いつまでも、御塩倶楽部

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タバコと第2の人生

 以前、このブログで紹介したかもしれない。
 
 
だとしても、筆者がまた驚いたということで、容赦願いたい。
 
 
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塗りつぶされたタバコの自動販売機である。
 
 
基礎部分のレンガ模様のボードは自販機当時のまま。
 
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プラスチックも金属部分も全て茶色。
 
 
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「TOBACCO」って書いてあったんだね。
 
朽ちた自動販売機というのは時々見かけるが、壁として第2の人生を送る自動販売機は珍しい。
 
立派な第2の人生かもしれない。
 
 
 
 さて、値上げ直前のタバコ業界である。
 
先日、高校生ぐらいの年齢の若者が集団で禁煙区域の駅ホームにてタバコをふかしていた。
 
未成年の喫煙という時点で既にアウトだが、第1の人生というのは、このようにとかく間違いや行き過ぎが多い。
 
いつか子どもの小遣いごときではタバコも買えない時代がくるのだろう。
 
 
 
一方で、これまでの経験を生かして欲しいとかなんとか言われて始める第2の人生もある。
 
「さすが」と言わせる仁もいれば、勘違いして回りを困らせる仁もいる。
 
 
第2の人生には、たちのわるい間違いや行き過ぎも多いのである。
南極観測船「しらせ」が8月22日、名古屋港で一般公開された。
 
実物の大きさが知りたくて、見に行った。
 
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長さ138mであるが、実物を見るとそれは大きい。
 
 
「しらせ」は現役の海上自衛隊の船である。
 
もらったパンフレットには「砕氷艦 しらせ 海上自衛隊」と書いてある。
 
昭和40年就役の「ふじ」以来、自衛隊の船が南極へ行く。
 
「ふじ」は名古屋港ガーデン埠頭に永久係留されていて、見学できる。
 
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どんな縁で「ふじ」が名古屋港にあるのか知らない。
 
 
 
 南極の氷も触ってきた。
 
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手の平を当てると、氷に含まれる気泡がはじけるのがわかる。
 
 
 
 
手元に資料がなくて自信をもって書けないが、日本人で初めて南極探検を行った白瀬矗(しらせ・のぶ)から艦名を付けていると思われる。
 
晩年の白瀬矗は全国を講演して回り、現在の愛知県豊田市で亡くなった。
 
その後白瀬の妻子を不憫に思い世話をした方がいて、妻子は現在の愛知県吉良町に住んだ。
 
この縁から、白瀬の墓は吉良町にある。
 
そういえば、何年か前に白瀬矗に関する展示が豊田市郷土資料館であった。
 
 
 今回の名古屋港での「しらせ」一般公開は、母港である横須賀基地以外で初めてだそうだ。
騎兵第三連隊跡碑(名古屋市)
 
 名古屋で地下鉄名城線に「市役所」という駅がある。
 
ここで降りると、目の前に愛知県庁や名古屋市役所がある。
 
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他に県警やら国の出先機関の庁舎が並んでいる。
 
ここは、名古屋城周辺にある官庁街である。
 
 
 
 名古屋市役所の敷地に「騎兵第三連隊跡」と彫られた碑を見つけた。
 
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裏に彫られた説明によると、明治から昭和初期まで碑の付近に駐屯していたらしい。
 
名古屋に限らず城の周辺に軍隊が駐屯する例は多い。
 
碑は騎三会という団体が昭和42年に建立している。
 
昭和42年というと、碑が建てられる程に、関係者の方々もたくさんご存命だったのだろ。
 
平成22年ともなると、この碑は戦後に造られたとはいえ近代日本の資料である。

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 先日、豊田市郷土資料館に行く用事があったので、帰りに名古屋海軍航空隊基地の遺構を見に行った。

豊田市内にある浄水場の近くに門柱が1本ある。

ツルが巻いていてよく見えなかった。(写真 上)



 名古屋海軍航空隊基地は昭和20年2月に練習航空隊の指定が外され、特攻隊の訓練が始まった。

そして、昭和20年4月に神風特別攻撃隊「草薙隊」が鹿児島県国分基地経由で沖縄に出撃した。

愛知少年院付近に「草薙隊」の碑が建てられている。(写真 中)

横にある説明文によると、「草薙隊」が出撃して行った沖縄が返還されるのを機に「草薙隊」のことを後世に伝えようと碑を建てたそうである。(写真 下)


「草薙」と言えば「SMAP」だし、沖縄もかつて外国領だったとは思いもしない昨今、この碑を見てこの地に航空隊があったことを知る人もいると思う。



 戦時中、愛知県内には豊橋、明治、岡崎、名古屋、河和の海軍航空隊基地があった。

さらに清洲などの陸軍の航空隊基地もあったので、現在と比べると飛行場はかなり多くなる。

これだけの施設が同時に存在し運営されていたことを考えると戦争というものが人間も物もお金も膨大に使う行為だとわかる。

参考文献
清水啓介「名古屋海軍航空隊基地」『愛知県史 別編 建造物・史跡』

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 美浜町大字野間(愛知県)という土地を歩いていたら、道陰に「猫」がいた。(写真 上)



あっ、猫だ。



近寄ってみると、石だった。(写真 下)

見る角度によっては、猫の背に見える。

石は砂岩系で、この当たりの石積みや建物基礎によく使われている。

石材の質感が、猫の毛並みっぽい。



 そうだ、今後この石を「猫石(ねこいし)」と呼ぼう。


これ何に見える?



一番、猫らしく見える角度で写真を撮って、家に帰ってから嫁に聞いてみた。



「この石がどうかしたの?」と逆に質問された。



どうやら、嫁とは自然に対する感性が全然違うらしい。

寂しさついでに、もう一つ野間にある石の話を紹介したいと思う。



 野間に「姥はり石(うばはりいし)」という石がある。

平治の乱に敗れた源義朝(源頼朝・義経の父親)は、京都からこの野間に落ちた。

だから、この地には源平物語が多い。

義朝一行は、野間を支配していた長田(おさだ)氏に助けを求め、一時かくまってもらう。

しかし、風呂に入っているところを味方であるはずの長田氏に襲われ、義朝は首をとられる。



 一方、義朝の家来である金王丸は、山道で出会った老婆から義朝の死を聞いた。

興奮した金王丸は、老婆を張り倒してしまった。

江戸時代に書かれた『尾張名所図絵』には、金王丸が老婆を張り倒す場面が描かれている。

張り倒された老婆は、石になる。


これが、「姥はり石」である。


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