が見えてきます。
 指図堂は、文字通り鎌倉復興の際に、総責任者である俊乗坊重源が大仏殿の設計図を納めていたと言われる建物です。
 現在の建物は、以前の建物が風で倒壊したため、江戸時代末期に再建された建物です。

 上の写真が指図堂ですが、お堂の前面の壁際に、おびんずる様の像が置かれています。
 大仏殿の外側に居られるおびんずる様は巨大でしたが、こちらは相応の大きさです。
 お顔は、大仏殿のおびんずる様と同じく、失礼ながら割合と不気味です。

 大仏殿復興後は、法然上人ゆかりの霊場として「法然上人二十五霊場」の十一番霊場とされ、堂内には、法然上人の画像がまつられています。

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 指図堂の東側には、塀に囲まれ赤い門の勧進所があります。

 勧進所は、鎌倉復興の責任者である重源上人が、東大寺再建のための募金活動の拠点とした建物で、江戸復興の時も同じ用途で使われました。

 門を入ると左側に公慶堂、その先の門を入ると右側に阿弥陀堂、正面に八幡殿、八幡殿の左に校倉造の経庫があります。
 勧進所は、普段は非公開ですが10月5日の転害会の時には、八幡殿に安置されている国宝僧形八幡神像や、阿弥陀堂に安置されている五刧思惟阿弥陀如来像、公慶堂の公慶上人像と共に、拝観できます。

 中段の写真が、勧進所の門から覗き込んで撮った写真ですが、正面に見えている門の奥には、八幡殿が見えています。

 下の写真は、勧進所の門前から東側を見た写真です。まっすぐ行って階段を上れば大仏殿の西回廊に突き当たります。なお、画面左端に見えている階段の先には、指図堂があります。

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 正倉院を見学した後は、大仏殿の西側にある戒壇院ヘむかいます。有名な四天王像を拝観するためです。

 正倉院を出たあたりからは、大仏殿の後ろ側が良く見えます。また、近くにある大仏殿の北西にある大仏池に近いあたりは、満開の桜の林があって、人もそれほど多く来ない場所に満開の桜があって、もったいない気もします。

 そんな桜の中に、一本立ちしている大きな木がありました。遠くの山脈をバックにすると、何か特別な桜の樹のような雰囲気を醸します。

 大仏殿の北側。つまり背面は、おおむね南側と同じような構造になっていますが、江戸時代に再建した時に付け加えられた唐破風は、北側にはありません。建物の横幅が江戸再建以降と、それ以前で違っては居るのですが、ざっくりと唐破風のない屋根は、創建当時の大仏殿を彷彿させます。

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 それにしても、こちら側まで回って来る人の数は、随分少ないと思います。その分静かに講堂の礎石や大仏殿の後ろ姿を静かに楽しめるのですが、人の事ながらもったいない話です。

 このあと、桜の林を抜けて二月堂から下ってきた道へ戻り、勧進所や、指図堂の脇を通って戒壇院へ向かいます。

 一人であれば、戒壇院へ向かう前に転害門へ足を伸ばすのですが、何分にも今年は連れが居て、しかもこの時点で大分お疲れのようです。
 動けなくなる前に、タクシーを拾えるところまで行かないと等と、一人勝手に焦っていました。

 実際には、難なく戒壇院の見学を終えて、登大路の県庁前のバス停からバスで、JR奈良駅前のホテルへ辿り着いたのですが、この時は、私自身もくたびれ果てていましたね。

 あまり休憩をとらなかったもので・・・・。

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 写真は、正倉院の正倉です。正倉院には、他に聖語蔵という校倉造の蔵があります。

 また、現在では、実際に正倉に保管されてきた宝物は、同じ敷地内にある鉄骨鉄筋コンクリート造りで,エアコン付の、東西二つの宝庫に格納されています。

 見学できるのは、正倉の離れた正面からだけですが、その場所からだと正倉に向かって左手側の森の中に、聖語蔵(経蔵)も見えています。

 正倉院は、元々は東大寺の正倉でしたが明治以降は、保管している宝物と共に国の管理なり、現在は宮内庁が所管しています。

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 建物についての説明は、宮内庁のホームページからの引用です。

・・・正倉は前記のとおり,もとの東大寺の正倉で,奈良時代以来宝物を襲蔵してきた宝庫です。檜造り,単層,寄棟本瓦葺きで,高床式に造られています。間口約33メートル,奥行約9.4メートル,床下約2.7メートル,総高約14メートルの大きさをもち,床下には直径約60センチの丸柱が自然石の礎石の上にどっしりと立ち並んで,巨大な本屋を支えています。その豪壮な構えと端正な姿は,まことに奈良時代第一の大寺である東大寺の正倉,わけても国家的宝物を安置する宝庫にふさわしいものです。

 倉は三倉に仕切られ,北(正面に向かって右)から順に北倉,中倉,南倉と呼ばれています。北倉と南倉は,大きな三角材(校木)を井桁に組み上げた校倉造りで,中倉は,北倉の南壁と南倉の北壁を利用して南北の壁とし,東西両面は厚い板をはめて壁とした板倉造りです。また各倉とも東側の中央に入口があり,内部は二階造りとなっています。北倉は主として光明皇后奉献の品を納めた倉で,その開扉には勅許(天皇の許可)を必要としたので勅封倉とよばれ,室町時代以後は天皇親署の御封が施されました。中倉・南倉はそれ以外の東大寺に関わる品々を納めた倉で,中倉は北倉に准じて勅封倉として扱われ,南倉は諸寺を監督する役の僧綱の封(後には東大寺別当の封)を施して管理されましたが,明治以後は南倉も勅封倉となりました。・・・

 長くなりますので、このくらいで止めておきますが、印象としては、ともかく大きい印象です。
 同じ校倉造でも、手向山八幡宮の前にある宝庫や、法華堂経庫とは規模が違いすぎて、オンリーワンの建物です。

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 かって東大寺には、多くの伽藍が立ち並び大勢の僧侶などか生活していました。今は、建物の規模が縮小したり無くなってしまった建物も沢山あります。

 大仏殿の両側に聳えていた東西の七重塔などと言うのは、見てみたい建物No.1と言ったところですが、他にも大仏殿の北側に建っていた大講堂なども、見てみたいと思います。
 何も再建してくれとは言いません。CGで再現していただいても結構ですが、模型でなくてジオラマというか景色が見てみたいのです。

 次の見学場所が正倉院なので、大仏殿の北側で一旦西へ向かっていた道を、左折・・つまり北へ曲がります。

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 大仏殿の北側には、大講堂の礎石が並んでいる広場があります。大仏殿の北側は、かって講堂があり、講堂を中心として東、北、西の三方向には、コの字型に三面僧坊と呼ばれる僧坊が建てられていました。天平時代には3000人が生活していたと言われています。

 中段の写真が、その講堂跡の礎石です。画面右の方向に大仏殿があります。講堂についてウィキペディアにはこう書いてあります。引用します。

・・・天平勝宝8年(756年)ごろに完成し、千手観音を本尊としていたが、延喜17年(917年)に焼失。再建された堂も治承4年(1180年)の兵火で焼失。その後復興されたが、永正5年(1508年)の焼失後は再建されなかった。・・・

 江戸再建時には、講堂の再建まで手が回らなかったと言うことでしょうか。三面僧坊に至っては、痕跡すらも今はありません。

 ところで、このあたりに咲く桜は、一本ずつ、ポツンポツンと咲いています。

 群れて咲く桜とは、また別の美しさがあるように思います。

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