渡辺茂樹のいたちものがかり

ニホンイタチをこよなく愛するアスワット顧問/動物学者・渡辺茂樹のブログです!

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   池澤夏樹は1945年に北海道帯広市で生まれた。だからいま72歳だ。埼玉大学理工学部物理学科に入学するが中退し、しばしのプーを(たぶん)経た後、1987年に「夏の朝の成層圏」で作家デビューする。同年に「スティル・ライフ」で芥川賞を貰い、職業作家としてやっていける目処が立った。本作品はそれから2年後の刊で、作者はそのとき44歳であった。 作品のヒロインで火山学者の芳村頼子の年齢は不明だが、作者は自分と同齢(ないしは少し下)を想定していると思われる。作者はそのとき既婚と思うが、ヒロインは独身の設定だ。


   物語はまず、ヒロインの弟で外科医の卓馬が「ぼくの友人が姉さんの話を聞きたがっている」と電話してきたことから始まる。広告の仕事をしている男で、目的は不明とのことだ。頼子は「女で、独身で、理学部の助教授というだけで、たいていの相手からは変人視される」ことを知っている故、気が進まない。でも(たぶん好奇心半分で)、行くことにした。

   作者ははっきりとは描いてないが…この男、門田賢太郎も好奇心半分だったのだろう。そして、変人と思うよりも「憧憬」の対象だったのではあるまいか。

   私自身は女性科学者を多数知っているから、それに憧れたりはしない。でも世間の人は違うだろう。女性科学者は「生涯で一度会えるか会えないか」の珍奇な存在で、そして「眩しい」。そのことを私は、あのSTAP細胞事件の時に悟った。マスコミは小保方晴子なる似非科学者を「リケジョ」と呼んで奉り、神聖視したからだ。この物語でやがて頼子に会う門田もそうだった。そして頼子に一方的な恋心を抱き、あろうことか性交を迫った。むろん頼子は、それをぴしゃりと跳ねのけた。

  話が少しく跳んだ。その展開は、この物語の後半だ。まずは頼子と門田の(卓馬を交えての)ファースト・コンタクトである。

   「わたしの専門は、地質学。具体的に言うと、火山学です。もっと詳しく言えば、マグマの生成と上昇の機序」と、頼子は語り始める。ん?、火山学は地質学じゃなくて地球物理学に含まれるのでは?…と、思うのだが、まあいいや(たいした問題じゃない)。門田は「では、プレートテクトニクスとか…」と問うが、頼子はこの幼稚な質問を「あれが現代地質学の大前提ですね」とかわす。そして、「プレートテクトニクスは火山の舞台を用意する方で、わたしがやっているのは、そこで実際に演技する役者、つまりマグマの性質やその局所的なふるまいのこと」解説する。門田が「地球の真ん中から上がってくる…?」と言ったのに対しては、「いえ、そうでもないの。マグマというのは案外浅いところから来るんです。上部マントルの…」と応じる。これは高校レベルの地学の解説として極めて的確であり、「高卒者の常識」として知っていて良いことだ。でも、どれだけ「常識」化しているかを危ぶむ。

   更に頼子は語る。「わたしは、そう、マグマというものを追ってひたすら地面の底に潜ってゆく孫悟空。岩と岩の隙間に飛び込んで、まっさかさまに地下に降りてゆく」。門田が「地下は熱いですか?」とまた幼稚な質問をしたのに対しては…「熱くて、そしてした圧力の方もすごい。1200度で200キロバールとか。真っ暗なのに赤熱している。沈み込む海洋プレートから水が分離して、それが岩に浸透し、その作用で岩がゆっくりと溶けはじめる。わたしはその場に居合わせて、それを目撃する。マグマが一緒になって弱い岩の隙間をつき崩しながらぐんぐ上昇する」と解説する。

   それはそうなのだけど、この解説には補足が必要だ。それは日本列島の所在地のような「プレートが沈み込む」エリアの火山においてであって、アイスランドのような「プレートが湧き上がる」エリアや、ハワイのキラウエアのような「プレート内部のホットスポット型」の火山では事情が異なる。と、いうことも高校地学で教えるのだが、記憶に留める者は更に少ないだろう。

   頼子は更に、「本当はそのはずなのに、悟空でないわたしにはそれはできない。だから間遠い方法で火山を観測したり、実験室で大きな機械を作って高温高圧を再現しようとするわけ」と言う。この言の「意味」がわかる者は更に少なく、科学者以外は稀かもしれない。

  つまり、現代地球物理学は、現象にダイレクトにアプローチすることが極めて難しいのだ。それでも天文学よりは「まし」だろう。天文学は(研究者として従事すると)数式に埋もれてしまい、少年時代の「ロマンチックな」想念からは隔絶することになる。それで、大学入学時点では天文学志望だった者が地球物理学に転向した事例を私は知っている。でも、「ロマンの喪失」ということでは地球物理学も大同小異なのだ。動物学は、かような「現場と理論の分離」という意味ではいくらかましだろう。

