いつまでも、御塩倶楽部

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2014年06月

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敵機必来覚悟ハよいか

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 去年だったか、武豊町歴史民俗資料館(愛知県)に行ったときに、展示解説で置いてあったのでもらってきた。

昭和18年4月21日付けで冨貴村役場・冨貴村警防団が出した回覧板のコピーである。

冨貴村とは、現在の武豊町の一部である。

内容は、灯火管制と空襲に対する道具の準備を求めるものである。

回覧板の右上には空襲する敵機が、左下にはバケツリレーで消火する村民の絵が描かれている。

デザインとしてはよくできていると感心するが、内容は恐ろしいことが書いてある。

 昔の村や町が合併すると、当時の書類は処分されたり、紛失していることがある。

博物館や資料館がない自治体では紛失している可能性は高い。

新しくできた自治体が保管している可能性もあるが、合併前の資料できちんと移管できているのは課税資料ぐらいではないだろうか。

知多半島では、区と呼ばれる旧村単位の地縁団体の事務所で保管されている場合がある。

この時代を理解するために必要なものなので大事にしたい。

 自分の家がある地区の資料は見たことがないが、近くの地区の資料を見たことがある。

自分の祖父母が、似たような内容の回覧板を見ていたと思うと、そんなに遠い話ではないと素直に思った。
 先日、奥田城に行く機会があった。

奥田城とは、愛知県美浜町にある中世城館跡である。

戦国時代の水野勝成の城とされる。

横堀や堀切などの遺構部分は、相変わらずの竹藪である。


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一方、登り口に、「城山」という手作りの看板ができていた。

聞いた話では、津波到来時に避難所にしてもらうため地元の人が建てたそうである。

経緯は詳しく知らないが、地元の人とは、地主なんだろう。

 奥田城の標高は30メートルぐらい。

付近は低い土地なので、比較すると、いい避難場所である。

中世の城自体が、近世の城のように常駐する施設ではない。

戦時にのみ使う限られた目的の施設である。

非常時に使うという点で、本来の性格に近づいた。

避難場所とし周知する時、中世の城だった来歴は役に立つ。

 開発をする前に突然、立地の利点として歴史に関わる場所を紹介したり、利用する向きもある。

残念なことに、成功した例をあまり知らない。

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