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第10ゲーム目のあっけなさやはり最後にためてたんだな〜と
関心した 快心のゲーム運びでしたね。
まだまだしんかしてくれそうです。

 第1セットをタイブレークを制して先取したが、第2セットはチャンピオンシップポイントを握ってから逆転を許し、5―3の第9ゲームから4ゲーム連続で奪われる信じられない展開に。


 だが、最終セットは崩れることなく、気持ちを取り直して第3ゲームでブレークに成功。その後はキープを続けて第10ゲームを取り6―4で栄冠をつかんだ。
国際政治にとって9月は「残酷な月」

■マクロン仏大統領。極右政党・国民戦線のルペン党首への反対票をバックに大統領になった比較的無名の政治家だ。同氏の経済政策は今、極左、極右の両方から強烈な反対にあっている。

■英国において9月は、欧州連合(EU)離脱に縛られたメイ政権と英国民が現実を突き付けられる月となろう

■過激派組織「イスラム国」

「帰国したい」IS戦闘員の妻子1400人がイラク軍に投降
 イラク政府は、過激派組織「イスラム国」(IS)戦闘員の妻子とみられる集団1400人を、モスル南部のキャンプに収容している。当局はこうした妻子たちの帰国に向けた交渉を各国政府と進めているという


■これも「イスラム国」
英“危険差し迫る”テロ警戒レベル引き上げ 最高レベル
 イギリス・ロンドンの地下鉄で29人がケガをしたテロ事件で、メイ首相は15日、テロの警戒レベルを「最高クラス」に引き上げると発表した。

■16日朝の朝鮮労働党の機関紙「労働新聞」は、「火星12型」の発射訓練の様子を写真付きで伝えた。訓練はアメリカに対する攻撃能力を強化するため核弾頭の取り扱いを点検し、実戦的な手順を確定する目的だったとしている。立ち会った金委員長は、「核武力の完成目標はほぼ終着点に達した」と主張し、軍事的な挑発を続けることも示唆した。

■米国のトランプ大統領は共和党議員との関係が止めどなく悪化し、重要法案通過の可能性も急降下。歳出法案で9月に議会と合意できなければ、連邦政府は閉鎖に陥る。政権中枢メンバーは次々に辞任。自身のロシア疑惑に対する捜査も、すぐには終わらないだろう。

■見過ごされてきた中国の暴挙。中国は自らが合意した世界貿易機関(WTO)のルールに従っていない。秋の党大会で習近平国家主席と共産党指導部は、中国には公正なやり方で経済成長を目指す強い意志があるとのメッセージを発するべきだ。

■北朝鮮問題・3つの可能性

「アメリカによる北朝鮮への先制攻撃は、あり得ない話ですよ。アメリカは、これまで核を持っている国に対して攻撃をしたことはありませんから」

日本では、「これしかない」かのように論じられた

【可能性1】核戦争も含めた武力衝突
核戦争に発展しかねない、あるいは、核戦争一歩手前の大規模な戦争になる可能性も含めてのあり得るシナリオです。
これについては、今回日本では、あたかも「これしかない」かのように、盛んに論じられました。また、それよりも規模は小さくなりますが、「ピンポイント攻撃」や「斬首作戦」といわれる金正恩暗殺計画、38度線を挟んでの交戦なども、北の核問題シナリオの「仮想ではない現実」の可能性として盛んに語られました。

【可能性2】アメリカと北朝鮮の正式な直接交渉
一応、米朝直接交渉の前には、北朝鮮の核放棄が「前提」にならなければなりませんが、じつはトランプ・金正恩首脳会談の実現につながる、正式な米朝直接交渉へ向けた水面下の動きが昨年末からずっとありました。
さらに言えば、北朝鮮が核兵器を持ったままでの、米朝首脳会談が行われる可能性も、以前からアメリカの政府系識者の中には言及する人がいました。
現に、北朝鮮を「核保有国」と認めたうえで、米朝の直接交渉を有力な選択肢の1つと考えるアメリカの元国防長官や元国務次官補が何人もいます。
この2つのいずれかが北の核問題解決の理論的なシナリオなのですが、あえてもう1つ付け加えると、次の可能性もあるでしょう。