  門田はむろん、かような「科学者の内情」には無関心だ。彼は頼子に「新しい種類の電話サービスを作れないかと考えてましてね…」と明かす。それは実用的なことは何ひとつ教えてくれず、情報入手の手段ではなく、それ自体が目的であるような内容のもので、いわば「子供にお伽話を聞かせる」ようなものだという。ただ門田が想定する聞き手はチャイルドではなしで…「ぼくは大人を相手に、まったく無意味なものを提供してみたい」のだという。

   つまり、私のこのブログのようなものだな。あ、いや、このブログは無意味ではない。読み手にある程度の「教養」があることが条件で、十分に役に立つ。私にはその自負がある。

   頼子もその気分は同様で、自分が書くものを「無意味」と言われるのは心外だったろう。だが、門田にとっては無意味でも、それを役に立たせる消費者はいるだろう。そう思い、門田の要求に応じて「火山ネタの小咄」の書いてみることにした。ただ勘が鋭い頼子は、「これは口説きなのでは?」とも疑った。
   その予感はやがて(物語の後半で)的中する。門田は「女性科学者なる珍しい生きもの」に興味を持ち、電話サービスをネタにして近づいた。初めは単なる好奇心だったが、頼子が「想像していたより美人」であることを知り、好奇心は性的劣情に変わるのだ。

   門田の本心を知った頼子は、「ストーカー行為は止めて欲しい」と言うためにそのオフィスを訪れる。門田は頼子に「今、ここであなたを抱こうとしたら、どうします?」と迫り、彼女の膝に手をかける。危機一髪の場面だが、頼子は敢然と言う。「不器用な質問ね。わたしは、この灰皿であなたの頭を殴るわ。そうとう強く殴ると思う。たぶん力一杯。それから、昏倒して頭から血を流しているあなたを見て少しでも憐憫を感じたら、卓馬を呼んで、事情を話して、応急手当てくらいはさせるでしょうね。それでおしまい。すっかりおしまい」…いやあ格好いいですね。門田はシュンとなり、それで文字通りおしまいになったのである。

   また話が跳んだ。その展開になる前に、大学における頼子の授業の場面がある。これもなかなか面白いが、そのことは次回の後編まわしとする。



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   第71話にて、箕面市国際交流協会の情報誌「めろん」に出した稿を転載引用した。此度もそれを行う。No.94(2015年7月)の号よりで、以下がそれである。タイトルは「子ども兵士の背景と実情」だ。転載にあたってその文を僅かに改変した。


  初めに映画が紹介された。アメリカ人青年3人が2003年にウガンダ旅行時に制作したドキュメンタリー映画"Invisible  Children"である。そのあと大阪大学助教の小峯茂嗣が解説を行い、更に小峯が指導する若手女性研究者2人が「元子ども兵士の現況」について報告した。


イメージ 1 ウガンダでは2000年代初頭に政府軍と自称「神の抵抗軍」(Lord's  Resistance  Army=略称LRA)の内戦が激化し、LRAは守勢に立たされた。そのため、北の隣国スーダンに(その内戦に乗じて)根拠地を移した。夜になるとウガンダに戻って農村を襲撃し、チャイルドを拉致して自軍兵士に仕立てた。だがそのことは世界には殆ど知られていなかった。それ故の「インビジブル」である。アメリカ人青年も初めからそれを知っていた訳ではない。彼らは初めはスーダンの内戦のルポを行うつもりだったが、それが困難と知り、代わりにウガンダに入ったのだ。

   拉致されるチルドレンは男女を問わずだが、男は洗脳されて殺人マシーンに変えられる。そして女はLRA兵士の性奴隷にされた。LRAすなわち「神軍」は神の名に値せぬ。ナイジェリアのボゴハラムに似た犯罪集団である。


   チルドレンは拉致から逃れるために、夕方になると集団で都市に移動する。そして狭い地下室で夜を過ごし、朝になるとまた農村に戻る。チルドレンだけ疎開させないのは、ウガンダの農村では、子どもは労働力として欠かせないからだ。そのようなチルドレンの日常生活が、インタビューを交えて克明に描かれる。


   その後スーダンの内戦が収まり、その南部を根拠地としていたLRAは拠点をコンゴ東部に移す。依然越境して犯罪を行っているが、拉致されるチルドレンの数はかなり減少した。小峯らがウガンダに入ったのはその後である。

   小峯氏は「子ども兵士は歴史を遡れば珍しくない」と語る。そして、会津白虎隊などを例としてあげた。だが私は「それは違うのではないか?」と思った。白虎隊の隊士は幼少時から武芸の訓練を重ね、個人としての戦闘力がある。ウガンダの拉致チルドレンは事情が違う。彼らは平凡な日常生活から、いきなり兵士にさせられたのである。それを可能にしたのは、軽量で扱い易いカラシニコフという銃の存在があったからだ。

   それともう1つの違いは、白虎隊は志願兵であり、奴隷ではない。古来、奴隷狩りは世界各地で行われていたが、その奴隷がいきなり兵士に仕立てられることは珍しい。チルドレンがそうされることは、更に稀なことだろう。
   「元子ども兵士の現況」のこと。研究者が語ったところによると、リハビリは進んでいるという。でも、いまなお兵士時代のトラウマに苦しむチャイルドも少なくないようだ。村人も、「あいつは元は…」という偏見をなかなか解消出来ない。それと、性奴隷にされていた女性チャイルドが産んだ子(LRA兵士が父と思われる)への差別。それはどう考えても理不尽なことである。

