渡辺茂樹のいたちものがかり

ニホンイタチをこよなく愛するアスワット顧問/動物学者・渡辺茂樹のブログです!

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  私は滋賀県の大津市民だが、在は逢坂山の西ゆえ、文化・経済圏は京都の山科に含まれる。その山科で最寄りの京都薬科大学に、私は縁が無い。古の美少女の一人であるS.C.(聖母女学院高校出)の母校という認識があるだけだ。

   やはり聖母出のA.S.は京薬大に合格したが、彼女は第一志望の大阪市立大学理学部に進んだ。ただ、その選択は「誤りだったかも?」という手紙を寄越したように記憶する。

   A.S.は卒業後も数年に渡って年賀状をくれた。S.C.は卒業直後に一度だけ封書を送って来た。今からおよそ20年の昔のことで、現在はいずれも音信が絶えている。もうこの世で会うことは無いだろう。

イメージ 1   のっけから話が脱線した(すいません)。京薬大とは「しばしばその傍らを通る」だけの縁だった私だが、先日そのキャンパス内に入る機会があった(添付写真1)。学園祭(11月4ー5日)が催され、学外者立ち入り自由になったからだ。

   私は模擬店や芸能アトラクションには関心が無い。プログラムを見て覗いてみる気になったのは、植物研究会と漢方医学研究部だけである。以下にその見聞録を記す。まずは植物研究会より。

   私は自称動物学者だが、植物にもひと通りの知識と関心はある。その私からすると、このイベントはちょっと物足らなかった。この会の関心は「葉から芳香を発する植物」なのだが、その展示の"量"が少な過ぎるのだ。

   "質"の点では、「展示するのは葉のみでも良いが、茎や根を含めての全身を、写真か絵で示した方がインパクトあり」と思った。それと、各植物の和名と学名、目と科、地理的分布を記すべきである。そういうややこしい事を言う者は滅多に来ないだろうけど、でも今年は一人(私が)来たのだ。

   あ、それと、芳香の成分の化学物質名と、分子式を示すべきだろう。…等々を居合わせた女子学生2人に「意見」したら、「成程」という顔つきをした。彼女らは未だ1回生とのことだ。ちなみに西日本の大学は多く「年生」と言わずに「回生」と称する。

   次は漢方医学研究部。こちらはポスター発表と、スライドを用いての口頭発表の二本立てだ。その内容はかなり重複するが、つまり「書きことばと話ことばのダブルで」ということだろう。

   発表者は1ー2回生が中心で、リーダーの男子学生でも3回生だ。だから発表の内容にオリジナリティが無いのは、致し方なかろう。既にpublishされている内容を本や雑誌で調べ、要約して発表する形式だ。だが私はなにぶん薬学はシロート故、なかなか面白かった。知らないことを知るのは(「論語」で言うところの)、「また愉しからずや」である。

   発表は、5種類の漢方薬とその薬効、ならびに判っている範囲での薬理作用について行われた。まずは六君子湯。

   柑橘類の果皮が多く含まれるこの薬は、鬱病に効果があるのだという。ただ、鬱病は症候群である。その症状のひとつの、「神経伝達物質であるセロトニンの再吸収は異常に増大する」ケースに効く。シナプスでセロトニンが不足することで情報が上手く伝わらず、そのことで鬱になる。化学成分の一つであるフルホキサミンはセロトニンの再吸収を抑制するので、薬効があるらしい。

   そして別の成分は食欲を増進させる。鬱の症状のひとつである食欲不振は、それで改善される。いわばまあ、梅干し効果だな。ただ梅干しの成分は唾液腺に作用する。この薬の成分が作用するのは胃腺だ。

  ただそれなら、この2つの成分のみを生薬として投与すれば良さそうである。漢方薬の特徴は多種多様の成分が含まれていることだ。それらは「無駄」ということはないだろう。因果関係は不明だが、何らかの「相互作用」が想定される。その詳細は殆ど判っておらずで、今後の課題になる。それと、鬱はなにぶん症候群故、この薬は万能ではない。

