いつまでも、御塩倶楽部

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いい本だなあ

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『化けの皮』にしおかすみこ

ゴマブックス 1300円+税



 にしおかすみこの仕草は、芸能界一かわいいと思う。



そんな訳で、購入。


 にしおか同様、SMの趣味は特にない。


この本には、にしおかと団鬼六の対談もある。

全体の内容は書けないが、そこで、いい話が出てくるので紹介したい。

 団鬼六に対して、にしおかが、

いままで出会った中でこれは本物だっている女王様はいますか?



 団は答えて、

二人だけいる。  九州と愛知に。  愛知は50代の女王様。




 愛知県民としては、ただただうれしかった。

 複座の飛行機は、普通、前席に操縦する人が座り、後席にナビゲーショをする人が座る。

帝国海軍の場合、ナビゲーションを偵察員とうい人が行う。

 操縦よりも偵察員の方が偉いんだぞ、と先日ある方が教えてくれた。

その方は、海軍航空隊で操縦をしていた。

真珠湾攻撃の指揮官は偵察員だった、と話は続いた。

そう言えば、最近淵田中佐の本が出版されたが知っているか、と聞かれた。

本屋で表紙だけは見たことがあります、と答えた。



そんな縁で、『真珠湾攻撃総隊長の回想 淵田美津雄自叙伝』(編/解説 中田整一 講談社)を買った。



 淵田美津雄は、1945年12月8日、真珠湾を空襲した艦載機360機の指揮官である。

戦後、クリスチャンになり布教活動をする。

本書は、概ね海軍時代の編とクリスチャンの編で構成されている。

この本を読む人は、海軍時代の編で、飛行機のエンジン音が聞こえるはずである。

クリスチャンの編では、海軍ではバリバリのエリートだった淵田がどうして戦後クリスチャンになったのか、を考えさせられるだろう。

所々に掲載されている淵田の写真が、海軍当時のものと戦後のもととでは全然違うことに気が付く。

まだ、読みかけであるが、その印象の違いがクリスチャンになった答えかもしれない。


偉ぶった書き方がされていないのも本書のいいところである。

『野鳥ウォッチングガイド』という本がある。

バードウォッチングをする時に持参するような本である。


でも、ただのガイドではない。

解説に思想がある。

今回は、「ルリカケス」のページを紹介したい。


 戦前、ルリカケスの羽が、欧米の婦人帽の飾りに好まれた。

そのため、たくさんのルリカケスを捕獲し、羽が輸出された。

しかし、戦争のため輸出ができなくなり、ルリカケスは絶滅せずにすんだ。

鳥の生態以外のこのような説明が付く。

戦争で命が助かる話もあったことを知った。






『野鳥ウォッチングガイド』

写真 山形則男

文 五百沢日丸

日本文芸社

1300円+税

『主婦の友』裏表紙

昭和19年7月1日発行



 たまたま戦時中の『主婦の友』を何冊か読みました。

子どもにこんな注意をする世の中は、いい世の中ではありません。

吉澤廉三郎のイラストと共に、こんなことが書いてあります。

どうかご一読を。

――――――――――――――――――――――――――――

実戦即応 防空必勝の知識

防衛総司令部・大日本母子愛育会愛育研究所 指導



子供の防空

空襲警報!!

敵の飛行機が来る前に『サイレン』が鳴り響く。


アッ!『サイレン』だ。

怖がらず、あわてずにとび起きる。



枕元に置いてある着物を落ち着いて一人で着る。



忘れ物は、ありませんか。この前のようにしっかりと身支度ができましたか。



お父さんやお母さんのお名前やお家の所を聞かれたら、はっきりお答えができますか。


おじいさんおばあさんやお友達と一緒に、おとなしく早く『待避壕』に駆け込む。

そして、『出ていらっしゃい』と言われるまで、じっと待っている。



あ!『サイレン』だ。

どこで遊んでいても、すぐお家にとんで帰る。



こうして仲良く手をつないで、綱を握って、迷子にならないように隣組のおばさんに連れて行ってもらう。



道に落ちているものは、拾わないように。

敵は、飛行機から『お菓子』や『オモチャ』や『万年筆』の形をした爆弾を落とすかもしれない。


――――――――――――――――――――――――――――

(※原文は全てカタカナで書かれています。旧仮名づかいは、書き直してあります。)

郷土研究誌『みなみ』

発行 南知多町郷土研究会(愛知県南知多町)

500円


現在、84号が最新号である。

年2回発行しているようなので、『みなみ』自体が結構な歴史である。

「地元の人が地元のことを調べ、次の世代に渡す」ということを地で行く冊子でだろう。

ちなみに、南知多町とは、知多半島の先端にある町である。

町域に、日間賀島・篠島の2つの島を持つ。

歴史的には、日間賀島に知多半島の古墳が集中しており、その方面の方には有名である。



 さて、今回、次の文を読んだ。



復刻その一 内海小学校所蔵「内海古事類聚」乙号より

「帆走船東海丸 南カロイン群島・トラック群島及びホ子ヒ島へ 航海略日誌 船長 日比平七」

河合克己



(以下は、上記の文の一部をまとめたものである)

 明治時代、南洋貿易に使われた東海丸という船の船長が内海出身の日比平七である。

この日比平七にこんな話がある。

平七は、南洋貿易のため、ある南の島へ行った。

その島の酋長が平七の人柄をとても気に入り、無人島を平七にプレゼントした。

平七はこの島をもらい、「日比平七之島 尾張国知多郡内海西端村」という標柱を島に立てて日本へ帰ってきた。


 

 それから50年ほど後、戦争が始まった。



戦時中、突然内海の日比家に海軍将校が訪ねてきた。

海軍が占領した島に平七さんの立てた標柱があり、その由来を教えてもらうために日比家を探して訪ねてきました、とのことだった。



こんな武勇伝が残っているのは、歴史が大切にされて、さらにはそこに住んでいた人たちが大切にされているからである。

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