    どうすれば理不尽なことをなくせるか?。講演終了後にたずねると、「教育の徹底しかない」と語った。とりわけ「科学教育」の重要性を強調した。同感である。科学的思考は、理不尽な因習を駆逐するための強力な武器となる筈だ。


   そしてその研究者は、「きちんとした教育を受けたウガンダの若者は極めて優秀」とも語った。全員がそうではないだろうけど、それは日本も同じだ。「遺伝的に日本の若者はウガンダの若者より優れている」などということがある訳はない。アフリカの内戦は、彼らが劣っているが故ではない。日本も昔は似たようなものだったのである。そして現在は内戦こそないものの、「反知性主義の蔓延」という(別の意味での)危うい状況にあるのだ。

  「我が母校  京都大学最早無し  今其処在るは  残骸なりき」…と、偉そうなことが言える私ではないが(でも敢えて言うと)、最近の京大の学生の知の劣化は目に余る。個人的に多く知っている訳ではないけれど、間接的情報に拠りそう感じていた。だがこの日の講演を聞き、認識を少しだけ改めた。見所のある我が母校の学生が、今なお少しはいる。この日の2人の研究者の内のひとりTは、京大を出たばかりだった。そしてアフリカでフィールドワークを行い、帰国した直後である。


  彼女は、このあと就職するのだという。何処に勤めるのかは(聞かされたが)、明かさない。それは、やりがいはある(Tのポリシーを実践しうる)けど、でも困難が予想される職場だ。正直、「大学院に行った方が良いのでは?」と思わぬでもない。本人も迷ったようで、「挫折したら大学に戻りたい」と言っていた。私としては、何とも言い得ない。「幸あれ君にと唯祈るのみ」である。

  私がTを見所があると判断した理由は(前述の)実践重視姿勢と、そして思考が柔軟であることだ。後者の具体例は2つ。ひとつめは「人口問題」である。

   私は、アフリカの内戦(のみならず多くの殺し合い)の背景には「人口問題がある」と思っている。それは多くの知識人が薄々は感じつつも、タブー視して言及しなかったことである。「人口抑制は極右の論理」的な言い方をして来たのだ。まともな知識人で初めて異議を唱えたのは(私の知る限りでは)、動物生態学者の伊藤嘉昭だ。1970年代に科学誌「自然」に掲載された「生態学の危機=人口問題」という論文でだ。だが伊藤のその勇気ある問題提起は、無視され続けた。

   いくらか潮目が変わったのは、2005年にジャレド・ダイアモンドの「文明崩壊」が出てからだ。それはイースター島やグリーンランドにおける住民の滅亡から説き起こし、ルワンダ内戦等の背景に迫る。その因が人口爆発にあるというのが、彼の主論だ。この著のインパクトは少しくあり、例えば法人「縮小社会研究会」(代表:松久寛)のバックボーンのひとつになっている。

   けれども人文科学研究者の多くは、今なお「人口抑制は悪」的発想から脱し得ていない。そもそもダイアモンドの著を読んでもいないのではないか?。だがTは、私の見解に理解を示したのだ。

   更に彼女は、私の「ISの黒幕はUSAの軍産複合体である」という仮説にも理解を示した。私の「かなり自信がある」この仮説は、多くの友人達から「陰謀史観だ!」と総スカンなのである。ま、Tからすれば私は大学の先輩で、しかも相当に年上だから、遠慮したのかもしれないが。

   Tの母親は実学分野の科学者だという。彼女はその母を尊敬し、「私も(別分野で)社会に貢献したい」と語っていた。あまりにストレートな物言いに少したじろぐ。でも、今の時代に二十歳そこそこの若者がこのような発言をするのは珍しく、そして貴重だ。そのことを率直に評価したい。

   個人的な会話をしなかったもう一人の研究者(阪大の院生)も含めて、「大和撫子かくありなん」と思う。いまこの国は滅亡の淵に在る。彼女らには、「救国のヒロイン」たらんことを期待したい。


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   「宇治拾遺物語」は鎌倉時代初期に成立した説話集…今風に言えば短編小説集で、全197話から成る。何かと比較されることが多い「今昔物語」は、平安時代末期の成立で、分量はこちらが遥かに多い。そして「堤中納言物語」は平安時代後期の成立であり、僅か10話である。

  私は「宇治拾遺」と「今昔」は通読はせず、拾い読みしただけだ。「堤中納言」は全部読んだ。私のnestから近い逢坂山が出て来る話があるが、それはさほど印象的ではない。断トツにインパクト大なのは、「虫愛づる姫」である。

   ヒロインの姫様は今風に言えばリケジヨで、動物学専攻だ。蝶と蛾(いずれも昆虫綱鱗翅目:前者は後者の中の特殊な分類群)の幼虫が大好きで、それらを飼育し、成長の過程を観察していた。そしていろいろと考察する。今なら「将来は動物学者に!」と期待されるところだが、なにぶん平安時代のことだ。周囲をハラハラさせ、蔑視もされるのだが、本人は全く動じない。そういう「平安大和撫子」の物語である。ひとの心には「時代をまっすぐ貫いて変わらないものがある」と、思わさせられる。