【可能性3】北朝鮮国内でクーデターが起き、金正恩政権が倒れる
しかしこの場合、金政権が倒れたあとの体制がうまくできるか、核兵器をどうするかなどの問題があります。クーデターのシナリオは、現状ではかなり見通しが厳しいとされます
実際、【可能性1】のピンポイント攻撃や斬首作戦を実行しようとしても、攻撃対象の施設や金正恩がどこにいるのかを、予め正確に特定するのは極めて難しいでしょう
2011年、アメリカの海軍特殊部隊がウサマ・ビン・ラディンを仕留めることができたのは、潜伏していたパキスタンが、表面上はアメリカの友好国であり、アメリカのスパイが多数潜入している特殊部隊が町々に配置され、アメリカが実質的な制空権を握っていたからです。
それを北朝鮮でやって、万一失敗すれば、北朝鮮はすぐさま反撃に出るでしょう。よく言われるように、北朝鮮は、休戦ライン(38度線)に沿って並べている何百門という長距離砲やロケット砲を、一斉にソウルに向けて撃ち込んでくるはずです。
http://tk.ismcdn.jp/mwimgs/6/f/360/img_6f7738004c1e457ae8b10996ff3cbce061767.jpg
『アメリカ帝国衰亡論・序説』(幻冬舎)。書影をクリックするとアマゾンのサイトにジャンプします
休戦ラインからソウルまでは最短距離で約40数キロ。長距離砲の射程は30〜40キロメートル以上あると言われています。ソウルから仁川にかけては、韓国の人口5100万人のうち、約半数が住んでいます。
そのエリアは北朝鮮の射程に入っているので、北朝鮮の反撃で韓国の数百万人の命が危険にさらされる恐れがあります。北朝鮮は「ソウルを火の海にする」としきりに威嚇しているので、少なく見ても何百万人もの死者が出るとされています
韓国が、そんな戦争のGOサインを出すわけがありません。おまけにこの地域には、在韓アメリカ軍やその家族もいるので、アメリカ人にも多数の犠牲が出る可能性があります。つねに「弾劾の危機」にさらされているトランプ政権が、そんな犠牲に耐えられるわけがありません。
イラクでサダム・フセインを探し出せたのは、すでにアメリカがイラク全土を占領していたからですし、リビアの最高指導者カダフィが殺害されたのは、NATOの空爆によって国が完全に破壊されていたからです。
アメリカ軍が、同じような作戦を北朝鮮で実行しようとしても、あいまいな情報しかないなか、中東のように容易に特殊部隊が潜入できる状況とは思えません。


なぜ祖国パキスタンがマララさんを憎むのか

ノーベル賞を受賞した偉人が反感を買う理由イメージ 1

安倍首相の戦後70年談話全文  8月14日


 8月は私たち日本人にしばし立ち止まることを求めます。今は遠い過去なのだとしても、過ぎ去った歴史に思いをいたすことを求めます。

 政治は、歴史から未来への知恵を学ばなければなりません。戦後70年という大きな節目にあたって、先の大戦への道のり、戦後の歩み、20世紀という時代を振り返り、その教訓の中から未来に向けて、世界の中で日本がどういう道を進むべきか、深く思索し、構想すべきである、私はそう考えました。

 同時に、政治は歴史に謙虚でなければなりません。政治的、外交的な意図によって歴史がゆがめられるようなことは決してあってはならない、このことも私の強い信念であります。

 ですから談話の作成にあたっては、21世紀構想懇談会を開いて、有識者のみなさまに率直、徹底的なご議論をいただきました。それぞれの視座や考え方は、当然ながら異なります。しかし、そうした有識者の皆さんが熱のこもった議論を積み重ねた結果、一定の認識を共有できた、私はこの提言を歴史の声として受け止めたいと思います。そして、この提言のうえにたって歴史から教訓をくみ取り、今後の目指すべき道を展望したいと思います。(以上、記者会見での冒頭発言)

     ◇

 終戦七十年を迎えるにあたり、先の大戦への道のり、戦後の歩み、二十世紀という時代を、私たちは、心静かに振り返り、その歴史の教訓の中から、未来への知恵を学ばなければならないと考えます。

