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2016年04月

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 春日大社の御本殿特別公開は、移殿で仮住まい中の神様をお参りした後、移殿の西側を通って北側へ向います。

 上の写真は、移殿の北側に隣接する宝庫のそばにある「磐座」です。後の立札には、「太古の昔、御蓋山の神様を招いてお祭りした場所です。」と書いてありました。
 南門の正面にも、磐座との説もある額石がありましたが、こちらは正真正銘の磐座です。それにしても地味に置いてあるだけで目立たないことこの上ありません。柵で囲うとか注連縄を張るとかすれば良いのにと云うのは、おせっかいでしょうか。
 ちなみに、磐座は御本殿の中にもありましたが、さすがにそちらは撮影できませんでした。形も色も、こちらの磐座とは随分違っていました。

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 中段の写真は、多賀神社です。回廊の北西隅にあって、御祭神は伊弉諾命(いざなぎのみこと)で延命長寿の霊験あらたかな神様です。東大寺の鎌倉再建に大勧進を勤めた、俊乗坊重源が、大仏殿を再建するにあたり寿命をいただいたという言い伝えがあります。

 下の写真は、風宮神社です。こちらの御祭神は、級長津彦命様・級長津姫命で、御本殿の真西にあります。
 名前から想像されるように、風の神様です。説明を神社のホームページから引用させていただきます。

・・・御本殿の真西に位置するこちらの御社は、風を司る神様です。西の風神のというのは、 本殿を西風の害から守ると同時に、外敵を吹き払う攘災神的な神様であると伝えられています。 春日祭巳之祓式(みのはらえしき)には御神木をこちらの御垣の隅へ納める故実があり、 春日大社ではお祓いは風の神様の御力を頂いて吹き祓うものであると伝えられています。・・・

 さすがに、風の神様だけあって、大手空調メーカーからの寄進もあるようです。風宮神社の立札の後に、隠れてしまいましたが、七種寄木と呼ばれる珍しい木がありますので、その説明も神社のホームページから引用させていただきます。

・・・七種寄木  廻廊内北西隅宝庫の東側風宮様の御垣の中にあり、イスノキ、ヤマザクラ、ツバキ、ナンテン、ニワトコ、フジ、カエデの七種が共生する珍しい木。
古来、風神の威徳をもって種子を集められたといわれ、やどり木であることから、子授けの霊木と崇められ、紙捻(こより)に願い事を書いて結びつける信仰があります。・・・

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 上の写真は、林檎の庭の北西に植わっている御神木の大杉で樹を廻って移殿へ向います。画面左端に大杉の陰から見えているのが移殿です。右側の正面は御廊です。

 移殿の前に新しい説明書きがありました。中段の写真です。以下説明書きからの引用です。

・・・重要文化財 移殿 創建平安時代 貞観元年(八五九) 江戸時代 慶安三年(一六五〇)造替
 この御殿は式年造替や御修理の際に、御本殿や若宮神社から一時的に御神霊がお遷りになることから移殿(御仮殿)、また内侍殿とも称されている。それは、全国八万社の神社のうち、御礼祭に際し天皇陛下の御使・勅使が差遣される勅祭社は、当社を含めて十六社しかない。この中でも御本社の礼祭・春日祭は、平安時代からの旧儀を遺す貴重な祭典であることから三勅祭(賀茂祭・石清水祭・春日祭)と称えられている。この春日祭には斎女、そして内侍といわれる天皇陛下の御側近くに仕え、政務に関与する摂関家などを出自とする高位の女官が参向しており、この建物はその用に供したことから内侍殿とも言われる。

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 奈良市の興福寺の旧境内(現在の奈良女子大附近)には、春日祭に奉仕する内侍の宿舎があったために起こった内侍原町(なしはらちょう)という地名が現在も残っている。
 なお、内部は母屋と庇の間に分かれ、母屋が大宮移殿(正面向って右側より第一殿・第二殿・第三殿・第四殿の順で御鎮座)、庇の間が若宮移殿となる。

 殿内は神聖な場所でありますので、非礼のないよう心静かにお参りください。また、他の参拝者の迷惑になるような行為ははご遠慮ください。・・・

 中段の写真の説明書きには、こういう風にが書かれていました。
 下の写真は、内侍殿から御廊へ登る階段で、「捻り廊」と呼ばれます。こちらも神社のホームページから説明を引用させていただきます。画面左が移殿(内侍殿)、右が御廊です。

・・・内侍殿から御廊をむすぶ渡り階段、古くは登廊と呼ばれていた建物です。この建物は斜め階段が付けられているため、ほとんど部材が平行四辺形であり、左甚五郎の作であるとの説があります。・・・

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 今回は、20年に一度の式年造替に当たっていて、春日大社を参拝した前月の3月27日に仮殿遷座祭が執り行われ、普段は本殿に鎮座されている御神儀が御仮殿へお遷しされています。
 それで4月1日より3ヶ月間、本殿の修理が始まる前に御本殿が公開されました。何せ20年に一度と云うことですから、この次は、平成47年のことで、私としたところで生きているものやら、生きていても奈良まではるばるやってこれる健康状態かどうかは、はなはだ疑問です。二度と見れない可能性が非常に高い拝観です。