   全部は読んでない「今昔」の中では、「久米の仙人」が秀逸だ。言うなれば「雲から落ちた孫悟空」の物語である。修行の末に仙人になり、孫悟空の真似が出来るようになった。だが上空から水辺で足を洗う女性の足の脛を見て欲情し、その結果、法力を失って雲から落下したというお話である。

   この仙人の気分はよくわかる。私が修業したのは仏法ではなくて科学で、そして私は雲に乗るレベルには至らなかったけれども。そして私は、女性の足の脛を見た程度では欲情しなかったが。

   ともあれ私はこの仙人の気分がわかるのだが、雲から落っこちた後の行動は理解不能である。仙人(元)はその女性に求婚し、そしてなんと、結婚してしまうのである。法力を失う代わりに女性の愛を得た…ということなのだろうが、女性の側のメンタルは全く描かれていない。

   つまり、配偶者の選択権は男にあって女には無い…と作者は言いたいのだろう。甚だしく女性差別的であり、「虫愛づる姫」の作者が発するメッセージとは異質だ。なお、進化生物学的には「選ぶ雌、選ばれる雄」である。その生物学的必然について、長谷川真理子は「オスとメス:性の不思議」(講談社現代新書)において見事に解き明かす。その必然を理解しているカップルは割と上手くいき、理解していない場合は(時として)殺傷沙汰になる。

イメージ 1  やはり全部は読んでない「宇治拾遺」では、第104話「猟師、仏を射るの事」が良い。初めて読んだときは、感情移入を通り越して「感激した」記憶がある。何故かを以下に示す。箕面市国際交流協会の情報誌「めろん」90号(2015年1月)よりの転載だ。なお、これと極めてよく似た話が「今昔」にもあるが、それとの比較は末尾に記す。


  これは日本古典文学であり、短編である。鎌倉時代に成立した「宇治拾遺物語」の中に収められたものだ。ラフカディオ・ハーンこと小泉八雲が"Common  Sense"というタイトルで翻案している。以下にその内容を要約する。


   京都の山寺で、一人の若い僧侶が修行をしていた。ただし自給自足ではなくて、食べ物は山麓の村人の寄進に頼っていた。ある日、一人の猟師が獲物と交換で得た食べ物を寄進するために立ち寄ると、僧は「最近、仏が私の前に現れる」と語った。それは「長年の修行の成果に違いない」とも言った。猟師は僧の言を疑いつつも頭から否定はせず、「私も拝みたいものです」と僧に要請した。僧は快諾し、二人は夜間の「仏が現れる時間」を待った。

   そしてその夜、仏は現れた。輝く光と共に現れたそれは、仏の形はしているものの、何処か妖しさがある。それでも頭を垂れて拝み続ける僧を尻目に、猟師はやおら商売道具の弓を取り出して、仏の中心に向けて矢を放った。すると仏も光も消え、真暗闇になった。僧は「ああ何ということを!」と喚いたが、猟師は敢然と「あれは仏ではない、化物です」と語った。夜が明けてその場を調べると血の痕があり、それを辿っていくと大きな狸の死骸があった。

   私は、これは日本古典文学中の最高傑作のひとつと思う。このようなものが平安時代に書かれることはおそらく有りえぬ。リアリズムないしは合理的精神が確立した鎌倉時代ならではのものである。作者は武士であるに違いない。

  だが武士たちが築いた合理的思考精神は、最近急速に失われつつある。この猟師のような思考をする人はめっきり減り、修行不十分の、だがそれを自覚しない人が増えている。

  P.S.猟師はなぜ「僧が見たものは仏ではない」と気づいたか?。それは僧侶の身の回りの世話をする小僧も「私も見た」と述べたからだ。小僧も見ているといううのはおかしい。で、彼は「もし自分が目撃できるなら、それは絶対に仏ではない」と確信する。なぜなら彼は殺生を生業としていて(つまりは武士と同じ)、仏教世界では被差別の対象のはずだからだ。その者が「仏を拝める」選ばれし者になるはずはないと考えたのである。これは、まさしく科学的精神そのものであろう。

   かなりの確信があっても、万が一の仏の可能性が残る者に矢を射るのは勇気が要ることだ。でももしそれが「本当に仏」なら矢は当たらないはずである。無傷の仏は矢を放った者に罰を与えるかもしれないが、その罰は僧には及ばない。猟師のみが罰を受ければよいことだ。作品中にはそのようなことは書いてないが、私はそう解釈した。すなわちこの猟師は、「捨て身」で自らの仮説を検証したのである。なんと「高貴な」精神であろうか。

   これを書いた時に私は、似た話(時代が先行するゆえプロトタイプ)が「今昔」にあることに気づかなかった。気づいて比較すると、まずそのタイトルは「愛宕護山聖人被謀野猪」である(「今昔」は「宇治拾遺」よりも漢文体に近い)。つまり化物は狸ではなくて、猪であった。


   その他の基本的ストーリー はほぼ同じである。私は前出文で「このようなものは平安時代に書かれることは有りえぬ」と書いてしまったが、それは誤りだった。だが、「今昔」が書かれた平安末期は源平合戦の時代である。世の雰囲気は、次の鎌倉時代にかなり近かったであろう。武士は既に誕生している。


