いつまでも、御塩倶楽部

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「パンはパンでも食べられないパンはなーんだ?」

、と小学生の娘から出題された。

かれこれ50回は出題されているので、最近は「あんぱん」と答えることにしている。

「フライパン」「パンツ」あたりが模範解答である。



「泣いても泣いても無くならないものはなーんだ?」

今度はぼくが出題した。

「恥を知らない大人」ぐらいまでは正解である。

これは、周囲の人たちを泣かせている例である。

娘の答えは「涙」。

いつまでも泣いていられるように、涙はたくさんあるんだね。
『シャドウ・ダイバー 深海に眠るUボートの謎を解き明かした男たち』
ロバート・カーソン 
上野元美 訳
早川書房
 
 なかなか最近、仕事で熱中することもないが、私生活は熱かった。

仕事が終わると電車の中でこの本を読み、家でも読んだ。

これから読む方のために内容は詳しく書かないが、概略は副題のとおりである。

ダイビングについて詳しくなった。

登場する関係者の行動力と情熱を見習いたい。

tycoonは海を渡る

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英語の「typhoon」は台風という意味で、語源は中国語だそうだ。

一方、「tycoon」は大実業家、実業界の第1人者という意味で、語源は日本語の「大君」である。

先日、辞書(学研 ニューアンカー)を調べていて、目に入った。

初めて知った。

高校生の時から使っている手垢のついた辞書だが、「tycoon」は調べたことがなかった。

言語の海の広大さと深さを感じた。

日本から、言葉が単身渡航して、その地で元気に生活している。

ベネッセに思う

 ある住宅街を歩いていたら、空き屋かと思うほど傷んだ二階建ての家があった。

外装や軒裏の板も、所々腐っている。

工場の近くで立地も悪い。


2階の窓が開いていて、子どもの学習机が見える。


机の上にある本棚には、ベネッセの「こどもチャレンジ」。


どんな家族が住んでいるのか知らない。

想像を許してもらえるなら、子どもがどうしても、これで勉強したいと言うので、親はお金のやりくりをして何とか買っているのではないだろうか。

ベネッセには誇れる点がある。
二見興玉神社の藻刈神事


はじめに

 伊勢の名物「赤福」に「伊勢だより」という紙片が入っている。伊勢の年中行事を絵と文章で紹介してくれる。筆者がお土産でいただいた赤福には、二見浦の藻刈神事(もかりしんじ)を紹介した「伊勢だより」が入っていた。二見浦の藻刈神事とは、二見興玉(ふたみおきたま)神社の沖で神職と巫女がアマモを採取する儀式である。

古代の製塩が採鹹(さいかん・海水の濃縮工程)で海藻を使用することを、文献史学や考古学では広く知られている。

①乾燥した海藻の表面には塩の結晶が付着しており、このままの状態で海藻を焼く。

②塩の混ざった海藻の灰ができ、海藻灰を海水に溶く。

③海藻灰の沈殿を待ち、上澄みを煮沸して塩の結晶を作る。

工程の流れは、遺跡や遺物の研究により明らかにされつつあるが、わからない部分も多い。

二見興玉神社の藻刈神事は、製塩を目的とした海藻採取ではない。

しかし、古代製塩で使用したと考えられているアマモを採取している点で、この神事の中に製塩へ示唆を与える要素があるかもしれないと、「伊勢だより」を見た時に思った。アマモの利用形態として、2012年に藻刈神事を調査したので紹介したい。
 

1 二見興玉神社の藻刈神事
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二見興玉神社は、三重県伊勢市にある。神社のすぐ沖には、名勝である夫婦岩がある。

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藻刈神事は、毎年5月21日午前10時に始まる。

①本殿で祭典をする。
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②神職・巫女は、榊・幟を立てて縄を張り巡らせた船に乗り、沖へ出る。
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③船は、興玉神石(おきたましんせき・神社の沖にある岩礁)を三周する。

