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ファイト

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野球は日本シリーズの日ハム優勝で盛り上がりましたが、それと同時期にプロレス界では大木金太郎さん

が亡くなった事や大仁田厚氏の裁判のことなど明るいとはいえない話題が続きました。

大木氏のレスラー人生は本当に波乱万丈だった見たいですね。写真はファイト縮刷版NO.1(昭42年3

月〜43年3月)なのですがその間にも交通事故で大けがをし力道山襲名が危ういという記事や、WWA

チャンピオンになったのに無名のヘナチョコレスラーにタイトルを奪われるという記事が載っておりま

す。

もう一つの大仁田氏の裁判の話ですが、この話しじたいは労災にあった会社の従業員が、会社の安全管理

の不備をついて会社を訴え損害賠償責任を追及したというような話しでしょう。問題はプロレスに「事前

の打ち合わせがある」ということを認定したと言う話でしょう。

プロレスに事前の打ち合わせがあるとかシナリオがあるとかいう話しはずっと前から言われ続けています

しこの後も言われ続けるでしょう。プロレスファンはその辺も分かった上でファンなのでしょう。

私はプロレスにはお互いに打ち合わせたシナリオはないと思いますが「けがをさせてはいけない」だとか

「呼ばれている団体の不利益になるようなことをしてはいけない」というような暗黙の合意はあると思い

ます。ただそれは絶対守らなければならないわけではなく、それを破ることによって自分が引き受けなき

ゃならなくなるリスクが怖くなければ破ることはあるのではないですかね〜。有名な「力道山対木村政

彦」だとか猪木が何回も行った”腕折り”なんかそうじゃないんですかね〜。

このファイトの中にもその中のひとつと言えるのではないかという試合「ルーテーズ対グレート草津戦」

が載っております。これは日本プロレスとTBSプロレス(国際プロレス)の隅田川決戦となずけられた

興行合戦での出来事です。TBSプロレスの期待の新鋭グレート草津がルーテーズに挑戦した試合でルー

テーズはバックドロップ1発で草津を失神させ3本勝負の1本目で試合続行不能とさせています。「力道

山対木村政彦戦」みたいなもんですよね。

ファイティング原田

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元世界フライ、バンタム2階級制覇のファイティング原田さんです。なぜ急に原田さんが出てきたかとい

うと2日前に書いた廃盤全集を聞いていたら当時が浮かんできて原田さんを思い出したと言うことです。

と言っても原田さんの試合をリアルタイムで見て覚えているのは最後の1試合ぐらいです。70年代の初め

に25歳の若さで引退されているので私が小学校低学年の時しか現役ではありませんでした。引退の時”ス

ター千一夜”(古いですね)で表彰されているところは覚えています。

とにかく打ちまくっていたという印象があります。これはテレビで見た印象というより後で雑誌で試合内

容を読んでそう思い込んでるのかもしれません。

この方の実績は聞けば聞くほど凄いものがある。その当時の階級は今のように細分化されておらず8〜1

0階級ぐらいしかなかったと思います。今世界チャンピョンになるのの何倍も難しい時代に2階級制覇

(実際は明らかなホームタウンデジションがあり3階級と言っていい)をやると言うことがどんなに難し

いことか。また黄金のバンタムと言われ全階級通じてもトップ10に入るようなエデルジョフレを2回も

破っている。エデルの敗戦はこの2戦だけです。

写真は雑誌Numberのボクシング世界チャンピョン特集号の表紙です。この本じたい20年以上前の

もので、この後何人も世界チャンピョンが誕生してますが、印象が非常に薄いですね。これは選手の責任

と言うより必要のない階級を作ってチャンピョンの価値を低下させた方の責任でしょう。

原田さんは引退された直後から現役時代の激しいファイトとは別人のような丸いからだで人懐っこい笑顔

を振りまいておられます。

一時代を築いた日本が世界に誇る名ボクサーでしたね。

上田馬之助

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まだら狼上田馬之助氏の登場です。

私のプロレスに対するかかわり方はかなり中途半端で、プロレス肯定派と否定派の間を揺れ動いておる感

じです。幼少の頃の純粋でど真面目にプロレスを見ていた頃と自分で格闘技をやるようになって批判的に

見るようになった頃そしてまた村松友視氏のプロレス3部作を読んでなんか物の見方を考えさせられるよ

うになったりと色々なのですが、そういうわたしの目をしばらくの間プロレスそのものに惹き付けてたの

が新日本プロレスに登場していた頃の上田馬之助氏でした。

上田馬之助氏をはじめて見たのは相当前の話で日本プロレス時代にブルーノサンマルチノが来日している

時その相手役を勤めアルゼンチンバックブリーカーをかけられギブアップした試合でした。まあその頃は

普通の若手選手というイメージだったと思います。そして次に眼にしたのが、猪木とシンとの試合会場に

挑戦状を持って現れ試合後の猪木のわき腹をけり自分は服を破かれたというシーンでした。この前にすで

に国際プロレスでかなり暴れていたみたいですがそこは見た事がありません。その後上田氏はシンと組ん

で坂口、小林組と北米タッグをめぐり激戦を繰り広げたり猪木とネールデスマッチを行ったり(この試合

はあまり面白くなかった)と大暴れしました。上田氏が面白かったのは、なんの意味もなくただ反則をや

るのではなく日本のプロレス界に対する復讐だという目的と言うかドラマがあったからだと思います。上

田氏はインタビューで「プロレスを八百長だと言う言い方には反感があるがショービジネスという言い方

には何の問題もない」と言うようなことを言っておられたのを読んだことがあります。その考え方を徹底

しておられたのでしょうね。

上田氏は交通事故の後遺症で車イスの生活をされておられるようですが、現在の奥さんとの純愛物語もあ

り幸福な生活を送っておられると聞きました。

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今回は元国際プロレスのエースラッシャー木村選手の話です。

