渡辺茂樹のいたちものがかり

ニホンイタチをこよなく愛するアスワット顧問/動物学者・渡辺茂樹のブログです!

全体表示

[ リスト ]



イメージ 1


  私は以前建築学の専門誌「建築美:極4」(1988年4月15日発行)に、「人間の巣と動物の巣」という文を載せたことがある。以下に、それを多少アレンジして再録する。

   動物(とりあえず哺乳類)の巣と、人間(ヒト)の建築のアナロジーを考える場合に注目すべきことが一つある。それはヒトの最大の血縁者である猿類、即ちPrimatesが巣らしきものを殆ど造らないことだ。

   尤も巣というものは必ずしも「造る」ものではない。それは"made  or  chosen"であり、定住すればその場が巣になるのだが、Primates(英語名:monkey  and  ape)は"choose"もあまり行わない。その群れは位置の移動が著しく、ねぐらが定まらないことが多い。同じねぐらを二度以上使わない訳ではないけれども、猿の生活パターンは基本的に「旅枕」と言える。したがって、ヒトの建築のルーツを広く動物界に求める試みは、のっけから挫折せざるを得ないのである。

   視点を変えてみよう。他の哺乳類ではどうだろうか?。

   Primates(霊長目)やCarnivora(食肉目)等、現生の多くの哺乳類はSoricomorpha(旧称Insectvora:食虫目)に近い獣から進化したと考えられている。分類学的重要さにかかわらず知名度が(日本では)低いこの分類群の中で、モグラのみは突出して有名だ。その地下トンネルも名高い。だがモグラ類はSoricomorphaの中ではやや特殊化した動物で、そのトンネルは厳密な意味では巣とは言い難い。

   モグラのトンネルは、巣というよりも餌場だ。この動物は音(空気の振動)に頼って捕食するが、土壁の振動に拠って餌動物(主にミミズ)を得ることは出来ない。そのため土壌中に辺り構わず空気のチューブを掘り作り、その中にミミズが「落ちて来る」のを待つのである。即ちモグラのトンネルは「罠」だ。罠を拵えて捕食する動物は(例えば蜘蛛がそうだが)、哺乳類では比較的珍しい。むろんヒトは、その珍しいグループに含まれる。

   真の意味でのモグラの巣は、地中奥深くに在る。枯葉を主材にした球状の工作物はむしろ鳥の巣に似て、なかなか見事なものだ。わざわざ地上から材料を持ち運んでまで、このような凝ったものを造る理由は判然としない。土の中はそれだけでシェルターとして十分に思えるが、「寝具」が無いと不安なのだろうか?。育児用の産座であるなら未だしも、モグラはそれをアダルトも用いるのである。

   モグラより知名度が低いSoricomorphaであるトガリネズミやジネズミ(英語の一般名詞はSorex:MouseでもRatでもない)も、地上ないしは半地下に枯葉の巣を造ることが知られている。それと近縁のErinaceomorphaに属するハリネズミもだ。斯様な習性は、この類の動物の「血」なのかもしれない。

   しかして、Soricomorpha(に近い祖先型)からPrimatesが文化するにあたって何が起こったか?。よく言われるのは、「樹上に進出したことで、形態と生態が変化した」という学説だ。つまり(河合雅雄の言い方を借りれば)「森林がサルを生んだ」のだ。

   樹上は必ずしもPrimatesの独占空間ではない。Rodentia(齧歯目)に属するリスやムササビの進出も認められる。だがそのことで、Rodentiaが大きく分裂することはなかった。一方、木に登った原始的Soricomorphaは、二度となかまの元に戻ることはなかったのである。

   ただ、樹上生活が猿から巣を奪ったと考えるのは早計だろう。ガラゴやキツネザル等、樹上で巣を編む猿の若干例が知られているからだ。樹上性Rodentiaでは巣を造る側が主流であり、例えばリスのそれはモグラの作品を上回る見事なものである。

   直接の要因は社会構造の変化に求めるのが妥当かもしれない。猿は基本的に集団生活者である。一方、Soricomorphaは概ねsolitaryであると言ってよい。集団生活者にとっては群れそれ自体が巣に相当し、安住の地を定める必要が無いと言えなくもない。

   ただ、例外もある。プレーリー・ドック(犬ではなくてリスのなかま)は複数のfamilyが集まって、地下に大規模な"town"を形成する。その規模は時として数十ヘクタールの面積に及ぶ。モグラと違って、その地下トンネルはそれ自体が巣と言えよう。

   ウッドチャックやマーモット(いずれもRodentia)でも同様の習性が知られているが、これらの動物の「巣」はおそらく捕食者との緊張関係によって生じたのだろう。猿の生活場所である樹上は、捕食獣が稀なのだ。そして再び地上に降りたヒヒの場合、群れのねぐらは定住的であることが知られている。ヒョウの攻撃を受けにくい断崖の壁がその場だ。

   ガラゴやキツネザルはPrimatesにしてはprimitiveであり、Soricomorphaの血を強く継いでいると言えなくもない。社会構造においては集団生活の萌芽が認められるといえ、どちらかといえばsolitaryが基本である。ヒヒはむしろadvancedな猿だが、地に降りたという意味では異端者だ。これらの猿が例外的に巣のオーナーであることは、その他の猿の特徴を際立たせていると言えるかもしれない。樹上の集団生活者にとって、巣は無用の長物なのだ。

   ただしこの仮定には条件がある。生まれ出る子は、ある程度自立的でなければならない。地上性で、やはり巣を持たない集団生活者であるArtiodactyla(偶蹄目:鹿や牛など)の場合その傾向は顕著で、生まれた子はすぐに立ち上がり、歩くことが出来る。Artiodactylaは概して少産であることが、それを可能にしている。多産の場合、各々の個体は未熟児にならざるを得ないのである。猿の産仔数は原則的に1頭で、その条件を満たしている。出生直後の歩行は出来ないが、母親の体にしがみつくことは出来る。即ち猿は母親の体を巣にすることにより、幼児用ベットを必要としないのだ。

   そのことはヒヒも同様だが、ヒトの場合は様相を異にする。ヒトの新生児は未熟で、握力を全く有しない。母親の体にしがみつくことが出来ず、したがって、少なくとも育児初期には巣を持つことが不可欠だ。ヒヒがそうでないことからすれば、この習性はヒトが「木から降りた猿である」故ではないだろう。おそらくそれは、初期人類が捕食獣であったことに由来する。デズモンド・モリスの表現を転用すると、ヒトは「Primatesの家系に生まれて、Carnivoraの養子になった裸の猿」なのだ。

   養親のCarnivoraについては、後編で考察する。


★★★  ★★★  ★★★  ★★★

以下のアスワット関連サイトも良ければご覧ください。


.


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事