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細々と連絡用、みたいな

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ぜ景/澄椿の遺言

七福神のお話は、ぜひ最初からどうぞ。

七福神に会いました   http://blogs.yahoo.co.jp/isshy_0810/5613421.html 
七福神、倒れても幸福 http://blogs.yahoo.co.jp/isshy_0810/6211715.html
七福神パンツを数える http://blogs.yahoo.co.jp/isshy_0810/6283293.html
七福神、椿の遺言


さて、私と彼とでじーちゃんのお見舞いに行った時の話なのですが。
その前に、じーちゃんが倒れる3日前から始めねばなりません。


*話が整理できていないまま書き始めます。着地できるか祈っててください。
*あと、出てくる個人名は仮名です。


じーちゃんが倒れたのは水曜日。
その前の日曜日、私と相方氏が何をやっていたかというと、大喧嘩、だった。


喧嘩というよりも、私が彼をめったに無いほど怒らせ、ぶち切れた奴が
「あd$ぱじえ@rじあ¥おいjdalnhuがあっ!」
と、意味不明な大声を出した。


普段、大声を出すような人じゃない。かなり温和で静かな人。
順調だった人生をねじまげてまで私の馬鹿に付き合ってくれている彼に、
私が、ひどいこと言ったんだ。


その声にびっくりしたのは隣家に住む、相方のパパやじーちゃん達。
特にパパは、刃傷沙汰でもおきてやしないかとすっ飛んできて、
で、ものすごく穏やかに言った。


ねぇ。どうしたの? 大丈夫? 驚いたよ。
最近、よく喧嘩しているよね? いや、聞こえちゃうからさ。
どうなの。お互いに傷つけあうだけなら、別れたら?


実にもっともな意見で何もいえなかった。
そこへヨタヨタとじーちゃんが入ってきたので、
相方とパパに「じーちゃんいいから。送ってきて」と言われて表に出た。

じーちゃんは私に尋ねる。


なぁに?喧嘩したの?はっはっは〜。
どうしたのー? んー?
泣いてないでゆってごらんなさい。


手をにぎって、頭なでなでしてくれた。
何にもいえない私。


あたし頭が腐ってます。育ちが悪いんです。鬱病なんです。最低の人間です。
またキチガイじみた事を言って、優しい彼をあんなに怒らせました。
そんなこと、じーちゃんになんて言ったらいいんだろう。


でも、じーちゃんがあんまりニコニコと説明を待っているので、
「あたし、病気なんです。落ち込むんです。それで…。」とだけ言った。
情けなくてまた泣けた。


気うつになるの?あなたが?
医者行ってるの? そう〜、行ってるの〜。
じゃぁ大丈夫!すぐ治る。平気!気のせい!大丈夫!
あのね?もうすぐね〜〜定期預金の満期がくるんだよ。
みーんなあなたたちにあげるんだから。
あなたのお母さんが反対しているから延ばしているんだろうけど、
もういいから、早く結婚しなさい。ね?
わたしはね、あなたを気に入ったし、信用してるからね?
いいお嫁さんが来てくれるって、ばあさんと喜んでいるからね? 
これは「縁」なんだから!
はい〜。じゃぁ失礼しますよ〜〜。


そういって、さっさと(ヨタヨタと)帰っていった。
続いて、相方のパパも出てきて、


あ、おじゃまさまでした。いやーごめんねー。
急に口を出して失礼したね。
それじゃーまた!


