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夜にブログ更新です。
昨日午後6時半から県のEU協会で講演してきました。「ギリシャ危機とユーロ危機」というタイトルです。およそ75分間立ったままで喋り通しました。脳梗塞後の私には、さすがにこの辺が限界でした。
ギリシャ危機については、こう話しました。
去年2015年1月反緊縮派のチプラス政権が発足してから夏ごろまでギリシャ危機が生じたのは記憶に新しい。今一応落ち着いているが、問題の解決にはほど遠い状況であると言われている。今日、チプラス政権による緊縮財政に対する国民の不満が強まり、政権の支持率が著しく低下しています。
チプラス政権は、ギリシャの債務の削減を求めつつ、緊縮財政からの転換をはかりました。しかし、ギリシャは、これまでの5年間総額2400億ユーロ(2012年追加、約32兆円)の支援プログラムが2月末終わる予定を迎えていました。他方で、2015年3月から12月までの間に174億ユーロの借金と利息を返済しなくてはならない。その資金がない。だから、EUに追加支援を求めなければならなかったのです。この追加支援の前提条件として、ドイツ首相メルケルらに緊縮財政政策を求められました。
結局、チプラスは屈服しました。1015年7月12日から開かれたEU首脳会議で、最大860億ユーロの金融支援とひきかえに厳しい緊縮案を飲んだのです。
増税、年金などの福祉社会保障の削減は、EUによる金融支援の前提条件をなしました。厳しい超緊縮財政の押しつけは、ギリシャでは経済破壊をもたらしています。
ギリシャは、その結果、長期にわたる不況に陥っています。GDP成長率は、次の通りです。
GDP成長率 2010年 −5.45%、2011年 −8.86% 2012年 −6.57%、
2013年 −3.90%、2014年 0.77% 2015年 −2.27%
その結果、ギリシャのGDPは激減しました。
つまり、名目GDP額は、2009年に約2374 億ユーロ(実質GDP約2392億ユーロ)でったのが、2015年には約1734億ユーロ(実質約1823億ユーロ)になっています。
2015年5月時点でのギリシャの失業率は25.6%(ユーロ圏平均で11.1%)で、若者(25歳以下)の2人に1人は失業しています。
すでに10万人を超える高い技能を持つ若者が自国の将来に見切りをつけてドイツをはじめ国外に脱出したという話です。
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ヨーロッパとEU
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今、講義の準備のため、星野郁『EU経済・通貨統合とユーロ危機』(日本経済評論社、2015年)という、300頁を超える難しげな本を読んでいる。
昨年ギリシャ危機が話題になったが、これを視野に入れて書かれ、9月に出版されたもっとも新しく、もっとも本質にせまった本である。
EUは、目下、一方でドイツの支配と超緊縮財政による景気悪化、他方にECB(欧州中央銀行)の権限強化と「金融の量的緩和」――マイナス金利が話題になっている――による景気対策という仕組みで動いている。
ドイツの主導下で超緊縮財政政策は、超均衡財政主義、ひいては市場競争に任せようと言う新自由主義政策にもとづくものであり、一方で、労働条件の悪化、福祉・社会保障の削減をもたらしている。
これは、EUによる金融支援の前提条件をなし、ギリシャなど南欧諸国を厳しく襲う。そして、EUの雰囲気を悪くしているのである。福祉国家を讃える「社会的ヨーロッパ」というかつてのスローガンは、吹っ飛んでしまった。
EUは、難民問題に揺れている。最近はテロ問題で騒然としている。経済的に、ギリシャ危機・ユーロ危機、景気の問題が依然として残っているのも忘れてはいけない。
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3月22日午前8時(日本時間同日午後4時)前、ベルギーのブリュッセル北東のザベンテム空港で2回の爆発が起きた。ベルギー保健省によると、空港では少なくとも11人が死亡し、81人が負傷した。