   違いをもうひとつ。「今昔」には「知恵無くして法文を学ばざり」の一文があるが、「宇治拾遺」にはそれは無い。どちらも僧を「信あって知恵無し」(信仰心は強いが頭が悪い)とすることでは共通するが、「今昔」では、彼が「独学で、正規の教育を受けていない」ことを強調しているのである。だが「宇治拾遺」にはその述は無い。つまり、「所詮高卒」的な差別意識が消えている。

  ちなみに私は京大の大学院で正規の動物学教育を受けた…筈なのだが、実は其処では具体の動物学は学んでいない。日高敏隆先生は基本的に「独学のすすめ」の人だった。ただ日高先生からは、「ものの見方・考え方」を習った。技術的な意味での私の師は猟師だ。石川県在住の若村進氏(故人)である。


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長崎県対馬で調査中の琉球大学の研究者が、無人ビデオカメラでカワウソを捉えた。それを知った「在特会(に思想が近い)メル友」のM.Tは狂喜し、「ニホンカワウソ発見!」というメールをわざわざ送って来た。だがおあいにくさま。それは、日本固有種(にして絶滅がほぼ確実)のニホンカワウソLutra  nipponではなかった。コリアや中国等、ユーラシア大陸に広く分布するユーラシアカワウソLutra  lutraであった。九州大学と筑紫女学園大学の研究者が、糞(に付着した腸壁剥離細胞の)DNA分析によりそれを確認したのだ。雌雄少なくとも2個体だという。


   むろん、脱糞者と写真の個体が同じとは限らない。だが「違う」という証が無いのだから、とりあえずは「同じ」と見なすべきだろう。それが科学的態度というものだ。

   と、思って、その日(2017、8・17)の21時のNHKニュースを見て面食らった。「ニホンカワウソの可能性大」一色だったからだ。「38年ぶりに撮影成功」を強調してである。

   糞DNA分析結果が「ユーラシアカワウソだった」ことも一応報じたが、「ニホンカワウソとユーラシアカワウソの違いは少ない」と述べ、暗にそれを否定した。暗に「その結果は間違い」とも取れる言い方だ。おいおい、それって分析者を馬鹿にしてないか?。その者は「失礼な!」と抗議すべきだろう。

イメージ 2   専門家は2人登場した。そのひとり安藤元一(東京農業大学元教授)はユーラシアカワウソが海を渡る可能性は認めつつ、「韓国と対馬の間の距離50Kmは厳しい」という言い方をした。この言だけを取り上げれば、ニホンカワウソ生き残り説がクローズアップされてしまう。


   もうひとりは伊沢雅子(琉球大学教授)だ。素直に嬉しそうな顔をしつつ、「対馬には動物園は無いので…」と述べて人為分布説を否定した。後述のように「実は違う」のだが、この報道のみを見るとそう取られかねない。
   ちなみに私は、人為分布(誰かが密かに韓国から持ち込んだ)の可能性が大と思っている。半年程前だったと思うが、タイにおけるコツメカワウソAonyx  cinereaの密輸未遂事件があった。幼獣を多数スーツケースに入れて飛行機に乗ろうとし、タイ警察に逮捕されたのである。あれがもし成功していれば、「日本にコツメカワウソ分布!」の誤報が生じかねなかった。


   琉球大学の院生である大河原陽子によれば、伊沢は全てのマスコミの前で「密輸の可能性」についても言及し、配布した文書にもそのことを記したという。だがNHKの(桑子サンがキャスターを務める)ニュースは、その論を無視したのだ。桑子サンは別嬪だが、軽率だ。その言動に危ういものを感じる。本人はその気が無くとも、在特会を喜ばせることになりかねない。


   在特会(ならびその上部団体のニッポン会議)の諸君に申し上げたい。絶滅の可能性大のニホンカワウソは諦めて、ニホンイタチMustela  itatsiの保全に目を向けるべきだ。ニホンイタチの現況はやばいが、未だ絶滅の「懸念」であって、「危惧」には至っていない。手を打つなら今のうちだ。私は諸君と意見の隔たりが大きいが、この件については共闘の用意がある。


   同じ日の報道ステーションには安藤は登場せず、伊沢はまた登場した。そして「ニホンカワウソであることを期待する」という言のみが大きく取り上げられ、韓国からの持ち込みの可能性はやはり無視された。伊沢さん、マスコミには気をつけた方が良いですよ。かれらは発言の一部のみを取り上げて、恣意的に報道することが少なくない。今回の件は抗議して然るべきと思う。

  報道ステーションにはもうひとり、私が初めて聞く名の助教(東京農業大学)が登場し、ニホンカワウソ絶滅の原因について解説した。それは狩猟、水質汚染、餌の魚の減少、そして護岸工事による繁殖場所減少である。それらは(狩猟を除けば)現代の対馬でクリア出来ていないことだ。だから(おそらく人為分布の)ユーラシアカワウソが、個体群を維持出来る可能性は低い。安藤もその意見であるようだ。

