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150408 法隆寺の夢殿を中心とする東院伽藍は、東大門を出て真っ直ぐ東へ行った突き当たりです。 上の写真は、東院伽藍の出入口になりますが、夢殿の正面は南向きですから、現在は使われていませんが南門が正門と言うことでしょうか。 この立派な四脚門をくぐると、夢殿を取巻く廻廊があり、廻廊の中心に、八角形の夢殿があります。 とりあえず、お寺のホームページからの夢殿の説明を引用させていただきます。 ・・・聖徳太子が住まわれた斑鳩宮跡に、行信僧都という高僧が、聖徳太子の遺徳を偲んで天平11年(739)に建てた伽藍を上宮王院(東院伽藍)といいます。その中心となる建物がこの夢殿です。八角円堂の中央の厨子には、聖徳太子等身と伝える秘仏救世観音像(飛鳥時代)を安置し、その周囲には聖観音菩薩像(平安時代)、乾漆の行信僧都像(奈良時代)、平安時代に夢殿の修理をされた道詮律師の塑像(平安時代)なども安置しています。この夢殿は中門を改造した礼堂(鎌倉時代)と廻廊に囲まれ、まさに観音の化身と伝える聖徳太子を供養するための殿堂として、神秘的な雰囲気を漂わせています。・・・ 廻廊の南側には、礼堂があり、その南側に南門があります。 また廻廊の北側には、絵堂と舎利殿があり、その北側に伝法堂があります。廻廊の西南隅が退出口になっていますが、出ると直ぐのところに鐘楼があります。 東院の建物は、それですべてです。ウィキペディアに夢殿の説明がありましたので、引用させていただきます。 ・・・奈良時代の建立の八角円堂。堂内に聖徳太子の等身像とされる救世観音像を安置する。夢殿は天平11年(739年)の法隆寺東院創立を記す『法隆寺東院縁起』の記述からその頃の建築と考えられているが、これを遡る天平9年の『東院資財帳』に「瓦葺八角仏殿一基」の存在が記され、その頃に創立された可能性も考えられている。8世紀末頃には「夢殿」と呼称される。 奈良時代の建物ではあるが、鎌倉時代に軒の出を深くし、屋根勾配を急にするなどの大修理を受けている。昭和の大修理の際にも屋根を奈良時代の形式に戻すことはしなかったため、現状の屋根形状は鎌倉時代のものである。・・・ 説明は、もう少しあるのですが、長くなりますので勝手ながらカットしました。気になる方は、ウィキを直接ご覧ください。 |
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