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近所の公園に砂場がある。
砂場には、缶ジュース1本ぐらいの高さでコンクリート製の枠が作ってある。
この上を平均台のようにして、二人が反対方向に歩く。
枠上のある場所で対面する。
そして、ジャンケン。
負けたら、スタート場所に戻り、出直す。
途中で落ちてもスタートへ戻らなければならない。
相手のスタート場所に、たどり着いた方が勝ち。
こんなゲームを、週末、双子の娘たちとやっている。
先週、このゲームに入れて、と見知らぬ小学生男子が言ってきた。
もちろん、一緒にやろう。
快諾しつつも、ぼくは、人見知りがひどいので、小学生といえども、まっすぐ顔を見ることが難しい。
グーとパーでチームを分ける。
小学生と同じチームになると、お互い応援もする。
小学生が対戦している時は、「がんばれ、小学生!」と応援する。
お互いの名前を知らない、一期一会的なのである。
ぼくが対戦している時には小学生が応援をしてくれる。
「がんばれ、マイ・サンシャイン!」
え、マイ・サンシャインって、ぼくのこと?
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お茶の間の話題
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通勤電車の中で、宮本常一の『塩の道』(講談社学術文庫)を読んだ。
民俗学の本である。
この本の中に「暮らしの形と美」という文がある。
その中に、「稲作民族の渡来」という見出しの部分がある。
大陸から日本に渡来してきた人たちは、「倭人」と呼ばれた、という。
いわゆる縄文人が住んでいた日本列島に、大陸から稲作の技術と伴に「弥生人」が渡ってきて住み始めた。
最終的には、弥生人の方がたくさん住むことになってしまった。
ということである。
宮本常一は、この弥生人が中国の歴史書に記述されている「倭人」だと言っている。
では、この倭人たちは、どこから日本に渡ってきたのか。
宮本は、越人と呼ばれた人たちこそが、倭人だという。
越人も倭人も入れ墨をしている、潜水をして魚漁をする点を、宮本は指摘している。
指摘どおりとすれば、越人は、日本に来ても文化や伝統を固持したことになる。
電車を降りる時に、ふと見た女子高生の腕に、小さな「卍」の入れ墨があった。
こんなところに、原史時代の伝統が残っていたようである。
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江戸時代は「お城」、明治になると「陸軍」が置かれ、太平洋戦争後は「官庁街」という流れをたどる都市は多い。
金沢は、このパターンであり、旧陸軍関係の建物が金沢城周辺にたくさん残っている。
石川県の施設として使用されている建物もある。
第
金沢偕交社
金沢陸軍兵器支廠兵器庫
先日、金沢に行った時、雨の中、回ってきた。
明治という比較的早い時期から発展し、後世に残るような建物がたくさん造られたからだと思うが、意識していないと近代建築の建物は、こうも残らない。
都市の方が古いものは少ない、と考えるのは間違いである。
意外と、田舎の方が、近代建築物を始め古いものは、残っていない。
だから、田舎こそ歴史を大切にしなければならないし、一生懸命、調べて記録しなければならない。
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先日、名古屋に用事があって行ってきた。
帰りの電車の話である。
後ろの席から女の子の声が聞こえる。
高校生だろうか。
センター試験の話をしていた。
「最近、恋してる?」
「してない〜」
ぼくは、ここ数ヶ月、私事で忙しくしていた。
ご無沙汰しております、近況です。
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みなさん、ご無沙汰しています。
今日は、最近始まったドラマの話です。
ストーリーの説明は省略しますが、
「家政婦のミタは、自殺したお母さんが整形手術して家族の前に現れた」
と、予想しています。
どうでしょうか?
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