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150409 吉野山のケーブルの山上駅から歩き始めると程なく車道をまたいだ門が見えて来ます。この門は、金峯山寺の総門で「黒門」と呼ばれます。 上の写真が黒門ですが、この門があるが故に、観光バスのような大型車両はこの道を通れません。 金峯山寺の総門と言うことは、吉野全山の総門でもあり、大変格式の高い門です。かってこの門を通過する際は、公家・大名と言えども槍を伏せ、馬や乗り物を降りて通過しました。 とは言え、大変地味な門ではありますが、実は昭和60年(1985年)の再興です。 さらに道を上り続けると、正面に大きな鳥居が見えて来ます。道は鳥居の手前で右へ迂回してさらに上っていきます。 銅の鳥居(かねのとりい)で、下の中段の写真がそれです。 銅の鳥居については、ウィキペディアに説明がありましたので、引用させていただきます。 ・・・銅の鳥居(かねのとりい)は、奈良県吉野郡吉野町吉野山にある金峯山寺の銅で造られた鳥居である。 大峰山上までに修行(しゅぎょう)、等覚(とうかく)、妙覚(みょうかく)の4つの門があり、この鳥居は第一門で「発心門」とも呼ばれていた。創立年代不詳であるが、俗に東大寺盧舎那仏像(奈良の大仏)鋳造の際に余った銅を使い建立されたという。 『太平記』によれば1348年(南朝:正平3年、北朝:貞和4年)に高師直の兵火により焼け落ちたとあり、その後の再建時期は不明であるが、康正(1455年から1457年)の頃に復興されたと考えられている。・・・ 高さ7.5mで、重要文化財、そして日本三大鳥居の一つです。(他は、大阪四天王寺の石の鳥居、安芸の宮島の朱色の両部鳥居) 扁額には弘法大師の筆で「発心門」と書かれています。 下の写真は、銅の鳥居の直ぐ側にあったお宅の屋根に、どう見ても大國様だと思うのですが飾られていたのが珍しくて、写真を撮らせていただきました。 |
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2016年05月21日
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