って、すちゃっ!って手を上げて挨拶して、フツーに帰っていった。
ものすごいナゾな人々・・・


彼はパパに、私の病名、その原因が親の虐待であること、
専門医にかかってる事までは、それ以前に話し済みだったようだ。
今回さらに、いま治療のヤマで、すごく精神不安定だから喧嘩になるんだけど、
僕も怒鳴るくらいはやらないとストレスだから騒ぐかもしれないけど、
べつに「愛があってやってるので」刃傷沙汰とか心配ないから、ホットイテ。
・・・などと話したらしい。


で、それだけでパパは理解。ものの10分もしないで納得して引き上げた。
私はかなり驚いた。
親離れ子離れが終わっていて、自分の息子を心から信用していて、
しかも、親子の境界線がきっちりしている家族って、こんなアッサリなんだ・・・


それで、頭の冷えた我々は、落ち着いて話し合って、
前向きな意味でしばらく別居をしてみよう・・・となったんだ。


で、その週にじーちゃんが倒れたのでした。


***


じーちゃんを見舞うと、「倒れても幸福」編に書いたとおり、ニコニコ上機嫌だった。
その達観の笑顔に、私は感無量だった。


じーちゃんは唐突に、戦争に行った話を語り始めた。孫の彼も初めて聞く話。
支離滅裂なんだけど、でも何かを絶対伝えたいような話しぶり。


時は、昭和12年7月7日。盧溝橋事件。
その後、わたしたちは、北進し、北京に入城。
そして、その後・・・


なんと。盧溝橋事件。
日本軍が、北京郊外の盧溝橋で演習中だった中国軍の発砲事件を口実にして
中国全土へ侵略戦争を開始した、その事件だ。
じーちゃんは、あの事件の際に、一兵卒として現地にいた方であった。


その後、彼は、年月日や時に曜日すらも、それはそれは詳細に挙げて、
盧溝橋事件以降、如何に彼らの隊が各地を進軍し、転戦したのかを話してくれた。


壮絶だった。
あとで資料を検索すると、彼の隊は日本軍数千人規模に対し、中国軍は数万規模だったようだ。
来る日も来る日も弾が飛び交う中、彼は生き残った。
敵を殺しもしたろう。毎日毎日仲間が死んだろう。
その死体をトラックに山の様に投げ上げては運んだのだという。


そうして7月から半年間、各地を転戦して12月。
彼は被弾する。
浅く、とはいえ腹部をななめに横切る貫通銃創だった。
そして、日本陸軍の野戦病院に担ぎ込まれる。



薬なんてないんだよ。どんどん死んでいった。
でも、衛生兵が良くしてくれて、中でも、素晴らしい看護婦さんが居た。
名前は、椿とし子さん。
綺麗な優しい方だった。親身に診てくれて。おまけに写真をくださった。
しかも、和服のお姿の写真の裏に住所と名前を書いて、くださったんだ。
誰にでも上げるんじゃないんですよ、と言ってくれて。
いやー嬉しかった!
クリスマスには、靴下にキャラメルを入れてくださったんだ。
しらなかったよ。クリスマスにはそうするもんだなんて。



相方と私は、顔を見合わせた。
ばぁちゃんの名前は、とし子じゃない。旧姓も椿ではない。
我々は、ばぁちゃん以外の女性との恋話を聞いてしまうのだろうか?

いったいこの話はどこに着地するんだ?
とめどもないじーちゃんの話は、止まらない・・・止まらない。


そして、クリスマスには元気だったその椿さんは、
年が明けてすぐに寝込んでしまう。
結核だった。
もちろん薬なんか無い。
まして、ここは中国北部だ。寒さが肺病に良いわけが無い。
椿さんはあっというまに悪化してゆく。



そして、2月7日。
夜、向かいの彼女の部屋に行って、少し話をしたんだ。
そのあと病室に戻り、わたしは寝ていたんだけどね。
夜中、椿さんの部屋から、うめき声が聞こえるんだよ。
行って水を飲ませてあげたんだけど、だめだった。
もう危篤で、そのまま亡くなってしまった。
さっきまで話していたのに…。


