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150408 新薬師寺の境内の西側は、土塀で区切られていて、その向こうには、日本庭園と庫裏と香薬師堂があります。 香薬師堂は、かって高さ75cmの飛鳥時代後期の金銅仏「香薬師如来立像」を安置していましたが、昭和18年(1943年)に盗難に遭い未だに行方不明です。現在ではレプリカが作成され、本堂のご本尊の前に安置されていたように思いますが、記憶が今ひとつ曖昧で私の勘違いかも知れず、本当は香薬師堂の方に安置されているのかも知れません。 土塀の向こうの庭園は、織田有楽斎の監修とも言われ塀に沿った大きな池を中心としたお庭ですが、現在の姿からは、本来のお庭がどのようなものであったのか想像も付きません。 上の写真は、本堂の西側から撮った写真で、この日の夜に行われる「おたいまつ(修二会)」に使う籠松明が用意されています。向こうの土塀の先には、庫裏やら、織田有楽斎監修のお庭やら、香薬師堂があります。 ちなみに塀越しに見えている屋根が香薬師堂の屋根です。 香薬師堂は、大正6年(1917年)に建てられたお堂で、主の香薬師立像が行方不明の現在は、秘仏のお玉地蔵が安置されて信仰を集めているそうです。 中段の写真と、下の写真が庫裏と香薬師堂の前にあるお庭ですが、土塀の門は、庫裏の玄関の正面に一つと、香薬師堂の正面に一つ作られています。 下の写真では、香薬師堂の前から本堂へ向って撮った写真ですが、見ても判るように門を入ると池を渡る橋が架かっています。香薬師堂がこんなに新しいと知らない時には、門を入って池を渡って香薬師堂の正面に到着するわけですから、この橋で池を横断するのは、当たり前のように思っていました。しかしお堂は大正時代の作と言うことですので、織田有楽斎が庭を構想した時には、橋は無かったかも知れません。 どんなお庭だったのでしょうか。何年か前に来た時と比べると樹木が境内同様、随分と刈り込まれています。これから綺麗に整備されていくことを期待しています。 |
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2016年05月19日
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