ラッシャー木村さんと言えば若い人はマイクパフォーマンスの人というイメージだろうし、国際プロレス

時代を知っている人は「金網デスマッチの鬼」として記憶しておられるでしょう。

私が1番印象深いのは、知る人ぞ知る「こんばんは事件」のラッシャー木村さんです。「こんばんは事

件」というのは、国際プロレスが倒産したためラッシャー木村、アニマル浜口、寺西勇の3名が新日本プ

ロレスに殴りこむという流れでリングに上がった時の出来事です。タイガー戸口対アントニオ猪木戦の始

まる前に前記の3人がリングにあがり会場の雰囲気としては当然猪木に対して木村が挑発的な行動を取る

と期待していた時にいきなり観客に対して「こんばんは」と挨拶を始めてしまった事件です。このシーン

をリアルタイムで日曜深夜に眠りかぶってみていた時私も思わず吹き出してしまった。もちろん観客から

も大失笑が起きたことは言うまでもない。その後は浜口があわててマイクをとり挽回しようとしたが後の

祭り国際プロレスの3人は笑い者になってしまいました。あのシーンはいかにも生真面目なラッシャー木

村氏らしい思い出に残るシーンでしたね。(このことは村松友視氏の「私プロレスの味方です最新版」に

詳しく載っています。この文章じたい村松氏の焼き直しみたいだ(笑))木村さんはその後新日本プロレ

スのリングで猪木と抗争を続け3対1などという馬鹿にされたような対決もありました。

昭和46,7年ごろ国際プロレスがテレビ放映されてた時に木村さんが場外のマットがしいてないところ

でパイルドライバーをかけて相手がけいれんを起こし危ない状態になったことがありました。木村さんの

ようなタイプの人は要領よくずるいことをすることができないタイプなんじゃないですかね。

国際プロレス時代に吉原社長と一晩中一言も口を利かずに酒を酌み交わしたと言われる寡黙な木村さんが

例のマイクパフォーマンスをするようになったのも黙っているかしゃべり続けるかその2つに1つしかな

いタイプだからでしょう。相撲で言えばおそらく高見盛がこういうタイプなのではないか。たぶん普段は

おちゃらけたタイプではなく生真面目なタイプでしょう。

私は「こんばんは事件」を見て笑いましたが私自身何かあって機転を利かせないといけないときに緊張し

すぎて適切な態度をとることができません。だからこそラッシャー木村さんには共感しましたね。

もちろんラッシャー木村さんはストロング小林が去った後に国際プロレスをエースとして支えた実力は凄

いものがあり、また有名な評論家の竹中労氏に「男を感じさせるレスラーはラッシャー木村ただ一人」と

書かせるほどの人でした。

写真の本は新日本に出ていたときに書かれたものです。

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ブルース・リー主演の「燃えよドラゴン」が公開されたのは1973年頃だったと思います。

しかしその時はすでに亡くなってました。死亡の原因についていろいろなうわさが流れてましたが結局は

っきりわからなかった。

この痛快なアクション活劇に魅了された人は多いと思います。小さな身体でリズムよく相手をコテンパン

にやっつける。

今も格闘技はブームなのかもしれませんが、この1970年代前半も盛り上がってましたね。馬場、猪木

が若かった、沢村忠のキックボクシング、モハメド・アリの奇跡、貴ノ花の活躍、輪島公一の物語、空手

バカ一代、あしたのジョー、柔道一直線、、そしてこのブルース・リーです。これだけ揃えば普通格闘技

に行くでしょう。とはいえ他の人みんなが格闘技の方へ行くわけではないのだから私も好きなのでしょう

ね(笑)。

この人又はカンフーという格闘技が本当に強いかどうかについてはその当時からいろいろ言われてまし

た。どちらかと言えば弱いと言うような話が多かったような気がする。また当時沢村忠の方の日本系

キックボクシングとカンフーとの対抗戦がテレビで放映されてましたがキックボクシングの方が完膚なき

までに倒してたのを覚えています。

しかし実際はどうだったのでしょうか。写真は7年ぐらい前買った本ですがこの本を読むと、カンフーと

言ってもこれにはいろいろな流派があり一つではくくれないと言うことがよく分かります。キックボクシ

ングとの対抗戦に出てきたのは1流派に過ぎないのかも知れません。

またブルース・リーは映画に出演する前からすでにアメリカで認められていた大変な武道家だということ

です。映画の中での強さをそのまま地で行く中国武術家だということです。

公開された段階ですでに亡くなっているという悲運のスターですがそれゆえよりいっそう神秘性も高いで

すよね。

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