いつまでも、御塩倶楽部

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愛知県の話題

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実物には、負ける

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 知多湾の東岸に臨海公園(愛知県碧南市)がある。

海浜水族館の近くに、実物の船2隻が屋外展示されている。

臨海公園という公園の性格と碧南市が海から恩恵(税収など)を受けているからであろう。

展示されているのは、ヨットと海上保安庁の巡視艇。



巡視艇の前には説明版がある。

巡視艇「きぬかぜ」(衣浦海上保安署)

1971年建造、1993年解役



 これら実物の船を見て、市内の子どもたちは、自分たちが海と関わりの深い場所に住んでいることを具体的に感じるはずである。

遺跡や資料の保存も、自分たち地域のためという視点で行われるようになると、次の世代がもっと実物を見ることができる、と思う。

自分の村がなんでも一番という地域のエゴをたくさん見てきたが、これでは成長も尊敬もない。




 設置の目的は異なるが、戦前、陸海軍は使わなくなった兵器を民間に下付している。

戦意高揚や国防思想の普及のためであり、神社などに設置された。

実物が見る者に強烈な印象を与えることは、十分理解されていた。




 ここからは余談になるが、開園当初の南知多ビーチランドにはいろいろな実物があった。

小学生の時に見た。

撤去された経緯はわからないが、現在は全部なくなっている。

名鉄の古い車両が改造されてレストランとして使われていた。

他に、海上自衛隊のヘリコプター、航空自衛隊の戦闘機(F−104)があった。

南知多ビーチランドは、名鉄の経営だから電車の車両は簡単に入手できると思うが、自衛隊の機体はどうやって入手できたのか今でもわからない。


 余談ついでに、ビーチランド話で自慢を一つ。

小学生の時、イルカショーのステージで行われたイス取りゲームで優勝したことがあります。

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 今回は、連載している「知多半島で見かける常滑焼の使用例シリーズです。



撮影場所 愛知県知多郡美浜町大字奥田

 常滑焼のビンを使った擁壁(ようへき)です。

ビンを横にして、積んであります。

付近の方に聞いたところ、ビンは焼酎の容器らしいです。

このような常滑焼の使用例は、めずらしい訳でもなく、知多半島で探すといくつかあります。


典型的な用途転用された例です。



 撮影場所についてですが、奥田製塩遺跡の近くになります。

奥田製塩遺跡は、知多半島で東海市の松崎遺跡と並ぶ最大級の古代製塩の遺跡です。

この辺りは、海岸線と平行に砂堆が何列か並び、撮影場所もその上でしょう。

擁壁の下にある畑も砂質土です。

ぶいぶい婆の墓

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 愛知県東浦町森岡に、「ぶいぶい婆(ばあ)の墓」があると聞き、無性に見てみたくなった。

住宅に挟まれた空き地に、墓はあった。

割れて修理した跡がある。


 よかれと思ってコンクリートで回りを固めたり、きれいに整備して失敗する例がある。

この一画だけは、昔と変わっていないのだろう。

そのままが一番いいのである。


 近くに立つ説明版には、以下の説明がある。




ぶいぶい婆(ばあ)の墓

この墓は、森岡でも古い墓のひとつです。

「ぶいぶい」とは、綿から糸を紡ぐ時に出る音からきたといわれています。

昔、糸紡ぎは農家の重要な副業で、ぶいぶい婆の家は村娘に糸紡ぎを教える宿でした。

この墓はぶいぶい婆が、辻斬にあった侍の供養のため建てたとする説があります。

   平成七年三月

   東浦町教育委員会




 墓には字が彫られているが、風化していて読めない。

後日、東浦町の歴史を調べている人に聞いたら、「居士」と彫ってあるから男性の墓だ、と教えてくれた。


 家に帰ってから、オレたちひょうきん族の「あみだばばあ」を思い出した。

ブラックデビルよりも「あみだばばあ」の方が好きだった。

今のさんまは、素人をいじってそのリアクションを使う芸だが、当時のさんまは、さんま自体に光りがあった。

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場所 愛知県半田市成岩(ならわ)

何年か前に発見した。


なんの店なのか、さっぱりわからない。


店は、やってなさそう。


「自衛隊」は帝国陸海軍の名詞を極力使わないので「兵隊」という呼び方はしない。

「歩兵」を「普通科」と呼称する例がある。


 だから、「兵隊店」は戦前に付けられた名前にちがいない、と推測した。

まさか、兵器を扱っている訳でもないはず。

戦前は除隊すると記念の杯などを周りに配る習慣があったようなので、そのような品を扱う店だったのだろうか。


 まだ、直接訪ねて質問する勇気がないので推測のみ。

現段階、「兵隊店」という店が半田市内にありますよ、という程度しか書けません。

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 名古屋から名鉄に乗って、知多半島を南下すると太田川駅(愛知県東海市)で常滑行きと河和行きに別れる。

だから、乗り降りの客は多い。



 これまでに名鉄を通勤・通学で使ったのは、一度きり。

名古屋の河合塾だけ。

高校の卒業式の時、久しぶりに会った友達に尋ねた。


お前、どこの学校へ行くの?



K塾。



最初、慶應義塾?かと思った。

河合塾だった。

なーんだ、一緒じゃん。


 そんな訳で太田川駅を一年間通過した。

通る度に、駅舎(東駅舎)を見て、竜宮城のような建物だ、と思った。

大学に受かったら太田川で下りて駅舎を見に行こう、と思っていたが結局下りず仕舞い。

やっと先月飲み会に行く時に写真を撮って、先日の日曜日午前に本を調べた。


明治44年(1911)建築

阿弥陀寺が駅の近くにあったので、あのような寺院風の駅舎になったらしい。

太田川駅高架化の計画があるが、もし駅舎を壊すようなことがあるなら、名鉄は同系列の明治村(愛知県犬山市)に移築して欲しい。



参考文献

愛知県教育委員会事務局生涯学習課文化財保護室編集 2007 
『愛知県の近代和風建築 愛知県近代和風建築総合調査報告書』


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