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西安は、真ん中が城壁で囲まれた、長方形・碁盤の目の旧市街をなし、そこでは、高度制限があって低い、結構古い建物が並んでいます。この旧市街を高層ビルディング街が囲んで現代の西安があり、郊外には高層のベッドタウンが続いています。
バスは、西安市を出て一路北東へ北東へと郊外を走っていきます。郊外に出て気がついたのですが、市街より郊外に行くほど白くガスっていきます。工場のような煙突からもくもくとくと煙があがり、また家庭の暖房のせいだと思われます。
1時間ほどでバスが兵馬俑坑博物館に着きました。バスを降りてびっくりしたのは、車椅子が待っていたことです。もちろん無料福祉サービスでなく有料です。高いと思いますよ。杖ついてヨタヨタと降りてきた私を見て、“ハッピーカモカモ”と思われたので
兵馬俑坑博物館について、広大だなあという第一印象をうけました。そう、本当に広大でした。バスの駐車場から兵馬俑坑博物館までが遠く、また兵馬俑坑博物館も広大でした。全部で2キロくらい
兵馬俑は、1974年農民が畑をほっていて見つけたといいます。博物館は、1号館、2号館、3号館があります。共に兵馬俑発掘現場を広大な建物で包んだものです。
1号館がメインで、前から半分ほどまで顔が一人一人違う、身長180センチの兵馬俑が2,3000体並んでいます。前の方に一般人、後ろの方が甲冑をつけた兵士です。後ろ半分はまだ復元されておらず、壊れた兵馬俑が埋まっていました。 最後方はまだ発掘させされてい
ら1万体ほどになるといいます。これが始皇帝の死後の「地下帝国」をなすという話です。
2号館は最初入った時点で何もないなという印象でしたが、ぐるっと回って片隅に高官たちが会議をしている兵馬俑が7、80体を見つけました
次に、兵馬俑坑博物館を出て秦始皇帝陵に行きました。バスの駐車場を出て延々1キロくらい歩かされて、秦始皇帝陵の石碑を見せられただけでした。どっと疲れた。
午後は、空海ゆかりの青龍寺、大興善寺を訪れました。青龍寺の壁に「南無大師遍照金剛」のお経を見出し、我が家の仏教宗派のルーツを見出した思いです。
(つづく).
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2017年12月30日
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