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 昨日天気がいいので、友人と金沢の兼六園に行ってきました。イメージ 1 
無料解放の日で大勢の人並みです。まず梅林に行って梅を鑑賞しました。
来るときに駐車場では桜が満開でしたので、期待して歩いていると、何と桜と梅が並んで咲いているのを見ました。
イメージ 2イメージ 3


















珍しいなあ。その後、桜の綺麗なスポットにてくてく歩いて行って。。。。
イメージ 4









この日6000歩以上歩きました。骨折後のいいリハビリになりました。
というよりこの辺に今の能力の限界をみました。
   つまづいたっていいじゃないか
   人間だもの

  相田みつをさんの詩から始めましたが、
つまづいたなんてものじゃなく、凍った道ですってんころりで、
大腿骨の、5本のヒビが入る骨折をやっちゃいました。
 
 1月16日のことです。救急車で病院に搬送されました。
この日道が凍って、市内至るところで転倒骨折が生じ、
病院がいっぱいになりました。

 結局、4日待たされて手術が行われ、2本の金属棒が入れられました。イメージ 1
一本は大腿骨から膝の前まで達するサーベルのような金属棒でした。
まさしく人間サイボーグ化で、きっと空港での検査にひっかるな
と思いました。

 リハビリはすぐ始まりましたが、3週間体重を載せるのを禁止され、
それからレントゲンで確認しつつ、1週間おきに、
体重の3分の1、半分、3分の2、全体重→歩行訓練と
慎重にリハビリが進められました。

 そして杖つき歩行が可能となってたほどなく、
一昨日の3月28日退院となりました。
およそ2ヶ月半の病院生活でした。

 かつての脳梗塞に加えて、今回の骨折ということで、
一からのリハビリを頑張っています。

 早く8割くらいは能力を回復したい!



謹賀新年 2018年元旦



 謹賀新年 2018年

 
   新年おめでとうございます。これまでを振り返り、今年の抱負を述べせていただきます。


 去年は講義もなく、仕事もせず(自分の書いたものを読み返しただけ)、病気療養に専念した年でした。思えば、やはり20152月に脳梗塞で倒れた時から、私の新たな道が始まったと言えます。
 
 脳梗塞後1年目の2015年は、リハビリをすれば体が回復すると信じて、リハビリに邁進した年でした。

 脳梗塞後2年目の2016年は、1年間大学の非常勤の講義を続けて、自己の復活への手応えを得た年でした。

 脳梗塞後3年目の2017年は、脳梗塞後のリハビリに加え、耳鳴りと潰瘍性大腸炎の病気療養の年となりました。耳鳴りで集中できず、潰瘍性大腸炎で気力を失い、長い間ブログを休むこととなりました。

 新年の2018年の目標を考えているところですが、とりあえず、自主トレに力を入れ、脳梗塞後のリハビリを気長に規則正しく続けます。新たな病気との戦いも行います。

 他方で、デイサービス、スイミング、グランドゴルフ(去年晩夏から始めた)を通して、新しく知り合った仲間との交流を大事にし、楽しんでいきます。

 与えられた条件のもとでどう生きていくか、この答えを見出すことが自分の課題です。病気に打ち克ち、生き抜くことも人生の目的とします。

 新年を迎えて、とりあえずは、小説を読むばかりでなく、勉強のための読書を増やして行き、「新しい自分の研究や著作の仕事」の方向性を見出していきたいと思います。

 このブログは、去年途中でやめようかとも悩みましたが、漢方で少し耳鳴りが改善したこともあり、私と社会とのつながりの手段として、たとえ途切れ途切れになっても、これからも続けていくことを決意しました。

 今年も宜しくお願いします。





今日は旅行4日目の1226日。早いものです。あっと言う間に観光最後の日になりました。
我が家4人かたまって、朝7時に食堂で朝食バイキングを食べます。助かったあ。昨日もそうでしたが、この朝食バイキングのおかげで、昼夜の中華料理責めに、あのギタギタの油に、病をかかえた我が消化器は何とか耐えることができました。コーヒ・パンとソーメン、生野菜のサラダ、フルーツのデザートと中華料理以外を選んで食べます。イメージ 1

大連に戻るフライトは、夜8時すぎでしたから、今日はたっぷりと時間があります。これまでの観光で残された場所をめぐりました。他はハズレだとしても、城壁の西門のところ、つまり「シルクロードの起点」は大変よかったです。

前にも述べましたが、西安の中イメージ 2心は、長方形の城壁に囲まれた旧市街をなしています。ガイドさんの説明では、こんなに完璧に城壁が残されたのは、西安以外にないということです。確かに、そこにはコミックの『キングダム』に描かれていた城壁がありました。

今のこの西安の城壁は、1370年代、明王朝時代にレンガで築かイメージ 3れ、周囲14キロあります。壁の上は、2車線ほどの広さがあり、ぐるっと自転車で回れるという話です。

