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150409 今回の写真は、上の写真と中段の写真が、前回に引き続き花矢倉の展望台からの景色です。 一番下の写真は花矢倉から、また徒歩で4〜5分下ったあたりからの写真です。 三枚とも眼下に広がる満開の桜の景色を写していますが、三枚とも要になる位置に、金峯山寺の蔵王堂が見えています。 尾根筋の斜面を桜が埋め尽くし、その中央に家並みが連なって続き、その家並みの突き当たりに蔵王堂の屋根が見えています。 蔵王堂の前に門前町が広がっていますので当然ともいえますが・・・・。 吉野山に桜が多いのは、元々自生している桜の樹か多かったわけではないようです。 ウィキペディアには、「植えられている桜の種類は、ほとんどが白山桜(シロヤマザクラ)であり、その数は約3万本にも及ぶという。 」とあります。 吉野山に桜が多いわけについて、ウィキペディアの説明を引用します。 ・・・吉野山に桜が多いのは、桜が蔵王権現の神木であるとされたことによる。 修験道の開祖とされる役小角は、金峰山(現在の大峰山系)で修行を積み、その結果、金剛蔵王菩薩(こんごうざおうぼさつ)が出現して、これを感得し蔵王権現像を彫ったとされる。その時に用いられた木材が桜樹であった。以降、行者達は桜材を使い権現を彫刻し、これを祀る習わしとなった。これより桜は神木となり、桜の枯れ木といえども薪にさえせず、一枝を折る者は指一本を切るといったような厳しい信仰が厳守されたという。そのため蔵王権現に祈願する際には、神木とされる桜の苗を寄進するのが最善の供養となる風習が起こり、平安時代の頃から多くの桜が植えられるようになった。 また大海人王子(のちの天武天皇)が、吉野の寒中で、庭の桜が満開の夢を見て、これが動機となって天下を定めたので、桜は霊木であり神木であるとされ、桜の愛護が始まったとも伝えられる。・・・ やはり古くからの人々の、営々たる努力の賜なのですね。感謝です。 |
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