さらに約1時間後には、ブリュッセル市内のマルベーク地下鉄駅で爆発があった。ブリュッセル首都圏交通会社はツイッターで、マルベーク地下鉄駅で15人が死亡し、55人が負傷した様子だと伝えている。 *今日2月23日付の毎日新聞では、空港では14人、地下鉄駅で20人が
死亡、計200人以上が負傷と報じられた。
私は、今朝の衛星放送のイギリスのBBC,ドイツのZDFのニュースを見て愕然とした。空港と地下鉄への爆弾テロの光景が生々しく映し出された。
私はブリュッセルには4度ほど行ったことがある。すべて汽車の旅だった。だから、空港は知らない。
が、モーニングショーで、特派員がブリュッセル中央駅で報告しているのを見て、思い出した。ブリュッセル中央駅のホームはすべて地下にある。そこから出る地下鉄はすべて運航停止であった。
マルベーク地下鉄駅は多分通ったことがある。地図で見ると、ブリュッセル旧市街のはずれにあり、また欧州委員会の建物の割と近くにある。坂道をなしていたと思う。周辺には議会、理事会なEUの重要な機関の建物がある。あきらかに地下鉄への爆弾テロは敵と見なしたEUへの攻撃であり、脅しである。
去年の2015年11月13日(日本時間14日)、パリで同時多発テロ事件が生じた。フランスのパリ市街と郊外のサン=ドニ地区の商業施設において、ISの戦闘員と見られる複数の字ハーディストのグループによる銃撃および爆発が同時多発的に発生し、死者130名、負傷者300名以上の惨劇を生んだばかりである。
ブリュッセルでは3月18日、パリ連続襲撃事件の主要共犯とされるサラ・アブデスラム容疑者が逮捕されていた。これとの関連が問われている。
EU対ISの戦い。方やテロ攻撃を行うから、とらえどころがない。いくら警戒しても十分とはいえない。
EU諸国からは、各国で何十人何百人ものイスラム系国民・住民がIS国に義勇兵として流入しているという話がある。そして、彼らは帰ってくる。テロにかかわる連中も出てくる。
テロリストがいくらイスラーム教とイスラーム系住民にかかわるものではないと主張しても、だめだろう。EU市民の反イスラーム感情とこれを煽る右翼政党の支持・勢力拡大がつづく。
難民問題とあわさって、EUの空気はますます悪くなっていく。
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アメリカのアップル(Apple)は3月21日、iOS搭載スマートフォンの新モデル「iPhone SE」を発表した。iPhone 6sとほぼ同等のスペックを備えつつ、ディスプレイを4インチに小型化しているのが特徴である。日本を含む各国で3月24日に予約を始め、31日に発売する。価格は5万2800円(税別)からという(ITmediaニュース、3月22日(火)2時50分配信)。
世はスマホ(スマートフォン)の時代である。私の息子はガラケーでがんばっている。が、私はスマホである。去年脳梗塞で倒れて入院した時、初めて携帯というモノを持った。いきなりスマホであった。今も使いこなしていない。
スマホといえば、かつて世界最大の携帯企業であったフィンランドのノキア(NOKIA)を思い出す。ノキアはスマホに負けたのだ。
ノキアは、2011年までは世界最大の携帯メーカーであった。市場占有率および販売台数の両方で、1998年から2011年まで首位を維持していた。
たとえば、2006年に世界の携帯シェアの41%を占めていた。2007年の売上高は500億ユーロ(約6兆円)に達した。世界中どこでもノキアの着信音を聞かない場所はなかったと言われた。
ところが、2007年にアップルのiPhoneが発売されて、ノキアの凋落の歴史が始まった。売上高と営業利益の下落は真っ逆さまだったと言ってよい。2012年には、サムスンに世界1位の座を譲り渡した。
2,013年9月2日にノキアは、マイクロソフト社に携帯電話事業の売却することを発表し、2014年4月25日に売却が完了した。