じーちゃんの目の奥に光る涙。


…その翌日。陸軍病院の院長が来て言った。

「傷病兵の諸君。
 起きられる者は立ち、またはベッドに腰をかけ、
 起きられない者はそのままでお聞きください。

 只今から、従軍看護婦、椿とし子殿の遺言をお読みいたします。

  遺言
  傷病兵殿。一日も早い御快復をお祈り申し上げます。
  椿とし子   以上! 」


わたしたちは泣いた。泣いたんだよ。みんな泣いた。
親や家族あてじゃないんだよ? 遺言なのに。
自分が死ぬって時に、椿さんはわたしたちのことを祈ってくれた。



じーちゃんが私たちに語ったのは、淡い恋の話などではなかった。
若い看護婦さんの壮絶な最後。
話の焦点がよくわからないまま、私たちはその迫力に圧倒されていた。


じーちゃんはそうして11ヶ月も野戦病院に入院し、
傷口をなんとか治し、その後、少し転戦したあとにかな?
復員し、兵役から離れた。



でね。うちのばぁさんと結婚してね。
野戦病院の話をしたんだ。素晴らしい看護婦さんが居たって。
そうしたら、ばぁさんも言うんだよ。
私のタイピストの友達も、あっちで看護婦してて亡くなったんです。
えっ?まさか?もしかして?
貰った写真をだしたら、…そうだったんだよ。
椿とし子さん
ばぁさんの仲のいいお友達だったんだ…



ものすごい話だ。鳥肌がたった。
じいちゃんは九州出身。ばぁちゃんは福島がルーツの神奈川出身。
その二人が、共通の友人を持っていて、片や中国くんだりで出会い、
かつ、じーちゃんが末期の水を取らせ、その死を看取ったのだ。
確率から言ったら、奇跡的な話だと思う。


きっとじーちゃんは、ばぁちゃんとの間に「運命」を感じたのだろう。
戦地で生きる希望をくれた椿さんがこの妻と引き合わせてくれた、そう思ったろう。


その思い込みには、もちろん意味などない。そんなの偶然にすぎない。
けれど、じーちゃんはこの「縁」を信じぬいた。
根拠の無いものを、根拠は無いままに、固く信じた。
そして、その妻ともう50年以上、ずっと一緒に歩みつづけてきたのだ。


愛するって何?
彼にとってのそれは、洗濯物をたたみながらちょっと喧嘩したりすること。
身体にいいというブルガリアヨーグルトを、妻のために今日も買うこと。



中国のことわざにね、こういうのがあるんだよ。

  縁の無いものは隣に居ても振り向かぬ。
  縁の有るものは千里の道を駆けて来る。


いいかい。人が出会うのは「縁」だよ。
あんた達が出会ったのも「縁」なんだよ。
今日、こうしてわたしを見舞ってくれたのも「縁」だったんだ。
縁は大事にしなきゃいけない。
いいかい。千里を駆けて出会った「縁」なんだよ?
はっはっはっは!


じーちゃんは笑う。
私のちっぽけな悩みなんか、もういいじゃないか。と。


根拠の無いこの世界に生きる根拠を定めるのは、自分の心なのだと。
安心も安全も安定も、自分で決めるんだって。
もう死ぬかもしれないときに、そうだ、遺言として話してくれたんだ。


椿さんの遺言も、この方の遺言も、なんて素晴しいのだろう。
死ぬかもってときに、ただ、誰かの幸福を祈って。


傷病兵どの。明日、ご生還、お祈りしています。



***

ご報告 http://blogs.yahoo.co.jp/isshy_0810/6450705.html

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やっぱ、勝てないなぁ、こういう状況を経験した人たちには。羨むことじゃないんだけど、そりゃ現在の方が国として平和で、いいんだけど。 でも、その縁の話を、いっしーに話したってことは、いっしーに自分らとの縁を信じて、ってメッセージなんでしょ。素晴らしい祝福だよねぇ。 縁だよね、不思議やなぁ縁って。

2005/7/6(水) 午前 8:27 ver*v*ry7*

言葉にしようとしても、どう言えば伝わるのかわかりません。でも、これが読めた私は幸せです。相方さんのおじい様の生還を心よりお祈りいたします。isshyさん、書いて下さってありがとう。

2005/7/6(水) 午後 3:54 [ bab**rina20*5 ]

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素敵な話です。何をコメントしてもしらける気がしました。だから、素敵ですねとだけコメントします。

2005/7/6(水) 午後 10:53 [ - ]