 いつもの特別参拝ですと、林檎の庭の東側の参道(上の写真の奥に見える道)を通り、御廊と呼ばれる回廊に沿って中門前から参拝という順路でした。今回は、幣殿・舞殿と直会殿の間から入場し、林檎の庭内の西側を通り、大杉の脇を回って、まずは御本社の神様が御遷座されている移殿を参拝します。

 移殿は、普段は内侍殿とよばれ、ご神前でご奉仕する内侍と呼ばれる助成が控えていた建物です。

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 一番上の写真は、幣殿・舞殿の南側にある「林檎の庭」と呼ばれる場所で、画面中央やや右に見える樹が林檎の庭の名の由来となった林檎の樹です。平安時代に高倉天皇のお手植えの樹とされていますが、平安時代の林檎とは、どんな味がするのか気になります。画面手前の竹の柵が参拝通路の柵です。

 ちなみに、普段は林檎の庭には一切入れません。

 中段と下の写真は、林檎の庭から見た中門と御廊です。それでは、また春日大社のホームページから説明の引用です。

・・・中門は御本殿の直前にある楼門で約10mの高さがあります。 中門正面の唐破風(からはふう)は明治時代に取り付けられました。
御廊は中門から左右に約13m、鳥が翼を広げたように延びています。 現在御本殿の祭典では、神職の座る場所ですが、昔は興福寺の僧侶が御経をあげる場所でした。・・・

 門の両側に見える回廊のような建物が御廊です。

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 ようやく、春日大社本殿の南門へ到着です。
 春日大社の本殿は、南向きに建っていますが、その正面にある門です。

 それでは、神社の公式ホームページから南門の説明を引用させていただきます。

・・・南門は春日大社正面の楼門です。表参道を歩いて回廊内に入る時に潜る門で、 高さは12mあり春日大社最大の門です。春日祭(※)の折に、勅使(ちょくし・天皇陛下のご名代)が 藤原氏以外であれば、この門より入ってお祭りを奉仕します。
※春日祭…非公開につき参列は出来ません・・・

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 南門の説明で「勅使が 藤原氏以外であれば、この門より入って」とありました。勅使が藤原氏の場合は、西回廊にある三つの門の一番南側にある慶賀門を使います。こちらの説明も写真は無いですが引用させていただきます。

・・・慶賀門は西回廊にある三つの門の中で南側にある門です。この門は古来正式な参入門であり、 御蓋山を正面に望んで参入することで、御本殿が出来る前から御蓋山が神様のお山であったことを 感じることが出来ます。西回廊の他の二つの門と異なり天井板(格天井)になっています。 現在の春日祭では勅使が藤原氏であればこの門より入ってお祭りを奉仕します。・・・

 中段の写真は、南門の前にある石で、磐座とも、出現石とも、額塚とも諸説あって決定的な説明はありません。
 謎の石と言うわけですが、感じる人はこの石から何かを感じるのでしょう。

 南門をくぐり、この度は第60次式年造替記念で、普段は中門から覗くだけの御本殿を間近に見ることができるという幸運に恵まれました。
 この時は、いつもの特別拝観と違って、南門をくぐるとすぐ正面に建っている幣殿と舞殿の建物と西回廊に沿って建つ直会殿の間から入場します。下の写真は、舞殿と幣殿です。この写真ですと奥の二間が幣殿で、手前の三間が舞殿です。詳しくは次回・・・・

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 上の写真は、春日大社の二之鳥居です。一之鳥居から二之鳥居までの間の参道は、概ね平らな道でしたが、二之鳥居以降は、階段が続きます。また階段でない区間もしっかりと上り道となります。

 下の二枚目の写真と、一番下の写真は、参道の向って左側にある「着到殿」です。

 こちらの説明も、春日大社のホームページからの引用です。

・・・3月の春日祭の折に御本殿での勅使参向之儀に先立って「着到之儀」が行われる建物です。平安・延喜年間の創建。・・・

 シンプルな説明ですね。

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 もう一つ、いつも参考にさせていただいているホームページで浦野英孝氏による元近畿大学教授の故藤原敞氏の写真と原稿を基にした「奈良観光」から引用させていただきます。

・・・ 春日大社の表参道を「一の鳥居」から東へ辿って最後の所、参道北側の石垣上に建つ古めかしい桧皮葺の建物が「着到殿(ちゃくとうでん)」です。平安時代の中頃、916年(延喜16年)創建で、1413年(応永20年)再建され、参道に面した南側が正面、屋根は西側が妻切妻造ですが、人が出入りする東側が写真の様に妻入母屋造になっていて、毎年3月13日「春日祭」で勅使(ちょくし)以下がここで「着到の儀式」を行い、天皇が行幸の折は行在所になります。・・・

 「人が出入りする東側が写真の様に妻入母屋造になっていて」と書いてありますが、中段の写真では、建物の参道側が南側ですので、画面左側の妻が西側になります。それで東側については下の写真なのですが、残念ながら東側の屋根が入母屋造は、屋根を撮ってないのでこの写真では判りません。

 本殿の南門まで、あと少しです。

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