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   3日目25日(月)、朝8時半にホテルを出発し、バイメージ 1スに乗って郊外の方に秦始皇帝兵馬俑坑博物館の見学に出かけました。


西安は、真ん中が城壁で囲まれた、長方形・碁盤の目の旧市街をなし、そこでは、高度制限があって低い、結構古い建物が並んでいます。この旧市街を高層ビルディング街が囲んで現代の西安があり、郊外には高層のベッドタウンが続いています。イメージ 2


バスは、西安市を出て一路北東へ北東へと郊外を走っていきます。郊外に出て気がついたのですが、市街より郊外に行くほど白くガスっていきます。工場のような煙突からもくもくとくと煙があがり、また家庭の暖房のせいだと思われます。イメージ 3


1時間ほどでバスが兵馬俑坑博物館に着きました。バスを降りてびっくりしたのは、車椅子が待っていたことです。もちろん無料福祉サービスでなく有料です。高いと思いますよ。杖ついてヨタヨタと降りてきた私を見て、“ハッピーカモカモ”と思われたのでイメージ 4しょう。私にしつこくつきまとっ てきました。


兵馬俑坑博物館について、広大だなあという第一印象をうけました。そう、本当に広大でした。バスの駐車場から兵馬俑坑博物館までが遠く、また兵馬俑坑博物館も広大でした。全部で2キロくらいイメージ 5は歩いたのではないかな。「障害者」の私には、一つの試練でした。

兵馬俑は、1974年農民が畑をほっていて見つけたといいます。博物館は、1号館、2号館、3号館があります。共に兵馬俑発掘現場を広大な建物で包んだものです。

イメージ 6

1号館がメインで、前から半分ほどまで顔が一人一人違う、身長180センチの兵馬俑が2,3000体並んでいます。前の方に一般人、後ろの方が甲冑をつけた兵士です。後ろ半分はまだ復元されておらず、壊れた兵馬俑が埋まっていました。

最後方はまだ発掘させされていイメージ 7ないということで、全部復元できた
1万体ほどになるといいます。これが始皇帝の死後の「地下帝国」をなすという話です。


2号館は最初入った時点で何もないなという印象でしたが、ぐるっと回って片隅に高官たちが会議をしている兵馬俑が780体を見つけましたイメージ 8。壁に飾っている掘り出したばかりの兵馬俑の写真では、当初彩色されていたことがわかります。この彩色は、その後の劣化でなくなったと思われます。


次に、兵馬俑坑博物館を出て秦始皇帝陵に行きました。バスの駐車場を出て延々1キロくらい歩かされて、秦始皇帝陵の石碑を見せられただけでした。どっと疲れた。

午後は、空海ゆかりの青龍寺、大興善寺を訪れました。青龍寺の壁に「南無大師遍照金剛」のお経を見出し、我が家の仏教宗派のルーツを見出した思いです。

(つづく).






                    

                                                                                                            







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