|
2010年初詣 1月5日 撮影
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
【もし人己を愛すべき者と知らば つつしみておのれをまもるべし】
【心ある物は3時{みつとき}の一において 厳しく己を省みるべし】
戦争中自己愛は利己主義だと批判を受けたそうです、赤紙一枚で否応なしに戦争に召集するにはそうする
より仕方がなかった野かもしれません。いま有るのはそのお陰なのかどうかは 本当の所わかりません
優秀な若者が1000万人以上なくなったそうです。それらの人びとが いまの時代生きていたならば
また今とは違う日本になっていたのかも知れません。
たらればを言っても仕方のないことですが・・・・
・・・・・残念で成りません。
釈尊はきわめて明快に、こう答えられました。
[自己こそもっとも愛すべきもの]
[自己こそもっとも大切なものである]
仏教は【二足尊の宗教】といわれています。
二本の足で大地にたち生きる[人間の宗教]だと言うことです。
{神の宗教}でも{聖人の宗教}でもないのです。奇跡も不死も有りません。
只、生きて死ぬ と言うプルセスの過程での指針野とるべき道筋をたすけてくださるのみです。
自己を愛するという事は私達にとって、ほとんど生きるということに等しいのです。
誰かが 「否! 自分は親もしくは子供の為になら死ねる、というのであるなら また、戦争に召される
はめになります。それによって戦争孤児が出るだけで、けして子供達は幸せにはならない。」 というこ
とだと思います。
自己は愛すべきものです。それを知ったならば!”自己を大切にし粗末にしてはならない”ことです。
粗末にすると自分が嫌になり自暴自棄になる日が必ず来るから、大切に生きなさいと教えられたのです。
「好きなことをしたのだから、いつ、死んでもよい。」 などと無茶をするような人にになります。
護りを大切にするといってもどの自己を守るのかはとても難しいです。本物の人間らしい自己を
見つけ出す努力と反省がなければ、愛すべきものを自分の中に見付け出す事も出来ない。
それを見つける為には、一日のうち夜は長いから、その3分の一は反省のための時間にあて、真に愛すべ
き自己とは何か問いつめなさい。と言われるのてす。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
あらら・・・反省が大事なんだ!!私、教え道理はできませ〜ん!
反省はするけれど 実際には、何時間もした事がないです、その場限りです。
ほんの一舜 一分はしないよね それも毎日ですよ!!何時間?4時間暗いかしら。無理だ〜<m(__)m>
3
1月8日
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
|