イメージ 3   伊沢が「ニホンカワウソであって欲しい」と期待するのは、そのことで「研究費を多く引き出したい」という意図もあるからだろう。もうひとつは「対馬の観光誘致に協力したい」の意図か?。前者はさておき、後者は少しくやばい。観光客の増加で、対馬の自然が荒廃する可能性があるからだ。

   万々が一、ニホンカワウソが対馬に生き残っていたとしても…「これまでそれらしき知見が全く無かったのは変だ」と言いうる。報道ステーションはそれを気にして、地元の老人達にインタビューを行った。その結果1人だけ「いたよ」と述べた老人(男性)がいた。だがこれは"OBOKATA"(捏造)臭い。ただ彼女のような邪悪な動機からではなくて、無邪気なものだろう。

   そもそも、「昔、対馬にもニホンカワウソがいた」というのは本当か?。物証は無く、文書にそう記されているだけのようだ。故にそれも少し怪しいのだが…怪しくないとしても、「それはユーラシアカワウソなのではないか?」と疑う。

   北海道の(やはり絶滅した)カワウソは、ユーラシアカワウソの可能性が大だ。津軽海峡の地理的分断は大で、それより北の地のファウナは大陸との類縁が大なのである。対馬とコリア半島の分断はそれより小だが、両生類や昆虫では日本にいない(コリアにはいる)種が少なくない。


   哺乳類においては、ニホンノウサギLepus  brachyurusやニホンリスSciurus  lis(日本固有種)、あるいはタヌキNyctereutes   procyonoidesやアカキツネVulupes  vulupes大陸共通種)等の普通種が対馬にはいない。ニホンテンMartes   melampusはいるが、これは「時代はかなり古いが、持ち込みではないか?」と私は疑っている。所謂ツシマヤマネコは生物学的にはベンガルヤマネコFelis   bengalensisで、大陸共通種である。そしてニホンイタチは分布せず、大陸共通種のシベリアイタチMustela  sibiricaがいる。これらも「かなり昔の、持ち込みではないか?」と私は疑っている。


   ところで、いま少なくとも雌雄2頭いるユーラシアカワウソをどう扱うべきか?。もし対馬に昔いた(かもしれない)のがユーラシアカワウソならば、昔を復元するために「個体群を膨らませる」選択肢もありえるだろう。ただ(安藤も危惧するように)、それは極めて難しいように思う。

  そして、もし「対馬にはユーラシアカワウソもいなかった」ならば、いまいる個体は外来種となる。ならばそれは「駆除すべき」か?。私はそうは思わない。日本の現在の鳥獣行政は、外来種に対して厳し過ぎると思う。ま、とりあえず現況を調査すべきだ。そのことでは、私は伊沢の論に賛成である。加えて、「ニホンイタチの現況も調査すべき」(そのための調査費用を国は出すべき)と思いつつである。

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    朝日新聞(2017、8・18)は、流石にTV報道よりは抑制が利いた(在特会御用達ではない)書き方になっている。ただ、「持ち込み疑惑」の言及はやはり無い。登場する専門家は2人だ。うちひとりの村上隆広(知床博物館)は、「十分な痕跡を集めるなどして、個体数や性別、年齢構成などを明らかにする必要あり」と述べた。同感だが、その実践はかなり難しい。

   伊沢もまた登場し、「対馬では江戸時代以来カワウソが確認されたという記録は無く(つまり報道ステーションの論を否定)、学術的な意義は、どのような由来かによって違ってくる」と論じた。加えて「餌付けなどで棲息環境を乱さず、糞などを見つけたら持ち去らず知らせて欲しい」と要請している。後者については、「全国報道したのはまずかったのではないか?」と思えぬでもない。

  あと、毎日、読売、産経、京都の4紙のこの日の朝刊と、夕刊紙日刊ゲンダイのやはり同日版を見た。いずれも、「対馬のカワウソ」の記事は載っていなかった。ただ、これから朝日の「追っかけ」をする新聞は出て来るかもしれない。


   次の日(2017、8・20)は、日刊ゲンダイが漸くこの件を取り上げた。「野次馬が殺到!?  安全に生きられるのが」の記事はまあ良い。だが見出しが「対馬絶滅ニホンカワウソ」であるのにはのけぞった。「ゲンダイよ、お前もか!」と思った。ユーラシアカワウソなる語は影も形も無い。「まだ在来種のニホンカワウソか外来種なのかも分かりませんが…」と(長崎県自然保護課職員の談話として)、目立たぬように記してあるだけだった。



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   ヤマトナデシコとは、ナデシコ科ナデシコ属の多年草カワラナデシコの俗称である。秋の七草のひとつだ。ピンク色の5枚の花弁(の各々)が細かく裂けているのが印象的である。転じて日本女性の美称として使われるのだが、この「美」は何を意味するか?。以下、ネットで調べたことを記す。イメージ 2

   撫子という植物名は万葉集にあり、それを特定女性になぞらえた作品も存在する。だがこの時代の撫子は「日本女性の象徴」では無い。そもそも、「大和」の語が撫子と合体していなかった。