シリーズ・・・読ませていただきました。。。やさぐれた心が、静まっていくようです。。こんな素敵なおじいさんと「縁」があったいっしーさん。そしてお市は、ブログを通じ、いっしーさんと出会い、いっしーさんと出会ったおかげで、いっしーさんによって伝えられたおじいさんとも、出会えた気がしました。これも「縁」なのかもしれません。(とても素敵な)>根拠の無いこの世界に生きる根拠を定めるのは、自分の心なのだと。の、コトバ、とても衝撃でした。。私もいつか、揺るがない根拠を定められる心を、手にいれたいなw。

2005/7/17(日) 午前 2:16 お市

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お市さん。ありがとう。そう言ってもらえると本当に嬉しい。ブログは細いほっそ〜いご縁ですが、時にとても大事なメッセージをやりとりする場でもあると思う。皆さんに読んでもらう事で、自分を鼓舞していたりね。分かって書いたのではなく、分かりたくて書いている私ですから・・・

2005/7/17(日) 午前 2:52 isshy☆

すごいなぁ、感動的だな。こういうのって、伝えていきたいですねぇ。いっしーさんのブログを読めるわたしは幸せだなぁ。

2005/7/31(日) 午後 2:39 [ - ]

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junkoさんありがとぉ〜。この話は書いている当人が素で感動しています。めったに書けないっていうか、出会えません。こんな話は。。。

2005/7/31(日) 午後 5:29 isshy☆

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最後の一言、いいですね。映画化してもらいたいです。

2005/8/14(日) 午後 11:02 Dr.Watson

こんばんわ、またきました、あっちゃんです。
このお話を読んでいて涙が出てきました。
私のおじいさんとおばあさんも戦争中に満州で結婚しました。
おじいさんはなくなり、おばあさんは最近物忘れがひどいです。
おばあさんに会いたくなりました。

2007/11/7(水) 午前 0:06 [ - ]

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七福神を見つけて読んでくれてありがとう。

このお話は、書いている本人も先を知らずに書き始め、
そして、ラストはえらいところにオチが落ちました。

私の人生を180度変えた出会いの記録です。

おばあさん、生きてらっしゃるなら、ぜひ会いにいって。
会うだけで喜んでくれる相手ってね、貴重なのよ。
それはね、持っている人には気づかないものなのだけど、
持っていなかった人間からすると、奇跡的に貴重なものなのよ。
たいては、失ってから気づくのだけど、手遅れになる前にぜひ。

2007/11/7(水) 午後 10:53 isshy☆

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すごい巡り合わせ!
信じられない奇跡!

そして、遺言に鳥肌がたった!

僕、実は趣味で「下手な小説」書いてます。
うん・・・
絶対にこんなのおもいつかない!
神様って、なんて粋な計らいをするのだろう。

2008/4/4(金) 午前 6:28 ゼットン

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こんにちは。

おすすめの七福神シリーズ、読みました。
どこにコメントしようか迷いましたが、私は、この記事を読み、
周りに誰もいないのをいいことに、わんわん泣いてしまう程、
心が動いて・・・なので、ここにコメントしました。

お祖父様の「縁」って言葉にグっときてしまいました。
私事だけど、自分も、今、人の縁を信じ、一歩踏み出そうと
していた所だったので(詳しくは、長くなるので、書きませんが)、
なんか、自分の背中を押してくれたように感じました。

イッシーさんのお祖父様と、この記事を書いたイッシーさんに、
感謝です^^

2009/9/7(月) 午後 3:47 [ zaki ]

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おお。zakiさん。 読んでくれましたか。
ありがとう。

本当にリアルタイムだったから、
どこに行き着くのか分からずに書いていて、
こんな物語になっちゃった。じーちゃんすごいなぁと思う。

縁ってなんだろう。
偶然会うこと?
でもそれだけじゃない。
かじりつくように求めて、何が何でも維持すること。
今までの生活や性格を変えて、新しい暮らしを全く新しく作ること。
そのとんでもない労力を「楽しく」支払えること。