④二拝二拍手一拝し、酒やお供えを海へ捧げた後、長い柄の付いた鎌でアマモを刈り取る。アマモは桶に入れられる。
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⑤神職と巫女は神社に戻り、本殿に刈り取ってきたアマモを供える。調査した年は、終了が午前1140分頃だった。
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⑥アマモを天日で乾燥させ、神事に使用する。

主な作業は、海上約七〇〇メートル沖で行われているため、陸上から神事の詳細まではわからない。本稿では二見興玉神社のリーフレット、ホームページの説明を参照した。

 藻刈神事では、アマモのことを「無垢塩草(むくしおくさ)」と呼び、乾燥させた無垢塩草はケガレをはらうと考えられている約八センチに切りそろえられた無垢塩草は四〜五本で一包みとなり、二〇〇円で配られている。

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無垢塩草を風呂のお湯に入れたり、身につけておくとケガレがはらわれると考えられてる。他には、しめ縄に付けておくと家の出入口のケガレがはらわれる、田畑の畦に立てておくと害虫が田畑に入ってこない、という使い方もある。

 
2 藻刈神事と古代製塩

藻刈神事を行う神社は、二見興玉神社だけではない。

宮城県の塩釜神社に「藻塩焼神事」がある。毎年7月に神社内で行われている製塩の神事である。この神事は、藻刈神事、水替神事、藻塩焼神事で構成されており、各神事を一日づつ行い、三日間にわたって行う。二見興玉神社ではアマモを刈っていたが、塩釜神社の藻刈神事は、ホンダワラを刈り取っている。

塩釜神社の藻塩焼神事は、鉄釜の上に竹で作られた簀を置き、ホンダワラを広げ、そこへ海水を注ぐ。注がれた海水はホンダワラを伝って鉄釜へ滴り落ちる。鹹水は鉄釜で煎熬され、作られた塩は神前に供される。かつては藻塩焼神事を古代製塩の採鹹の名残とする説が有力だったが、最近は海藻を焼いたとする説の方が有力である。塩釜神社の神事が古代製塩の工程の完全な復原とは言えなくても、海藻採取から鹹水の煮沸まで一連の製塩作業になっている点に特徴がある。

一方、二見興玉神社の藻刈神事は、ケガレをはらう道具としてアマモを採取している。なぜ乾燥したアマモがケガレをはらうのに用いられるのだろうか。「江戸時代には、浜参宮(つまり潮水を頭から被る潮凝り)をできない人には無垢塩草を配っていた」(榎村寛之「二見藻刈神事見学記」斎宮歴史博物館ホームページ斎千話一話)らしい。海水の代わりを無垢塩草が果たすのであるから、アマモ自体がケガレをはらうのではなく、塩の結晶が付いているアマモだからケガレをはらえる、と推定できる。つまり、無垢塩草の表面に付いている塩の結晶がケガレをはらっていることになる。アマモ表面に付着した塩の結晶を利用している点で二見興玉神社の藻刈神事と古代製塩に共通点はあるが、それだけで藻刈神事が古代製塩の名残だということではない。
 

おわりに

現在行われている神事の調査は、民俗学の範疇である。民俗学には時間認識がないので、調査した神事が、いつからわれているかがわからない。ある土地の伝統文化だと思っていた行事が、つい最近になって文化や歴史とは関係ない理由で始まったような例は少なくない、と思う。時代や場所によって文献や考古学資料だけでは、資料が限定されることがある。そのような時に、民俗学の調査成果は、貴重な資料になるので、調査と記録は地方史にとっては必要である。


参考・引用文献

・磯部利彦1995「土器製塩における採鹹の季節性-伊勢湾・三河湾を中心として-」『知多古文化研究』9 知多古文化研究会

・岩崎敏夫1980「塩釜神社藻塩焼神事」『東北学院大学東北文化研究所紀要』第11号 東北学院大学東北文化研究
 
 
 
 
 
 
 
 


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