   江戸時代に入ると、中国原産の唐(から)撫子と区別するために河原撫子という名が生まれる。それが大和撫子とも呼ばれた。そして大和撫子の語は「清楚で、凛とした」女性を指すのに使われたが、その語法はさほど流行らなかった。江戸時代は諸藩が独自の軍隊を持つ連合国家で、「大和」という共同体意識が薄かった故もあるだろう。

  明治に入り、人々の心に国家意識が強くなると、日本人の多くが自らを大和撫子と自称するようになる。男女を問わずにである。それと共に、実在の植物カワラナデシコは人々の心から薄れた。

    昭和に入って戦争が始まると、大和撫子は女性のみを指すようになる。そしてその意味も劇的に変化した。「貞淑」ないしは「一歩下がって男性を支える」と、差別的に使われるようになったのだ。

   この語法は戦後も続くが、平成に入ってサッカー日本女子代表「なでしこジャパン」が誕生すると、意味が再び変わる。それは日本女性の「強さ」を意味するようになった。即ち、江戸時代の語法にレトロしたのだ。本作品における大和撫子も、そのイメージで使われている。

  さて本作品だが、アラルスタンという架空の小国家が舞台である。つまりこの物語はSFだ。実在国家ウズベキスタンの西北部には、塩湖アラル海がある。その「干上がった"塩の砂漠"に技術者7人が入り、何とか人が住めるようにした」というのが、物語の設定だ。そして、其処に移住した人達がウズベキスタンからの独立を宣言した…と、ストーリーは展開する。

  ウズベキスタンの北は(それより面積が6倍程大の)カザフスタンで、南は(それとほぼ面積が等しい)トルクメニスタンだ。そしてトルクメニスタンの西南がイランで、東南はタジキスタンという地勢である。ウズベキスタンの東北はキルギスタン、東南はタジキスタンで、この2国は東端で中国と国境を接する。

   アラルスタンの初代大統領の政治力もあって、ウズベキスタンは新国家の独立を黙認する。だがアラルスタン南部に油田が見つかったことで、2国の関係は微妙になる。そのことに絡めて作者宮内は、ヒロイン:アイシャに印象的な言を語らせる。それは「国境線は土地を分かつのではなくて、資源を分かつ」というものだ。ただ内陸に国境線を持たず、かつ資源小国の日本の民には、この意味は分かりにくいかもしれない。

   ヒロインのアイシャ・ファイシャルは、チェチェンからの難民(つまりロシア系)という設定だ。ただ、ファイシャル家からアラルスタンに逃れたのは彼女一人で、祖国に残った両親は「エリッィンのロシア」に殺された。もう一人のヒロイン:ナツキ・ナーシム・トオミネの両親は日本人で(つまり大和撫子は彼女のこと)、父は「日本のODAによる農業技術者」であった。年齢はアイシャより8つ下である。

  ナツキは5歳の時に、アラルスタンの独立をめぐる紛争のとばっちりで両親を失う。孤児となった彼女はさまよい歩き、行き倒れ寸前で老女に救われる。その老女は「後宮」(ハレム)の支配者で、国の陰の実力者でもあるウズマだった。ウズマの好意で、ナツキは後宮の一員になるのである。

   以下がこの作品のユニークなところだが…アラルスタンの後宮は、所謂意味でのハレムではないのだ。初代大統領治世時は実質的にもそうだったが、2代目大統領アリーは「女性を性奴隷にする」ことを嫌った。そして後宮の「容器」は残し、中身は「若い女性(のみ)の高等教育機関」に変えた。やがて、国家の運営を担う人材が育つことを期待してである。


  そのイメチェンした後宮にナツキが入ってから15年の歳月が流れ、彼女がはたちになった時に本格的なストーリーが始まる。 アイシャはそのとき28歳である。


  アイシャの後宮入りはナツキより遅れたが、彼女は才色兼備で、また(努力して身につけた)「睡蓮の笑み」により人望を集めていた。初めはナツキを嫌い虐めたが、おとなしいだけに見えたナツキに「意外に気骨がある」ことを知って後、2人は無二の親友になるのだ。

  ナツキにはもう一人、後宮入りの直後からの親友がいた。ナツキより2つ年上のその少女ジャミラはケニアの遊牧民の出自と称していて、ルックスはアフリカ系である。だが(DNAはさておき)「実は出自が違う」ことが物語の後半で明らかになり、そのことがストーリー展開で大きな意味を持って来る。この3人の他にはサミア、シルヴィ、カリル等の後宮の少女と、アフマドフ(アラルスタン国軍の大佐)、イズマィール(同国軍の大将)、ナジャフ(イスラム原理主義反政府組織AIMの幹部)、イーゴリ(後宮に出入りする謎の人物)等が主な登場人物だ。

   さて、本格的ストーリー展開だが、それはナツキ達の庇護者だった大統領アリーが何者かに暗殺された事から始まる。アリーのカリスマ性に頼っていた政治家達は狼狽し、大半が逃げ出す。隣国ウズベキスタンとの関係も剣呑だが、とりあえずAIMの「首都進撃の可能性」が脅威だ。

  そのときアイシャは、「こんな状況だから、誰も矢面に立とうとはしない。それで、しょうがないから、国家をやることにしようかと…」と、ナツキに明かす。具体的には故大統領の「後継指名」文書を偽造し、臨時の大統領就任を宣言するのだ。

