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書庫仁 に 生 き る・・・★

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一休さんにも、新右衛門さん一人の男の子がいました。アニメドラマでは二人とも、

独身のようにふるまっつていますが・・・それは大変な人生のようでしたよ(笑)。

新右衛門様にはとても素敵な奥様がいました

しかし。長い間子供が出来なく男前のかれは・・浮気ばかりしていました。そうするうちに外にこどもが

できてしまったのです。男の子が無事 たんじょうしました。大喜びしたのもつかの間、

奥方は身を引きたいとの申し出たのです。新さん晴天の霹靂です。

さ〜て困ったかれは一休さんに相談しました・・・

でも彼女の気持ちは変えられませんでした。早々に実家に戻ってしまい 仏門に入るべく髪をおろして

しまいました・・・とり付くしまも無い一休さんでした。

潔良いのはいつの時代も女のようです。

それでも一休さんは、彼女の心の傷を癒し続け見守りました。

そんなの事もあってますます新右衛門さんは一休さんが好きになり何かと一休さんには助けられていまし

た。この蜷川新右衛門さんこそあの世界遺産にまでなった 金閣寺を建設する為に働かれたのです。

初めは一休(千菊丸)のお守役としてお側にいたのですが、一休さんが27歳で大覚されてからも 

今まで道理 公務(神社奉行)の傍らいつも一休さんと一諸でした。

ついに74歳で亡くなるまで、一休さんからはなれられなかったそうです。

                                           3月7日
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新右衛門少将さんは和歌や漢学・仏学・武術・にも優れたお侍でしたが 本来武を尊飛ばず一休さん

のお側近くで、禅道や歌に精通していきました。 彼との禅問答が多く残っています。


二人が以下にも楽しく時を過ごしているようすがめにうかぶ歌を紹介します。


一休 『門松は 冥土の旅の 一里塚、めでたくもあり めでたくもなし』

新さん『年越は 冥土の旅の 問屋場か 月日の飛脚 あしをとどめず』


一休 『袈裟衣 ありがたそうに みゆれども これも俗世の 他力本願』

新さん『衣より 袈裟より 俗世の古襦袢 おのが技量で きるが尊き』

一休 『 振り袖も 留め袖とこそ 変われども 裸にすれば 同じ身体よ 』




新さん『 骨隠す 皮にはたれも 迷いけん、美人というも 皮のわざなり 』

一休 『 皮にこそ 男女のへだたり あれ骨にはかわる ひとかたもなし 』


好きな二人は 衣ぬがすだけならまだしも 皮までぬがしてしまいました(笑)。

骨まで愛していたのかしら。


一休さん54歳のとき 新右衛門さん72歳で逝きました。
 
新さん 『 一人きて 一人かえらん われなるを 道教えんと ひとぞおかしき 』

一休さん『 一人来て一人かえるも 迷いなり 来たらず 去らぬ道をおしえむ 』

いつまでも共にある 心の中では生き続けてゆくであろう事をうたっています。男の友情!!

                                           3月8日

===============================================追記 

宇治の百姓太郎作の娘に子を産ませた新さんでした。妻 辰女その人には子の無い子と以外には

なんの不服も無い間柄 『昔太公望もいっていたとおり「、覆水盆に帰らず、割れ鑑再び照らさず 、

落ち花再び枝に戻らずと」。そのほうが離縁を望むということは、其れと同じで間違いではないか。

よく考えて思いとどまってもらえまいか』と 説き聴きかせたが聞いて貰えず。やぶへびでしたね〜!

