いつまでも、御塩倶楽部

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イオン交換膜法(昭和47年〜現在)

 イオン交換膜法とは、海水の中にイオン交換膜を並べて電気を流して、海水を濃くする採鹹方法である。

海水の中で塩は、ナトリウムイオンと塩化物イオンに分かれている。

ナトリウムイオンは「+」、塩化物イオンは「−」の電気を帯びているので、電流を流すとナトリウムイオンは「−」に向かって移動し、塩化物イオンは「+」に向かって移動する。

この性質を利用して採鹹を行う。



 海水の入っている水槽に「プラスイオンだけを通過させる膜(陽イオン交換膜)」と「マイナスイオンだけを通過させる膜(陰イオン交換膜)」を交互に並べる。

電流を流すとナトリウムイオンと塩化物イオンの集まる部屋ができ、塩分濃度が上昇している。


 イオン交換膜法によって採鹹された鹹水は、真空式蒸発缶によって煎熬される。



写真 たばこと塩の博物館(東京都渋谷区)の展示用模型

(写真下側に写っているのが、イオン交換膜、上側に写っているのが真空式蒸発缶の模型)


参考文献

平島裕正 1973『塩』法政大学出版局

たばこと塩の博物館 1997『たばこと塩の博物館』常設展展示図録

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 某先生に呼んでもらい昨年から某教育関係者の研修で古代の塩作りをしている。

不肖わたくし、講師3人の内の一人。

今年も、7月に入ってから、その準備中。

もう、呼ばれないかと思った。

自分を堀ちえみの「スチュワーデス物語」の教官と重ねてみたりすると意外と楽しかったりする。



 古墳時代から平安時代まで、知多半島では塩を作っていた。

自家消費以上の量を生産し、「庸」「調」という税として当時の都に納められていた。

尾張から納められた塩は、知多半島の海岸で作られたものである。



 製塩の工程は、今も昔も「採鹹(さいかん)」という海水濃縮工程と「煎熬(せんごう)」という煮沸工程で構成されている。

研修で対象としている塩作りは、採鹹で海藻を濃縮の媒体に使うので、「藻塩(もしお)」とも呼ばれる。

また、煎熬で容器に土器を使うので、「土器製塩(どきせいえん)」とも呼ばれる。

それぞれの工程の特徴からつけられた用語である。



 歴史に関係する体験講座は、厳密に言うと当時と同じ体験は不可能である。

しかし、条件付きながらも体験することにより興味や関心が生まれる場合があるので、「誤解」とのバランスをとりつつ歴史体験講座行われている。

 そんな訳で、アマモ(写真)を先日3人で採取してきた。

製塩土器も自分は作らないが、他の講師が作る。


 準備は、たいへん。

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中国南方料理「烏龍」

名古屋市中村区(名駅の西側)


 盛り塩は客寄せのまじないになっているが、皇帝の寵愛を受けるため夫人が門に塩を盛ったことに由来する。

牛は塩が好きなので、皇帝を載せた牛車は門前に盛ってある塩をなめるため立ち止まる。

そして、皇帝はその家に寄った。

時代が下り、盛り塩は客寄せのまじないになった。


 さて、今回の盛り塩は、中国南方料理の店である。

盛り塩のまじないが、由来の発祥地である中国にあるのか、調べていないので無責任なことを言ってしまうが、なんか本場っぽい。



ただのイメージの問題であるが。


盛ってある塩は、さらさらなので円錐形になっていない。


 盛り塩のしてある店を食べ歩ければいいのだが、いつも店先で見学させてもらうだけである。

来来亭半田店の盛り塩

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場所 愛知県半田市花園町


 塩を固めて円錐形に盛らず、小皿に塩がそのまま入れてあるタイプである。
 
業種と盛り塩の盛り方との関係は、今のところない。

レジの横にあったチラシを見ると、愛知県内に11店舗、静岡県に1店舗ある。

知多半島には、半田店の他に東海店があるようだ。

各店舗で盛り塩をしているのだろうか?

店の雰囲気からすると、多分、各店舗に盛り塩はありそう。



「来来亭」は「らいらいてい」と読む。


高校の同級生Sは、読みを知っていて、「くるくるてい」とわざと言う。
そういうやつだ。

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5 流下式塩田(昭和中頃〜昭和40年代)

 流下盤(写真 上の手前側)と枝条架(写真 上の奥手)によって鹹水は作られる。

流下盤とは、ゆるい傾斜のついた施設で、海水がしみ込まないように粘土が張られている。

流下盤の上方から海水を流すと、ゆっくりと傾斜を伝って流れる間に太陽と風で水分は蒸発させられる。

枝条架とは、竹の枝を幾重にも重ねて並べた壁状の施設である。

流下盤で作った鹹水を枝条架の上から垂らすと竹の枝を伝って下に落ちる。

鹹水の水分は、下に落ちる間に太陽と風力によって蒸発し、さらに濃縮される。

流下式塩田を使った塩の年間生産量は、入浜式塩田の10分の1の労力で、2.5〜3倍の塩が生産できたそうである。


 煎熬には、真空式蒸発缶が使われた。

真空式蒸発缶は、日本では昭和初期に最初の工場が造られたが、大規模に使われるようになるのは、採鹹方法がイオン交換膜法になってからである。

真空式蒸発缶は、気圧を下げると沸点も下がるという原理を利用した煎熬容器である。

鹹水の沸点が下がると100度以下でも水分が蒸発し始めるので、その分燃料が節約できる利点がある。


(写真 上 兵庫県赤穂市「塩の国」にある流下式塩田)

(写真 中 「塩の国」の枝条架)

(写真 下 愛知県美浜町「食と健康の館」にある枝条架)



参考文献

平島裕正 1973『塩』 法政大学出版局
たばこと塩の博物館 1997『たばこと塩の博物館』 常設展展示図録


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