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そもそも秀吉が文禄・慶長の役で朝鮮出兵を行ったのを最後に、幕末まで約300年間、日本周辺は平和な時代だった。おそらく、元寇や朝鮮出兵などいろいろあったがこれからは仲良くやっていこうぜということだったんだろう。中国(明・清)、朝鮮半島、琉球王国、日本の間では貿易摩擦などはあったと思うがすべて話し合いで解決してきた。日本が外から攻められることは考えられず、江戸幕府は自衛隊のような組織すらなく、ましてや外に攻め込むなんてことは考えてもみなかった。それが幕末になって欧米列強が利権を求めてこの地にやってきた。当時欧米は発展途上国を武力で制圧し、そこを植民地化して利益を巻き上げるという帝国主義(植民地主義)を考え出し、実行していた。そして、外交は武力による後ろ盾で行うという方針を確立していた。欧米の武力による外交に屈した江戸幕府は、数々の不平等条約を結ばされた。不平等条約を改正するべく欧米に使者を出しても、まともな戦力のない日本は相手にされなかった。不平等条約が改正されたのは日露戦争勝利後である。明治政府が強兵政策をとったのは当然であった。明治維新時代列強はアジアの国々を次々に植民地化していった。そこで日本の取る道は、列強の植民地になるか、それとも自らが帝国主義を遂行するかであった。結果、植民地になることを潔しとせず日本政府が帝国主義路線を取ったのである。そして朝鮮半島の支配などをめぐって清国と激突する。いわゆる日清戦争である。これがすべての発端である。戦後70年と言って、おもに第2次世界大戦の反省やお詫びや植民地支配という言葉が我が国から多く聞かれるが、そもそも第2次世界大戦への序章は欧米が考え出した帝国主義、武力を後ろ盾にする外交にある。そして、その世界的常識は今も続いている。経済発展とともに強力な軍事力を持った中国が今何をしているか?月の砂漠をはるばると・・・中東地方も貧乏ながらも平和な時代があったのに石油が出たら欧米が利権を求めてやってくる。するとそこには必ず戦争が起こる。戦後70年を反省するなら、帝国主義(植民地主義)と武力を後ろ盾にした外交を考え出した欧米列強の反省なくて世界平和はないと考える。世界があの300年も平和だった時代の精神を見習うべきだ。
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はじめまして(V)o¥o(V)
私なんかより丁寧な文章で驚きました♪
真似っ子ではないですが、参考にさせて頂きますね♪
個人的な事ばかりのブログでつまらないかもしれないですが遊びに来て下さい♪
2015/9/7(月) 午前 11:09 [ ゆうこ ]