 百年以上前の世界には、西洋諸国を中心とした国々の広大な植民地が、広がっていました。圧倒的な技術優位を背景に、植民地支配の波は、十九世紀、アジアにも押し寄せました。その危機感が、日本にとって、近代化の原動力となったことは、間違いありません。アジアで最初に立憲政治を打ち立て、独立を守り抜きました。日露戦争は、植民地支配のもとにあった、多くのアジアやアフリカの人々を勇気づけました。

 世界を巻き込んだ第一次世界大戦を経て、民族自決の動きが広がり、それまでの植民地化にブレーキがかかりました。この戦争は、一千万人もの戦死者を出す、悲惨な戦争でありました。人々は「平和」を強く願い、国際連盟を創設し、不戦条約を生み出しました。戦争自体を違法化する、新たな国際社会の潮流が生まれました。

 当初は、日本も足並みを揃(そろ)えました。しかし、世界恐慌が発生し、欧米諸国が、植民地経済を巻き込んだ、経済のブロック化を進めると、日本経済は大きな打撃を受けました。その中で日本は、孤立感を深め、外交的、経済的な行き詰まりを、力の行使によって解決しようと試みました。国内の政治システムは、その歯止めたりえなかった。こうして、日本は、世界の大勢を見失っていきました。

 満州事変、そして国際連盟からの脱退。日本は、次第に、国際社会が壮絶な犠牲の上に築こうとした「新しい国際秩序」への「挑戦者」となっていった。進むべき針路を誤り、戦争への道を進んで行きました。

 そして七十年前。日本は、敗戦しました。

 戦後七十年にあたり、国内外に斃(たお)れたすべての人々の命の前に、深く頭(こうべ)を垂れ、痛惜の念を表すとともに、永劫(えいごう)の、哀悼の誠を捧げます。

 先の大戦では、三百万余の同胞の命が失われました。祖国の行く末を案じ、家族の幸せを願いながら、戦陣に散った方々。終戦後、酷寒の、あるいは灼熱(しゃくねつ)の、遠い異郷の地にあって、飢えや病に苦しみ、亡くなられた方々。広島や長崎での原爆投下、東京をはじめ各都市での爆撃、沖縄における地上戦などによって、たくさんの市井の人々が、無残にも犠牲となりました。

 戦火を交えた国々でも、将来ある若者たちの命が、数知れず失われました。中国、東南アジア、太平洋の島々など、戦場となった地域では、戦闘のみならず、食糧難などにより、多くの無辜(むこ)の民が苦しみ、犠牲となりました。戦場の陰には、深く名誉と尊厳を傷つけられた女性たちがいたことも、忘れてはなりません。 

何の罪もない人々に、計り知れない損害と苦痛を、我が国が与えた事実。歴史とは実に取り返しのつかない、苛烈(かれつ)なものです。一人ひとりに、それぞれの人生があり、夢があり、愛する家族があった。この当然の事実をかみしめる時、今なお、言葉を失い、ただただ、断腸の念を禁じ得ません。

 これほどまでの尊い犠牲の上に、現在の平和がある。これが、戦後日本の原点であります。

 二度と戦争の惨禍を繰り返してはならない。

 事変、侵略、戦争。いかなる武力の威嚇や行使も、国際紛争を解決する手段としては、もう二度と用いてはならない。植民地支配から永遠に訣別(けつべつ)し、すべての民族の自決の権利が尊重される世界にしなければならない。

 先の大戦への深い悔悟の念と共に、我が国は、そう誓いました。自由で民主的な国を創り上げ、法の支配を重んじ、ひたすら不戦の誓いを堅持してまいりました。七十年間に及ぶ平和国家としての歩みに、私たちは、静かな誇りを抱きながら、この不動の方針を、これからも貫いてまいります。

 我が国は、先の大戦における行いについて、繰り返し、痛切な反省と心からのお詫(わ)びの気持ちを表明してきました。その思いを実際の行動で示すため、インドネシア、フィリピンはじめ東南アジアの国々、台湾、韓国、中国など、隣人であるアジアの人々が歩んできた苦難の歴史を胸に刻み、戦後一貫して、その平和と繁栄のために力を尽くしてきました。

 こうした歴代内閣の立場は、今後も、揺るぎないものであります。

 ただ、私たちがいかなる努力を尽くそうとも、家族を失った方々の悲しみ、戦禍によって塗炭の苦しみを味わった人々の辛(つら)い記憶は、これからも、決して癒えることはないでしょう。

