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 今回の写真は、銅の鳥居を過ぎて、黒門までの人混みの写真です。時間は、午後の1時半くらい。

 下って行く人も大勢居ますが、まだまだ上がってくる人も沢山います。このあとロープウェイで下へ降りようとしましたが、乗るための行列が延々と続いていたので、歩いて吉野駅まで下りました。道が下りのことと、たいして長い距離でないこともあって楽々と吉野駅につくことができました。

 下る道中は満開の桜の下を歩くので、かえってこのほうが良かったくらいです。

 こうして、私と連れの、この年の吉野見物は終わりかけていますが、気持ちよく吉野を廻れたのは、何と云ってもお天気が良かったことです。この年のこの時期は、天候があまり良くなくて、4日間の旅行の内まともにスッキリと天気が良かったのは、この日1日だけでした。

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 もっとも、竹林院前のバス停にいた地元の方も、今年は桜が咲き始めてから天気の良い日が少なく、この日が初めて良い天気だと話しておられました。

 旅行で訪れるに当たって、雨の方が良い場所というのは、そうあるものではありませんが、特に山の方は、天気が悪ければ、場合によっては観光を諦めなければならないこともあると思います。

 そう考えれば、今回の一番の目的である吉野山へ、天気の良い日に行けたことは、とても幸運なことで感謝しています。

 写真は、上から、黒門が遠くに見えるあたり。黒門の近く。黒門の真下。となっています。黒門を出れば、ロープウェイの駅までは、あとわずかです。

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 金峯山寺蔵王堂の最後の写真は、蔵王堂正面入り口の扁額と、大きな提灯です。
 下から見上げるように撮った写真なので、提灯の下は人も通れないような感じですが、決してそんなことはなくて、十分な高さに吊してあります。

 蔵王堂を出ると境内の東側にある石段から、一般の道路へ降ります。北側にある仁王門は、工事中ですが通行はできます。しかし正面の階段はかなり急なので、東側から出ることにしました。

 仁王門の先も、道の両側にお店が連なっていますが、道はまた、徐々に勾配がついてきます。
 
 朝、竹林院前のバス停を目指し、脇目も振らずせっせと上っていった道ですが、帰りはゆったりとお店を覗きながらの、しかも下り道です。

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 そうこう歩いているうちに、銅の鳥居(かねのとりい)が見えて来ました。この頃で時間は、午後1時20分頃です。西日と言うには、少し早いですが、鳥居の裏面にばっちり日が当たりきれいに撮れます。

 下の写真の右端に見えているお店は、柿の葉すしの有名店「ひょうたろう」です。お店の前に行列ができていましたが、並んで居るみな様、ご苦労様です。

 私の場合は、朝一番で動き出して、少しでも早く早くと自分でせき立てるようにして、午後も早い時間に、あとは帰りの電車に乗るだけになっていますが、ともかくこの時間でも下から上ってくる人が多いのには、驚きます。
 この時間に上って来て、6時過ぎに帰るつもりであれば、充分見学する時間は取れる理屈ですが、降りてくる途中のあちらこちらで目にした順番待ちの行列を思い出すと、とても私には、そんな日程で楽しめそうもありません。
 もっとも、竹林院とかその他の旅館など、こちらで宿泊するつもりであれば、朝もゆったりと出てきて、今頃この辺りへ上ってくるのも有りかも知れません。どのくらいの人が泊まるのでしょうね。

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 金峯山寺の本堂での、ご本尊のご開帳は、いつもいつも、ご本尊の圧倒的なお姿に、感動します。
 ただどうしても桜の季節は混み合います。仕方の無いことだと思いながらも、5月に来た時のゆっくりとご本尊の前のブースへ入り、お参りしたのを懐かしく思い出します。
 今回も、蔵王堂の中の混み具合は尋常ではなく、人にながされるように一回りしてきました。この次は残念だけど花の季節を外してこようかと思いました。

 金峯山寺の説明は、ウィキペディアから引用させていただきます。

・・・金峯山寺(きんぷせんじ)は、奈良県吉野郡吉野町にある金峰山修験本宗(修験道)の本山である。本尊は蔵王権現、開基(創立者)は役小角と伝える。・・・

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・・・本堂(蔵王堂)(国宝) - 山上ヶ岳の大峯山寺本堂(「山上の蔵王堂」)に対し、山下(さんげ)の蔵王堂と呼ばれる。屋根は入母屋造檜皮葺き。2階建てのように見えるが構造的には「一重裳階(もこし)付き」である。豊臣家の寄進で再興されたもので、扉金具の銘から天正19年(1592年)の建立とわかる。高さ34メートル、奥行、幅ともに36メートル。木造の古建築としては東大寺大仏殿に次ぐ規模をもつといわれる豪壮な建築である。内部の柱には、原木の曲がりを残した自然木に近い柱が使われていることが特色で、ツツジ、チャンチン、梨などと称される柱が用いられている。内陣には巨大な厨子があり、本尊として3体の巨大な蔵王権現像(秘仏)を安置する。・・・