  アイシャは「権力欲」からそのような決意をしたのではない。彼女もナツキも難民であり、他のメンバーもみな故郷の惨禍から命からがら逃れて来た。アリーの後宮改革で漸く安住の地を得たのだが、このまま何も為さねばそれが元の木阿弥になるのである。

   政治家は逃げ出したが、官僚は残っていた。彼等は故大統領の文書を偽造と見抜いていたが、でも彼等自らは政治の矢面に立ちたくはない。それで、アイシャの大統領就任をとりあえず受け入れる。彼女は「小娘だから御しやすいとでも思ったのでしょ」と(ナツキに)自虐的なことを言う。だが彼女が故大統領のお気に入りで、「若いが優秀である」ことは官僚達も知っていた。「まずはお手並み拝見」の気分だったろう。

  アイシャの内閣は後宮のメンバーによって占められ、ナツキは国防相に指名された。「あなたなら、できる」とアイシャに言われたナツキは「嫌だあ!!」と叫ぶが、友の信頼を裏切ることは出来なかった。つまり、この時のナツキの心情が「あとは野となれ…」である。それはヤケクソの意味ではない。「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあり」のメンタルだろう。

  そしてナツキは国防省に乗り込む。で、アイシャが用意した演説原稿を取り出そうとするが、それを「忘れて来た」ことに気づく。焦るナツキを官僚達の野次が襲う。「お嬢さん、ハレムの務めはいいのかい?」「俺はアイシャさんを見たかったんだがな」「なんでもいいから、早く終われよ。こんな、どうせ滅ぶ国でよ」等々にだ。


  頭に血が上ったナツキは、それでも冷静に、アドリブで語り始めた。「あのね。わたしを馬鹿にするのは、この際だから構わないよ。でもアイシャやほかのみんなを馬鹿にするな!!   それと、そこのお前!   何が"どうせ滅ぶ国"だ!   そうさせないのが、わたしたち全員の仕事だろうが!」…等々にである。彼女の必死の語りは軍の実力者アフマドフに好感を与え、とりあえずの信頼を得た。


  この時点での信頼は「とりあえず」だったが、そのあとナツキは、見事に軍をシビリアン・コントロールする。その上、「作戦」能力も職業軍人を上回る。そして、AIMを制圧する。加えてAIMの幹部ナジャフにも気に入られ、「政権への取り込み」に成功する。

  ま、それは話として「出来過ぎ」と言いうるが、なにぶんこれはSFであり、「おとなの御伽噺」だ。そして、全く荒唐無稽とも言い得ない。司馬遼太郎も言うように「軍事の才能」は天性のものであって、職業軍人がシロートより上とは限らないのだ。シビリアン・コントロールについては(知的才能に加えて)「人間力」が必要である。とりあえずナツキは、稲田朋美よりも遥かにその能力が高かったのである。

   そのあと、ウズベキスタン軍の(油田への)侵略も何とか政治的に収めて、政情はとりあえず安定する。そうなると逃げていた政治家達が戻って来て、アイシャの「大統領としての正統性」を弾劾する。だがアイシャは己の弁舌力と、そしてナジャフとウズマの協力でそれを跳ね返し、引き続き大統領職に留まる。ウズマはむろん故大統領の文書を偽造と見抜いていたが、別の文書を取り出して「アイシャへの後継指名」を裏付けるのだ。

  アイシャは「こんなものがあったなんて…」と驚くが、ウズマは「馬鹿者、それも贋物だ」と(秘かに)囁く。そして「限られた土地の中で、人は互いに我慢しあわねばならない」と蘊蓄を垂れる。出典を尋ねるアイシャに対して鼻で笑い、「だから餓鬼は困る。たまには本も読んでおけ。カントの"永遠平和のために"だ」と嘯く。ウズマは高等教育機関に変身する前の後宮の出だが、独学で教養を身につけていたのだ。

   訳あってアイシャの元を離れていたナツキが戻って来た。だが国防相の座はアフマドフに譲り、自らはフリーな立場でアイシャに協力することを匂わせる。アイシャの理念は「国体と信仰と人権の三権分立」だ。それは、「国体の暴走を人権が制限する。そして、人権の暴走を信仰が制限する。さらには信仰の暴走を国体が制限する。この三竦みを制度化する」というものである。この(作者自身が創ったと思われる)理念の「実現性」を読者に考えさせて、物語は終わる。

   作者宮内悠介は早稲田大学文学部の出で、いま38歳だ。この物語の(月刊誌「文芸カドカワ」での)連載が始まったのは2015年秋であり、それはあの安保法強行採決の年である。その年は、シールズの誕生と消滅の年でもあった。

  シールズのメンバーにおける女性の多さは、日本の学生政治活動史上で出色だった。そのことが、本作品における(女性高等教育機関としての)「後宮」のヒントになったのだろう。そして「あの夢を再び」と作者は思ったのではないか?。私自身はいま、そう願っている。

  むろん女性「のみ」に限定する必要な無いのだが、ともかく若者がアクティブに動かねばこの国は変わらない。でなければ、この国は「滅亡」から免れ得ない。以前から思っていたそのことを、この作品を読んで改めて認識した。

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