 ですから、私たちは、心に留(とど)めなければなりません。

 戦後、六百万人を超える引き揚げ者が、アジア太平洋の各地から無事帰還でき、日本再建の原動力となった事実を。中国に置き去りにされた三千人近い日本人の子どもたちが、無事成長し、再び祖国の土を踏むことができた事実を。米国や英国、オランダ、豪州などの元捕虜の皆さんが、長年にわたり、日本を訪れ、互いの戦死者のために慰霊を続けてくれている事実を。

 戦争の苦痛を嘗(な)め尽くした中国人の皆さんや、日本軍によって耐え難い苦痛を受けた元捕虜の皆さんが、それほど寛容であるためには、どれほどの心の葛藤があり、いかほどの努力が必要であったか。

 そのことに、私たちは、思いを致さなければなりません。

 寛容の心によって、日本は、戦後、国際社会に復帰することができました。戦後七十年のこの機にあたり、我が国は、和解のために力を尽くしてくださった、すべての国々、すべての方々に、心からの感謝の気持ちを表したいと思います。

 日本では、戦後生まれの世代が、今や、人口の八割を超えています。あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません。

 しかし、それでもなお、私たち日本人は、世代を超えて、過去の歴史に真正面から向き合わなければなりません。謙虚な気持ちで、過去を受け継ぎ、未来へと引き渡す責任があります。

 私たちの親、そのまた親の世代が、戦後の焼け野原、貧しさのどん底の中で、命をつなぐことができた。そして、現在の私たちの世代、さらに次の世代へと、未来をつないでいくことができる。それは、先人たちのたゆまぬ努力と共に、敵として熾烈(しれつ)に戦った、米国、豪州、欧州諸国をはじめ、本当にたくさんの国々から、恩讐(おんしゅう)を越えて、善意と支援の手が差しのべられたおかげであります。

 そのことを、私たちは、未来へと語り継いでいかなければならない。歴史の教訓を深く胸に刻み、より良い未来を切り拓いていく、アジア、そして世界の平和と繁栄に力を尽くす。その大きな責任があります。

 私たちは、自らの行き詰まりを力によって打開しようとした過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、いかなる紛争も、法の支配を尊重し、力の行使ではなく、平和的・外交的に解決すべきである。この原則を、これからも堅く守り、世界の国々にも働きかけてまいります。唯一の戦争被爆国として、核兵器の不拡散と究極の廃絶を目指し、国際社会でその責任を果たしてまいります。

 私たちは、二十世紀において、戦時下、多くの女性たちの尊厳や名誉が深く傷つけられた過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、そうした女性たちの心に、常に寄り添う国でありたい。二十一世紀こそ、女性の人権が傷つけられることのない世紀とするため、世界をリードしてまいります。

 私たちは、経済のブロック化が紛争の芽を育てた過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、いかなる国の恣意(しい)にも左右されない、自由で、公正で、開かれた国際経済システムを発展させ、途上国支援を強化し、世界の更なる繁栄を牽引(けんいん)してまいります。繁栄こそ、平和の礎です。暴力の温床ともなる貧困に立ち向かい、世界のあらゆる人々に、医療と教育、自立の機会を提供するため、一層、力を尽くしてまいります。

 私たちは、国際秩序への挑戦者となってしまった過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、自由、民主主義、人権といった基本的価値を揺るぎないものとして堅持し、その価値を共有する国々と手を携えて、「積極的平和主義」の旗を高く掲げ、世界の平和と繁栄にこれまで以上に貢献してまいります。

 終戦八十年、九十年、さらには百年に向けて、そのような日本を、国民の皆様と共に創り上げていく。その決意であります。

 (談話を読み上げ後)以上が私たちが歴史から学ぶべき未来への知恵であろうと考えております。冒頭私は、21世紀構想懇談会の提言を歴史の声として受け止めたいと申し上げました。

 同時に私たちは歴史に対して謙虚でなければなりません。謙虚な姿勢とは果たして、聞き漏らした声がほかにもあるのではないかと、常に歴史を見つめ続ける態度であると考えます。私はこれからも謙虚に歴史の声に耳を傾けながら、未来の知恵を学んでいく。そうした姿勢を持ち続けていきたいと考えています。私からは以上であります。

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