「いえ御説論野ほどは嬉しくは存じますが・・・色々今後の皆の為の幸を考え抜いたあげくの決心で

御座いますので是非離縁をお許し願いとう御座います。」

武士の習いで離縁状は書けなとことから、そのかわりとして書いたのが、この歌です。

「麻糸の長し短し むずかしや 有無の二ついつかわかたん。」

こうして辰女は実家帰り年老いた両親に孝養を尽くしながらただ一心に仏道に精進したが、子供が欲しい

というだけでうわきをし、子が無いというだけでもともと愛していた気持ちにはなんの変わりも無い

新さんにとってはやはり諦めきれずに一度は別れたものの、是非に戻って再婚してくれと、先の仲人をを

介して申しいれたのです. 逃がした魚は大きい〜それにしても未練たらしい新さんでした。 けれども

辰女からの返事は 「一度仏に仕えし上は 世の交わりに復すべきや」と肩書きして

「風になびく、若き昔に暮れはてて 一葉散りなん まどのうやなぎ」 の一首に黒髪を添えたものを

遣いの者に渡しました。新さん 辰女からのこれほどの心を見せられて 後悔は嫌が上にも掻き立てられ

た、最愛の妻と離別するなんて生涯の失態であった。そうして思い余ったあげく、相談を持ち掛けたの

が一休さんでした。この間の事情はみなわかっている一休さんです。 

「これは なかなか末頼母しいお女中じゃ。拙僧もこの辰女のような方こそ女房に持ちたい」 と

煽り立てたのです。 その後、一休は新さんとの約束した事もあり 辰女にその気を正してみましたが、

決心は少しも揺るがず、却って今後の仏道への誘いを懇願されたのでした。     やれやれですね。

                                           3月9日
   
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一休禅師と村田珠光様

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珠光和尚という方がおられました。幼名は茂吉 若いころのおはなしです。

珠光は倹行を父に持つのです。今で言えば、お堅いお役人さんの幹部職員でしょうか。

幼い頃より 親の一方的な勧めで奈良は称名寺の小僧にはいって修行をしました。ところが 

自ら進んで禅の道に入ったわけでもないので・・・いよいよ仏の修行となると眠くて眠くて仕方がありま

せんでした。十年間は粘ったものの、ついには破門宣告を受けることになりに法輪庵を追い出されまし

た。今更、生家には帰るわけもいかず、食うや食わず頭髪ボウボウ 着る物も着たきり雀、

まるで乞食坊主です、偶然か必然か道で一休さんとバッツタリ出くわしたのです。

道に迷っていた二十五歳の茂吉は、ふと道行きの一休の拾われて、何とか雨風しのげる身分になりました

其れが縁で しばらくすると一休の俗弟子にしていただけました。

一休さんは貧しい人にはとても優しいのですが。。一歩進んで仏弟子となるとそうはいきません。

茂吉さんも今度こそは しくじる訳には参りません、生来怠け者の茂吉さん 

一休さんに鞭打たれ気を失っても 蘇生しても怠けぐせはやみません。 

頑張りましたが如何しても睡魔にだけは勝てません、・・・。

そこで、一休さんの厳しい鞭以上に痛く、自分の怠け癖と居眠りをなおしたい・・・・・。

心を痛めた茂吉さんは遂に思い余って古里庵先生に相談しました・・・必死ですね〜。

『なんでも良いから劇薬でもかまわない 、もしそれで命を失えるのなら其れでもいいです。

このままで生きていても何にもなら無い、眠らなくなるお薬は無いでしょうか?

いっそ 薬でも効かないのであれば毒薬でも良いから どうかこの怠け者に哀れをかけてください』

と 今にも自殺も辞さない覚悟で医者に願いをかけてみました。

弧里庵先生 『永久の眠りにつく薬ならばいくらでもあるよ だが、其れでは睡眠と戦うのでは無くて、

頭から 睡魔に降参することになるのではないかね、それよりも、まず、それほどの心掛けさえあれば、

大丈夫、効く薬があるから、それを試して飲みなさい』。そうして教えてくれたのがお茶の効用でした。

茂吉さんは藁をもつかみたい時です。一休さんには内緒で眠くなるとお茶を飲む事にしました。

そうするうちにお茶にも色々ある事、味の良いもの香りの良いもの お湯の具合 器のよしあし。

好みのお茶も捜し求めるようにもなります。 そんなある日、離れの一休の部屋に伺い入ると、

師はコックリ、コックリと 居眠りをやっているではないか。

しかも、傍らには 一揃えの茶器があるではないか 今飲んだ後がみられる。

自分が実験中のお茶の効用について話したいと思ってやって来たのだが・・・あで〜 

こんなに気持よく居眠りしておられるのを起こしてはまずい。それならばと、静にそっと

襖を閉めて退き下にろうとすると、眠っている筈の一休が、後を追って声を掛けてきた。

『どうじゃな。そなたもここに来て、お茶をやって、そして居眠りをせんかな・・・』。 あわわです

一休さんは何もかもお見透し、弟子が泣きついてゆく先にも 前もって頼んでいたのです。

後々この茂吉さんが、仏門にはいりながら仏を得ず茶道に入って仏を得てぜんそうになられたあの珠光禅

師その人なのです。

我が国初の茶儀師匠なのですよ。好きこそ物の上手。瓢箪から駒。かも知れません。

一休さんとのご縁が 本当に 運命だったのでしょうね。

                                とりとめの無いお話でしたね。




http://narashikanko.jp/kan_spot/kan_spot_data/w_si2.html 奈良・称名寺 ゆかりの寺

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困った一休さん さてこの大事な花魁の黒髪を剃らずにおくにはどうしよう。