新生ノキアは、規模を縮小して通信インフラ部門を主力とすることになった。リストラに際して、元ノキア社員の起業を応援し、そのスタートアップ企業は1000社にのぼっている。
2014年通信インフラ部門は、2ケタ台の利益率を回復するにいたった(「北欧に学べ」週刊ダイヤモンド、2015,3/14)52-55頁参照)。
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1 日本の格差社会とパート
日本の格差社会では、とくに正規と非正規の間の壁が途轍もなく大きい。パートの賃金は、正規の時給を100%とすると、女性は68.4%、男性は51.9%であり、その賃金格差が大きい。男性労働者の場合、その生涯賃金の差は、1億円とも言われる。日本の場合、パートは、企業の人件費削減のためにだけ広範に採用されてきたと言える。
それに対して、フルタイマーとパートタイマーの格差がなく、パートタイマーが非正規でない国があるのを知っているだろうか。オランダである。
ここでは、パート労働者の「オランダモデル」を簡単に取り上げたい。
2 ワッセナーの合意
オランダモデルが導入されるにいたったきっかけは、「オランダ病」と言われる石油危機後のインフレと経済停滞であった。1980年代前半には失業率は14%に達したのである。
この状態を打開するために、1982年11月政労使の間で「ワッセーナーの合意」がなされた。
これは、政労使の相互の妥協の結果であって、労働者は賃金の抑制に協力する。企業は、労働時間を短縮して雇用を確保する。政府は、減税によって労働者の減収を補うというものである。
それによってオランダは、賃金と物価の追っかけっこ(賃金物価スパイラルという)によるインフレを抑えることに成功した。
労働コストの削減によって、企業は、その収益性を回復し、国際競争力を強化した。
3 ワークシェアリングとパート
また労働時間の短縮に基づき、いわゆる「ワークシェアリング」が広がる。その中で、注目されたのが、パート労働者の広範な採用であった。これは、これまで育児などによりフルタイム労働が困難であった主婦の労働を可能にした。
パート労働(週35時間未満)は、「就労形態の多様化」の一環として、政府によっても奨励される。
4 労働時間差別禁止法
まず、1996年の「労働時間差別禁止法」は、労働時間の違いに基づく労働者の差別を禁止した。これによりパート労働者は雇用保護や賃金をはじめとする労働条件につき、基本的にはフルタイム労働者と同等の待遇を保障された。
企業は、パート労働者とフルタイム労働者の間で同一労働同一賃金を保障することを義務づけられた。パート労働者フルタイム労働者の間では、時給や社会保険加入制度の加入などの点で差別が存在しない。
5 労働時間調整法
2000年7月の「労働時間調整法」は、労働者に、ライフスタイルに応じて労働時間の短縮・延長を求める権利をみとめた。
これによって、労働者は、育児や介護に忙しい時に勤務時間を短縮し、仕事に専念できるようになると通常勤務に復帰できる。
女性は、もはや「家庭か仕事か」といった選択をせまられることはない。つまり、パートタイム労働が正規化されるとともに、フルタイム・パート間の相互移動が認められたのである(以上、水島治郎『反転する福祉国家 オランダモデルの光と影』岩波書店、2012年、73−79頁による)。
5 オランダモデル
これが「オランダモデル」と言われたパート労働者の取り扱いである。フルタイムとパートは、労働時間の相違を表すにすぎず、ともに正規労働をなす。日本のように、フルタイムとパートの間に正規と非正規の壁が設けられず、格差が築かれるのではない。また、パート労働者の増大によって、ワーキングプアが問題となるのではない。
オランダでは、ワークシェアリングにのり、パート労働者・派遣労働者などが大幅に増加してきた。2006年の時点では、パート労働者は、全労働者の半分に迫った。女性労働者の74%がパート労働者である。「世界中でオランダほどパート労働の多い国はない」と評されるにいたっている(同上、72頁)。
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