東西南北の4つの門があります。ところどころに櫓があります。『キングダム』は、よく調べていますね。これまで我が観光バスは、城壁の周囲の路を何度もまイメージ 4わってきました。今日は西門に降りて見学しました。

また、ガイドさんの長い解説がはじまります。ここは、本当に「シルクロードの起点」をなしたという話です。
唐時代にシルクロードが始まりましたが、ここからキャラバンが出発したということです。

20分ほど自由行動を得ましたので、我がイメージ 5家族は、一人50元(日本円1000円)を払い、城壁への階段を上って行きました。時間は短かったのですが、中にしかトイレがないという一言が、結構私に効きました。

「身体障害者」には壁を上るレンガの階段は、急できつかったのですが、上に出て、ああ上って良かったと思いました。上は思ったより、広く、見晴らしもいい。きれいに整理された道が、果てしなく続いています。
イメージ 6
 今日は、その後いくつかの観光箇所を回ったのですが、城壁西門が一番よかったです。

ちなみに、最後は「大雁塔」(三蔵法師関係)で閉められましたが、広大な境内入って右側のトイレに入り浸りました。ここのトイレはきれいでよい。老人用、障害者用のトイレもありました。イメージ 7

結局、私は、入口のところでみんなを待つことになりました。大雁塔は遠くから眺めるだけに終わりました。

西安空港は、2130分発で大連のホテルに着いたのは、真夜中の1時。5時のモーニングコールで起こされ、ホテルを6時出発。大連空港を820分出発、昼ごろに富山空港着。富山空港は、横なぐりの雪が降っていました。

本当に帰りは強行軍でしたが、このツアーを乗り切って、身体に自信が着き(食後たくさんの薬を毎回飲んでいましたが)、次につながるものという希望をいだきました。なお、私が脳梗塞を患い体が不自由であるということをみなさんに伝えていないので、かなり普通に扱われたと思います。


   3日目25日(月)、朝8時半にホテルを出発し、バイメージ 1スに乗って郊外の方に秦始皇帝兵馬俑坑博物館の見学に出かけました。


西安は、真ん中が城壁で囲まれた、長方形・碁盤の目の旧市街をなし、そこでは、高度制限があって低い、結構古い建物が並んでいます。この旧市街を高層ビルディング街が囲んで現代の西安があり、郊外には高層のベッドタウンが続いています。イメージ 2


バスは、西安市を出て一路北東へ北東へと郊外を走っていきます。郊外に出て気がついたのですが、市街より郊外に行くほど白くガスっていきます。工場のような煙突からもくもくとくと煙があがり、また家庭の暖房のせいだと思われます。イメージ 3


1時間ほどでバスが兵馬俑坑博物館に着きました。バスを降りてびっくりしたのは、車椅子が待っていたことです。もちろん無料福祉サービスでなく有料です。高いと思いますよ。杖ついてヨタヨタと降りてきた私を見て、“ハッピーカモカモ”と思われたのでイメージ 4しょう。私にしつこくつきまとっ てきました。


兵馬俑坑博物館について、広大だなあという第一印象をうけました。そう、本当に広大でした。バスの駐車場から兵馬俑坑博物館までが遠く、また兵馬俑坑博物館も広大でした。全部で2キロくらいイメージ 5は歩いたのではないかな。「障害者」の私には、一つの試練でした。

兵馬俑は、1974年農民が畑をほっていて見つけたといいます。博物館は、1号館、2号館、3号館があります。共に兵馬俑発掘現場を広大な建物で包んだものです。

イメージ 6

1号館がメインで、前から半分ほどまで顔が一人一人違う、身長180センチの兵馬俑が2,3000体並んでいます。前の方に一般人、後ろの方が甲冑をつけた兵士です。後ろ半分はまだ復元されておらず、壊れた兵馬俑が埋まっていました。

最後方はまだ発掘させされていイメージ 7ないということで、全部復元できた
1万体ほどになるといいます。これが始皇帝の死後の「地下帝国」をなすという話です。


2号館は最初入った時点で何もないなという印象でしたが、ぐるっと回って片隅に高官たちが会議をしている兵馬俑が780体を見つけましたイメージ 8。壁に飾っている掘り出したばかりの兵馬俑の写真では、当初彩色されていたことがわかります。この彩色は、その後の劣化でなくなったと思われます。


次に、兵馬俑坑博物館を出て秦始皇帝陵に行きました。バスの駐車場を出て延々1キロくらい歩かされて、秦始皇帝陵の石碑を見せられただけでした。どっと疲れた。

午後は、空海ゆかりの青龍寺、大興善寺を訪れました。青龍寺の壁に「南無大師遍照金剛」のお経を見出し、我が家の仏教宗派のルーツを見出した思いです。

(つづく).






                    

                                                                                                            






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