そういう動機がどこっから生じるのか。
ワカラン。
それこそが縁、なんだろうなー。

私の出してる電波が御口に合うようだったら、
カラスの宝物とかお笑い:ライターの愚痴とかもどーぞ。

ドロドロの真っ黒けも置いてございます。
劇毒濃縮100%還元「嘆きの壁」は調子が良いときにどーぞ

zakiさんはブログやってないの?
コメントらんに書いてもらうには少しアレですが
長くなるらしい何かをお宅に綴っているなら読みに行きますよ。
書くことは非常にお勧めです。
真剣に考えて書けば、自分で自分がどうしたいか見つかるよ。

2009/9/8(火) 午前 0:04 isshy☆

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ブログは残念ながらやっていません。

書いて心を整理するのは、精神分析の王道の一つだと思いますが…私、書くのが好きではない(苦笑)。
カウンセリングでも、勧められて試みるも挫折。カウセラーさんから、無理にする必要は無いですよ、と言われました。

私は、書くより、まず頭で考え抜いて(時に妄想炸裂)、誰かに話しているうちに気付きがあります。
カウンセリングは話すことが中心ですね…。

ちょっと話しがそれますが、私もカウンセリング卒業のお墨付きを頂き、論文にまとめたいと言われました。
イッシーさんのカウンセリング卒業の記事と重なり、本当にびっくりしました。
カウセラーさん曰く、カウンセリングは向き不向きがあって、最終段階まで行く人は少ないとのことで、最終段階まで行けた事例はちゃんとまとめるようです。
悩んだり、考え事が得意な人がカウンセリング向きかな、と自分は思いました。昔は、ウジウジ悩む自分が嫌でしたが、今は才能だと自負しています(笑)。

2009/9/8(火) 午前 1:23 [ zaki ]

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おおおお!卒業までやった人、初めて会った!

確かになかなか居ないから論文にするらしいね。
とはいえ、私の先生が論文書き上げたとは思えん。
私の観察によると、彼は実務が好きで作文が苦手(爆笑)

私は書くのがむいてて、頭の中で考えるのは苦手。
うじうじ悩むのは天才だと思う(笑)

苦手というか、意識がそれて過去の苦痛の再現妄想のほうへ
持っていかれてしまうんだよね。
思考も話題も拡散してしまって、文章のように集約できない。
話してから、帰って考えて書くと気づいた。
そうかー、いろいろだなぁ。

私は、欲張りな人がカウンセリング向きかなと思う。
何が何でもこの苦痛から逃れたい、かつ、自分を変えたいって欲。
私、何が何でもトモダチ欲しかったんだ。
同僚とかの人の輪に混じりたかった。

死にたい位のエネルギーを、ちょっと方向転換すれば
メンヘラの誰もがなりたい自分になれると思うんだよね・・・

コメント欄埋め尽くしたがる人多いもんで、
自分とこで書いたら読みに行くよって挨拶代わりになってます。
卒業生ならお勧めの必要なし。(めもめも)

2009/9/8(火) 午後 10:37 isshy☆

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欲張りって…良く言えば、向上心が高いってことですよね(笑)。
カウンセリングじゃなくとも、いい意味で欲が無いと続かないですよね。
ただ、何かを成し遂げる中で、自分を変えるのは、最も難しいうちの一つなのかもしれませんね。だから、カウンセリング卒業者は少ないかと。

そういえば、壁シリーズと心シリーズ、大体読みました。
まさに、自分が日々頭で考えているような事が、文章にまとめられていて、感心しきりです!
私は、イッシーさんが記事で書いているような事を、頭の中で繰り広げています。考え事中毒かも(笑)。

2009/9/9(水) 午前 1:36 [ zaki ]

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泣けました。
素晴らしい一文でした。
子どもたちに語り聞かせます。
いずれ,また

2011/6/25(土) 午前 10:01 [ しろにゃんこ ]

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運命 ですね。

2014/4/23(水) 午後 6:24 COCO


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