 青塗りのご本尊の迫力は、やはり自分でお参りしないと判らないでしょうね。

・・・木造蔵王権現立像 3躯 - 本堂内陣の巨大な厨子に安置される秘仏。本堂が再興された天正19年(1592年)頃の制作と思われる。3躯のうち中尊は像高728センチ、両脇の像も6メートル近い巨像である。寺伝では中央の像が釈迦如来、向かって右の像が千手観音、左の像が弥勒菩薩を本地とし、それぞれ過去・現世・来世を象徴するという(「本地」は本来の姿である仏、「権現」は仏が姿を変えて現れたものの意)。通常は秘仏であるが、特別の行事の際などに開帳されることがある。・・・

 ご本尊の3躰は、重要文化財です。

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 金峯山寺までの、門前町の通りは人であふれていました。早めに昼食を食べてしまって大正解です。ガイドブックに出ているようなお店は、もちろんのことそれ以外のお店でも、食事ができるお店はどこも混雑していました。
 勝手神社から金峯山寺までの間には、豊臣秀吉が「一目千両」と言った景色が見られる「吉水神社」などもあるのですが、もっぱらお土産を物色しながら、肝心の神社はスルーしてしまいました。

 まあ、吉水神社も随分と混雑していたようなので、あんまり残念とも思いませんでしたが、次は必ずお参りしようと思います。

 勝手神社から金峯山寺まではほとんど平に思える道を、人混みに紛れながらゆるゆると歩きます。

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 やがて、突き当たりに石段が見えてくると石段の向こうに、金峯山寺の本堂である蔵王堂の大きな屋根が見えて来ます。
 本堂の前には、石柵で囲われた場所があり、桜が植わっています。説明は、浦野英孝氏のホームページ「奈良観光」からの引用です。

・・・ 蔵王堂前の「四本桜」と、重文「銅灯籠」

 金峯山寺本堂「蔵王堂」正面の石柵で囲まれた中に4本の桜の木が植えられています。ここは1333年(元弘3年)正月16日後醍醐天皇の第2皇子、大塔宮護良(もりなが)親王が北条幕府の六万余騎の大軍に攻められ、吉野山に立て籠もった時、蔵王堂を本陣とし、落城に際し最後の酒宴を兵20余人と共に張った所で、後世ここに4本の桜の木を植え、「大塔宮の御陣地跡」として記念し、江戸時代の俳句で、「歌書よりも軍書に悲し吉野山」と詠まれ、また、石柵の中に立派な青銅の灯籠が1基建っていますが、これは、1471年(文明3年)妙久禅尼が寄進された物で、室町時代の秀作灯籠として重文に指定されています。・・・

 一番上の写真と中段の写真で見える灯籠が、説明にある銅灯籠ですね。

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 竹林院を出て、金峯山寺に向う道中は、竹林院から出てしばらくは、ややきつめの下り道が続きます。
 その代わりと云っては何ですが、向かいの尾根の桜の景色が素晴らしい眺めです。

 きつめの坂道の途中にも、桜本坊や喜蔵院といった見所はあるのですが、軽く覗いただけで、先を急ぎます。

 また、下の中段の写真では、満開の桜に埋もれている向かいの尾根の中腹にも、吉野の地で崩御した後醍醐天皇の陵・塔尾陵のある如意輪寺の多宝塔や、その他の建物が桜の間から見えています。

 この写真に関して云えば、無造作にシャッターを切ってしまったため手前の枝にピントが行ってしまい、肝心の遠くの景色は、ぼけてしまいました。でも何となく多宝塔や建物の形はお判りいただけるかと思います。

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 下りの坂道を下って、平らな場所に出れば、もう金峯山寺の門前町です。下の写真は、ちょうど平らな道へ出たあたりで木の道をまっすぐ行くと金峯神社です。
 この竹林院から降りてきたというか、山上から降りてきた道が取りあえず平らな道と合流する場所に、勝手神社があります。左側の石垣の上が勝手神社の境内となりますが、残念ながら勝手神社の社殿は、平成13年(2001年)に不審火により焼失してしまい現在は、ありません。

 勝手神社でのエピソードが、浦野英孝氏による奈良観光というホームページに載っていましたので、一部引用させていただきます。

・・・ 吉野「勝手(かって)神社」
 吉野八社明神の1つ、金峯山の入口に在るので「山口神社」とも称し、1185年(文治元年)暮れ、義経と雪の吉野山で涙ながらに別れた静御前が従者の雑色男に金銀を奪われ、山中をさ迷っている処を追っ手に捕まり、雅な姿で法楽ノ舞(神に奉納する舞)を居並ぶ荒法師達の前で舞わされたのがここ「勝手神社」です。・・・

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