いつまでも、御塩倶楽部

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 愛知県知多郡美浜町大字小野浦に「食と健康の館」という施設がある。

ここでは、「枝条架(しじょうか)」という設備で海水から塩を作っている。


「枝条架」とは、竹の枝を幾重にも屋根状に束ねた海水濃縮設備である。

上から海水を垂らすと下に落ちるまでに風と日光により水分が蒸発する。

海水の水分が減れば、塩分濃度は上昇している。

濃くされた海水は「鹹水((かんすい))と呼ばれる。

昭和中期に瀬戸内で使われた海水濃縮方法で、本場では枝条架は流下盤という設備を共に使われた。

(美浜町には、枝条架で製塩を行った記録はない)



 先日、行ったらちょうど鹹水を集めている最中だったので、頼んでなめさせてもらった。

当日の塩分濃度は約18.5%。

ちなみに海水の塩分濃度は約3%しかない。

これ位濃度が高いと「塩辛い」を通り越した味がする。

さらに「にがり」を取り除いていないから、結晶にした時とは別の味がする。

 食通は、一度は口にしたい味である。

採取口の構造は写真のとおりである。

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ねぎ塩たこ焼き

鞍馬 カインズホーム常滑店

550円



 中部国際空港ができたので、常滑市に新しい道ができ、新しい店が雨後の竹の子のように出来た。

カインズホームというホームセンターもその一つ。


 鞍馬は、その中にある。


余談ながら、学生の頃、心理学専攻の山ちゃんと京都の鞍馬にある温泉に入りに行ったことがある。

山ちゃんとは同じ学校で、人間工学の授業で一緒になった。

山ちゃん、元気か?


 本題に戻ると、

たこ焼きは、「ソース」と決めている。

でも、「ねぎ塩たこ焼き」を注文した。

たこ焼きに、塩のタレがかかりねぎが載る。


塩ダレは、以前食べた「塩焼そば」を思い出す味がした。


 嫁が、載っている「ねぎ」の産地をしきりに気にしていた。



これも、ご時世だねえ。  

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 今年の8月にある教育関係者の研修会で古代の塩作りをした。

体験学習の方法を考える主旨の研修なので、実際に煎熬をして塩を作った。

作業が伴うので受講生30人に対して、講師も3人いて、ぼくはその1人。

大学の後輩Yは、ぼくが遊んでばかりで考古学の勉強してないと思っているが、実際は勉強しているのである。

研修は、他の講師2人が頼もしいので、気楽な部分もある。

でも、反省会で、自分のパートについてご指導があるので恐ろしい。



 今年の反省会は、関係者1名を交えて4名。

東海市にある「居酒屋 くまもと」(写真 上)にて開催。

名鉄高横須賀駅下車 徒歩10分、田園を歩く。

主人が熊本出身らいく、九州色強い。




(写真 中)馬刺 同席のK氏に、ほれほれブログに載せるんだろう、と挑発を受けた品である。


(写真 下)カラアゲ 九州とは関係ないが、ぼくが注文した。




 さて、反省の中身であるが、塩作りの準備が大変そうでお世話になりました、という受講者の感想が多かったらしい。

間違いなく、準備が大変だった、と恩着せがましく何回も言ったからである。


嘘くさい言い方しかできませんが、大変な準備ができたのは、まだ見ぬ受講者である皆さんへの愛があったからです。

「県民皆塩」運動

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(写真 上)今年もアマモを燃やして採鹹(さいかん・海水濃縮)した。

(写真 中)比較用で海水(塩分濃度3%)を煎熬した。

(写真 下)40分ぐらい煎熬して、この程度。

(写真 最下段)鹹水(かんすい・濃縮した海水)を煎熬した製塩土器、海水を煎熬したものと同条件。



 今週、某教育関係者の研修会で、「古代の塩作り」をした。

講師3人で、昨年度からやっている。

体験学習なので、講師は複数必要になる。


 昨年度と同じ条件なので、いくつかの点を変更した。

まず、愛着を持ってもらうため製塩土器は、一人一個にした。

昨年度は、製塩土器を用意するのが面倒だったので、2人に1個でやった。

煎熬(煎熬・鹹水を煮沸する工程)する炉も実物に近づけた。

コップに角型の脚が付く形は、愛知県の古代遺跡から出土する製塩土器の特徴的な形態である。

土器の形に、この地の特徴があるので、使用方法と密接な関係がある炉の構造を大切にした。



 煎熬方法は、昨年度と同様。

採鹹の説明では実際にアマモを使って、濃度の上昇を確認している。

しかし、煎熬に使った鹹水は、別の方法で作ったもので、約15%の塩分濃度があった。

アマモから参加者分を作ろうと思うと、準備する側が大変だからである。




 一年に30人の教育関係者の方が、愛知県の古代製塩の方法を体験する。

昨年度と合わせて、60人。

「県民皆塩」(筆者造語:愛知県民がみんな、製塩体験をするという運動)も夢ではない。

来年度も依頼があるという保証はありませんが。

参加者の皆さんが見るとは思っていませんが、お疲れ様でした。

ぼくは、暑くて倒れそうでした。

日本の製塩技術の変化

日本の製塩技術の変化

 日本の製塩は、海水を原料としているため海水の塩分濃度を効率よく高める採鹹技術を発達させてきた。


 藻塩法から塩田への変化は、塩分を付着させる物質を海藻から砂に替えることにより乾燥させた時に付着する塩分の量を増やした。

また、海藻を採取する必要がなくなったので、海藻の繁茂期に合わせて採鹹を行っていた季節的な制約も受けなくなった。


 揚浜式塩田から入浜式塩田への変化は、潮の干満を利用することにより海水を塩田に撒く作業から人力を省いた。


 入浜式塩田から流下式塩田への変化は、海水を動かして採鹹する作業に替えたことにより砂を集めて戻す作業を省いた。


 流下式塩田からイオン交換膜法への変化は、太陽と風で海水の水分を蒸発させる方法から電気で海水の塩分を集める方法に替えることにより季節や天候の影響を受けなくなった。

さらに、広い塩田用地も必要なくなった。


 一方、煎熬技術は、製塩土器から鉄釜の変化により大量生産が可能にした。

復元した製塩土器を用いた実験で製塩土器は一度鹹水を煮沸すると土器は器壁が剥離したり、割れてしまい再利用ができなくなることがわかっている。

鉄の利用は、何回も使える大型の煎熬容器の製作を可能にした。

藻塩法から塩田への変化により大量の鹹水が作れるようになったので、古代において貴重な鉄を使ってまで煎熬容器を作り、量生産に対応した。



参考・引用文献

平島裕正 1973『塩』法政大学出版局

廣山堯道編著 1994『赤穂の製塩用具』赤穂市文化振興財団

磯部利彦 1995「土器製塩における採鹹の季節性 〜伊勢湾・三河湾を中心として〜」『知多古文化研究』9号 知多古文化研究会

たばこと塩の博物館 1997『たばこと塩の博物館』常設展展示図録


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