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150408 本堂をお参りした後は、書院へ向います。 書院で説明を受けていた修学旅行生達は、三々五々茶室や中庭を見ながら本堂へやってきます。 私と連れは、入れ違いに書院へと向います。 書院は、東から床の間と付け書院のある「上ノ間」を主室として、西へ「中ノ間」「下ノ間」と続いています。 十二畳ある上ノ間は、書院広間の茶席として造られており、そのための水屋は、下ノ間に造られています。 また、書院の北側の東西には、「高林庵」と「閑茶室」が設けられています。 上ノ間は、南側と東側が開けており、南側には大刈込をモチーフとした南にが造られています。 上の写真は、下ノ間の廊下から見た南庭ですが、ここから庭へ降りる場所があります。正確には、庭から上がる場所があります。でしょうか。 中段の写真は、一番上の写真の場所より、少し右手前を撮った物ですが、四角い刈込の脇を通って突き当たる道が、縁先から庭へ出る通路です。右の方には、山門を通ったあと直接お庭へ入る門が見えています。 中央の手前に続く道は、下の写真の手水鉢の脇を通って下ノ間の縁側へ上がります。 さりげなく置いてある手水鉢ですが、片桐石州の作になる手水鉢で、「独坐(どくざ)」の名がつけられています。 ところで、お寺のホームページに ・・・片桐石州は書院・茶室に添えて手水鉢・蹲踞を造っている。素材・形状・配置全てに石州のこだわりや演出をうかがうことができる。・・・ などと書かれていますが、果たして、石舟が鑿や槌を使って、文字通り彫り上げた物なのでしょうか。それとも、素材選びとデザインをしたと言うことなのでしょうか。 デザインだけだと思うのですが、どうでしょう。石工の技もお持ちだったのでしょうか。 |
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2016年03月26日
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