いつまでも、御塩倶楽部

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9月19日は、中秋の名月だった。

それも、満月の。

「月見」という、月を見るという言葉もいい。

自分が子供の頃、祖父が、この日にススキを飾っていたのを思い出した。

祖父は亡くなっているが、昔時計の修理を仕事にしていて、今でも実家を時計屋と呼ぶ人がいる。



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 スイスの時計メーカーにオメガという会社がある。

オメガに、スピードマスターという腕時計がある。

通は手巻きを買う。

NASAで使用されており、アポロ計画では月にも行った。

裏蓋に、月面で使われた最初の時計と刻印されていた。

大学生の時に、青みがかる文字盤に一目惚れ。

「月」つながりということで。
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 この夏に、河和海軍航空隊について、いくつかの行事があったので、紹介したい。
(写真:現在の第2河和海軍航空隊の跡と水上機の訓練が行われた海)
 
・展示「遺構から見た河和海軍航空隊」8月2日〜16日 場所:美浜町生涯学習センター 
平成20年から5年ぶりの河和空の展示だった。美浜町文化財保護委員の山下泉氏の調査と協力による。自分も、微力ながら資料協力をした。
 
 
・講座「河和にあった航空隊講座」8月10日 講師:山下 泉 場所:美浜町生涯学習センター
講座には、小学生から大人までの参加者があった。
 
 
・演劇「青春の碑 −ああ 河和海軍航空隊−」8月11日 主催:半田空襲の記録上演実行委員会 場所:アイプラザ半田
河和空をテーマとした劇だったので、ご案内をいただき、見に行った。創作劇だったが、台本には史実や当時の隊員の話が織り交ぜてあった。本格的だったので劇団かと思ったら、教育関係の方が多いらしく、驚いた。もっと驚いたことは、生前お世話になった方が劇のモデルだった。
 
 
・朝日小学生新聞に学徒出陣70年を機会に第2河和空の第一期予備生徒の記事が載った。 8月13日〜15日
10年ほど前の話だが、知多半島の美浜町(愛知県)で、道路工事中にタヌキが見つかった。
 
聞くと、重機で掘削中に巣穴を潰してしまったようで、タヌキは死んだ状態で見つかったらしい。
 
 常滑市の丘陵部を車で走っていると、キツネに注意という内容の警告を見る。
 
知多半島では、今もキツネがいるらしい。
 
時々、新聞記事にもなる。
 
新美南吉の「ごんぎつね」は常滑市の隣りにある半田市が舞台なので、ごんの子孫がいるんだろう。
 
半田市立博物館に行くと知多にいた動物たちの剥製が展示されている。
 
 
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 その半田市に神戸川という川がある。
 
先日、この川で、見慣れない動物を見つけた。
 
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毛が生えた動物が、のろのろと泳いでは、休憩し、泳いでいた。
 
ネズミか、カワウソか、イタチか、外来種か、かつてのペットか、なんという動物なのか、自分の知識ではさっぱりわからない。
 
生活の場からちょっと山や川に行くと、多種多様な生物がいるというという環境は、とてもいい。
 
外来種があふれては、いけないが。
 
多種多様な生物を大切にする気持ちは、多種多様な価値観を認める社会形成につながると、最近考えている。
 7月に作った製塩土器を使って、煎熬(せんごう・濃くした海水を煮沸する製塩工程)を体験する。
 
古墳時代〜平安時代の製塩は、海藻を使って海水を濃縮していた。
 
海藻は、アマモが使用されたと推定されている。
 
もう一人の講師が説明しながら、乾燥させたアマモを燃やし灰にして、その灰を海水に溶く。
 
アマモ表面に付着していた塩の結晶が、海水に溶け込むので、塩分濃度は上昇する。
 
灰の沈殿を待つと、きれいな鹹水ができる。
 
だから、灰を海水に溶いても、できる塩は白い。
 
以上が、当時の海水濃縮方法である。
 
古代製塩の塩が「藻塩(もしお)」と言われる由縁である。
 
 
 実際にアマモを使って濃度を上げようと思うと、大量のアマモが必要になるので、別の方法で濃縮した鹹水を研修では使っている。
 
もちろん、アマモから作っていない鹹水であることは説明する。
 
伊勢湾・三河湾では、海洋汚染や海底の造成によりアマモは激減している。
 
今年は、入手するにも一苦労あった。
 
 
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アマモを焼く風景が万葉集で歌われているので、実際にアマモは焼く。
 
 
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ちりちり焼けるアマモから、煙が白く、もうもうと昇っていく。
 
「万葉の煙」である。
 
当時の浜には、幾筋も出来ていたはずだ。
 
 
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 煎熬の方は、塩分濃度19%のストロングな鹹水を使っているので、少し加熱するとすぐに結晶化する。
 
液体である鹹水から塩の結晶が現れる様子は、大人でもうれしくなる。
 
この塩が出来ると、毎年、盆が来る。
 
 
 ある研修会の講師を毎年夏にやっている。
 
古代製塩の体験を通して学校での体験学習について考えよう、という研修である。
 
先だって7月に、もう一人の講師と製塩土器を作った。
 
型式名:知多式4類
使用された時期:7世紀中葉〜9世紀後半
使用された地域:知多半島
 
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粘土(卵ぐらいの大きさ)を転がす。
 
 
 
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転がして、円錐形(脚部)にする。かつて、この状態の粘土に「回転粘土」という学術名を付けたが、だれも使っていない。
 
 
 
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円錐形の底辺を摘んで広げる。この部分が容器(坏部)の底部になる。
 
 
 
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容器(坏部)を作る粘土ヒモを用意する。
 
 
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粘土ヒモを脚部に積んでいく。
 
 
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容器(坏部)の内面を指でなでて平滑にする。鹹水を入れるので、水漏れをしない程度にがんばる。
 
 
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2週間自然乾燥させて、焼成する。本物は野焼きしてあるが、この研修では陶芸用の窯で焼成している。野焼きは、焼成中に割れる率が高いからである。偽物と言ってしまえばそれまでであるが、必ずしも体験学習においては完全なコピーを用意する必要もない、と思っている。この点、容赦願いたい。


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