|
150408 上の写真は、林檎の庭の北西に植わっている御神木の大杉で樹を廻って移殿へ向います。画面左端に大杉の陰から見えているのが移殿です。右側の正面は御廊です。 移殿の前に新しい説明書きがありました。中段の写真です。以下説明書きからの引用です。 ・・・重要文化財 移殿 創建平安時代 貞観元年(八五九) 江戸時代 慶安三年(一六五〇)造替 この御殿は式年造替や御修理の際に、御本殿や若宮神社から一時的に御神霊がお遷りになることから移殿(御仮殿)、また内侍殿とも称されている。それは、全国八万社の神社のうち、御礼祭に際し天皇陛下の御使・勅使が差遣される勅祭社は、当社を含めて十六社しかない。この中でも御本社の礼祭・春日祭は、平安時代からの旧儀を遺す貴重な祭典であることから三勅祭(賀茂祭・石清水祭・春日祭)と称えられている。この春日祭には斎女、そして内侍といわれる天皇陛下の御側近くに仕え、政務に関与する摂関家などを出自とする高位の女官が参向しており、この建物はその用に供したことから内侍殿とも言われる。 奈良市の興福寺の旧境内(現在の奈良女子大附近)には、春日祭に奉仕する内侍の宿舎があったために起こった内侍原町(なしはらちょう)という地名が現在も残っている。 なお、内部は母屋と庇の間に分かれ、母屋が大宮移殿(正面向って右側より第一殿・第二殿・第三殿・第四殿の順で御鎮座)、庇の間が若宮移殿となる。 殿内は神聖な場所でありますので、非礼のないよう心静かにお参りください。また、他の参拝者の迷惑になるような行為ははご遠慮ください。・・・ 中段の写真の説明書きには、こういう風にが書かれていました。 下の写真は、内侍殿から御廊へ登る階段で、「捻り廊」と呼ばれます。こちらも神社のホームページから説明を引用させていただきます。画面左が移殿(内侍殿)、右が御廊です。 ・・・内侍殿から御廊をむすぶ渡り階段、古くは登廊と呼ばれていた建物です。この建物は斜め階段が付けられているため、ほとんど部材が平行四辺形であり、左甚五郎の作であるとの説があります。・・・ |
過去の投稿日別表示
[ リスト | 詳細 ]
2016年04月26日
全1ページ
[1]
全1ページ
[1]