余りにもったいない。尼僧に,にそう似するには、ありに美しすぎる。

仏弟子になんかしたくはない。できるものか!! そんなんだめだよ〜

そして頭をめぐらせて でてきたのが 次のことばです。


『汝、五尺の身体を売って 一切の衆生の煩悩を休んず、

法を売り、衆生を惑わす邪僧より遥かに優る。出家するには及ばず』。



奈良東大寺 『華厳宗大本山』宝物の中の経典・

華厳経にかかれているお話しがあります。

「善財童子」という子坊主さんが発心して、

53人の善知識[悟りを得られた僧]を尋ね廻って

教えを請ける物語が書かれているのだそうです。

23番目に尋ねたのが『婆須密多女』

尼僧様ですがあの布袋様でもあります。

弥勒菩薩様のことだと 私は思いました 

変幻自在に布袋様になったり 観音様になられたり 

この女性は天与の美貌と鬼にも勝る強靱な方でした。


若い善財童子は、それでも残り30人尋ね教えを請けたのですからきっと悟りを得られたのでしょうね。


物語に書いてあるとうりであれば、眠れぬ夜もあったのでしょうね。

「この天女と交われば 忘我の仏国土にはいり、欲望から 逃れることが出来なくなる!」・・・と

宝物の経典に書かれているとの事です。

どうやら一休さんは泉州のこの花魁[地獄太夫]に 観音さまをご覧になられていたのかしら 

婆須密多女のイメージを見ていたのかもしれませんね。

金色に輝く肌とスレンダーなお体だったそうですからね まるで弥勒菩薩臓のようですね。


  

また いつの日か楽しいお話しましょうね。 仙崖和尚の話でも・・・・。 




画像 一休ゆかりの庵

一休禅師

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皆さんご存知いっきゅうさんのお話しです。

トンチ(頓智)で有名ですよね。子供の頃TVでよく見ていました。絵本もありましたよね。

後小松天皇の後落胤として生まれながら、土後門天皇から賜った紫衣を生涯身に付けなかった

そうです。

天衣無法の四文字熟語もこの当たりできているのでしょうね。

自由闊達。頭脳明晰。中身重視。唯我独尊でした。(笑)うらやましい!!

一休さんは 高貴な血がなせる業 お父様似かどうか・・・

男女両党使いで、仏教の淫戒なんか無視です。

88歳で大阪泉州(堺市)で亡くなるまで 側らに若い女性がいなかつた事はないそうです。

晩年は 盲目の美女と醜恩庵で楽しく 同棲されていたのですよ。

この頃にも 元気な時は遊郭で遊ばれていたそうです。遊ぶ傍ら法話をしていたところ

泉州第一 地獄太夫さん(一休さんの命名美しい方でしょうに・・・)

その花魁が法話に感じ入り出家を申し出ました。さ〜て一休さん困りました。



お話しの続きはまた 夜話でね。お昼ごはんにします。

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【杖を取れる人を見よ 杖を取るがゆえに恐れを生ず】      (スッタニパーグ四−十五)

映画や武道の真剣試合などでも見かける場面 ・・・ 

父と息子或いは取引相手 男同士の場面が多い・・・

二人の男が口論しているか、にらみあっている・・・ 

やがて立ち上がる・・・手に武器を持つ それだけの動作。

椅子から立ち上がるのに どれほどのエネルギーを 要したのだろう。

もう額には玉の汗がでている、とたん 表情も今までとは がらりと変わり 恐怖が浮かんでいる。 

スポーツの中でも 一対一の戦いには それに良く似たものがある。

鼓舞するためのものもある と思うが時として殺意漂う場面にも出くわすことがある。

身近なものでは 大相撲である。普段の笑顔 可愛い 関取が 土俵に上がり仕切りをしている間に

顔が変っていくのを見るじことがある。もう二人には 見合ったり口論していた時の余裕はない。

殺意とはこのようにして始まるのです。

何の罪もない人が武器を手にした時に始まるという。殺らなければ!殺られる!!。

戦争とはこういうことです 直接なんの怨みもないもの同士が 生活の為に 学費をかせぐ為に 

子供や親を養い または病気の入院費用のために 国籍を貰う為に(米国では)

お釈迦様教えがこれなのです。杖をとれる人は・・・。

その点、一人でやるスポーツを見ていて 額に油汗をふきだしたり、鬼の面相になっている人はいない。

非核三原則について 考える時 難しい事はわからないけれど私は思う・・・・。
 
武器のない世界は構築できないのか・・・・。国連はなんなの 何のために存在しているの?

せめて・・・武器を他の国に売り付けて、その利益でまた武器を造り

自国民にも 武器を持たせるような国に 生きていたいとは思わない。

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