    次は大柴胡湯。これは糖尿病の症状である肥満に効果があるという。糖尿病にはⅠ型とⅡ型があり、遺伝的疾患であるⅠ型には大柴胡湯は効かない。Ⅱ型は生活習慣病で、膵臓ランゲルハンス島β細胞のインシュリン生産能力が(有るにはあるが)衰えている。インシュリンは(血糖値を下げると共に)、脂質を減少させる作用がある。この薬に含まれる大黄の成分センノシドンは、インシュリンのその作用と似た薬効があるらしい。ただセンノシドンは、その一方で下痢や肢痛を誘発する。他の成分がそれを抑制するという。なお、八味地黄丸にも似た薬効があるらしい。

   そして、半夏白朮天麻湯。白朮を多く含み、更にブクリョウ、生姜、人参、甘草等を含有するこの薬は、ストレス性の自律神経障害であるメニエール病に薬効があるという。内耳の内リンパ水腫であるこの病には、めまい、難聴、耳鳴り、吐き気等の症状をもたらす。

   ブクリョウに含まれるアクアポリンアイソフォームには利水作用があるという。利水といっても、全身への平均的作用であるならヤバい。だがこの物質は、内耳に特定的に作用するのだという。そのメカニズムと、他の成分がふくまれていることの意味については説明が無かった。

  更に、防風通聖散。成分は麻黄、薄荷、防風、白朮、生姜、甘草など。薬効は整腸や肥満改善だ。化学成分としては、麻黄に含まれるエフェドリンの効果が知られている。腸の不調や肥満も症候群であり、この薬はやはり万能ではない。

  最後は牛車腎気丸。これには附子、即ちトリカブトが少量含まれる。有名な毒草だが、僅量ならば薬にもなるのだ。葉や茎にも毒がある草だが、とりわけ多いのは根であり、薬も其処から採る。

  そもそも漢方薬は植物の葉を使うことは稀で、多くは地下部分を使用する。あとは果皮や樹皮だ。そしてブクリョウは植物ではない。木材腐朽菌であるサルノコシカケ類の、茸である。

    猛毒のトリカブトの根だが、華岡清州はそれとチョウセンアサガオのやはり根、ならびに(よくわかっていない)その他諸々を混ぜ合わせて「本邦初の麻酔薬の」を開発した。ただこれは副作用が強く危険なため、現在は用いられていない。

   ちなみに絶対的に安全な麻酔薬などというものは無い。だから麻酔の専門医がいるのである。それでも時々「事故」が起こるのは、周知の如しだ。

   また話が脱線した。牛車腎気丸は麻酔薬ではない。いろいろな薬効があるようだが、最近注目されているのは「抗癌剤の副作用の緩和」である。抗癌剤にもいろんな種類があるが、その中で神経障害を伴うものに効果があるという。具体的な薬理作用としては「TRPチャネルを抑制する」とのことだが、何のことが判らなかった。私は(動物学の者にしては)薬学・医学に詳しい方と思うけど、所詮シロートである。

  以下にはシロートの蘊蓄を少々。癌細胞を直接に攻撃する漢方薬、ないしは生薬は(たぶん)無い。細菌やウィルスが引き起こす感染症にもあまり効かない。ただインフルエンザに対する抗ウィルス薬のタミフルは、毒木シキミに含まれる成分が利用されている。それは、ウィルスが細胞に侵入にあたっての、アタッチメントの部分を破壊するのだという。だが(たぶん)その破壊の力はさほど強くなく、だからタミフルは「劇的に効く」訳ではないのだろう。

  ちなみにタミフルは、エボラ出血熱にも効くという噂がある。これもまんざら嘘ではないようだが、やはり「特効薬」とまでは言えないようだ。エボラウィルスは増殖の速度が極めて大であることで知られている。そのスピードに追いつけないこともあるかもしれない。

  総じて漢方薬は、「激烈な病」には効果が薄い。けれども「症状を(緩やかに)緩和する」ことには効果があるようだ。だがそれも、万能ではない。そして、医師の力量が前提となる。医師が症状を的確に診断し、それに合わせて的確に投薬する必要がある。その実践の状況は良く知らないが…癌治療医はいま、多くが漢方薬を併用しているとのことだ。

   改めて、S.C.のことを思い出した。彼女はいま、某有名病院の癌治療専門医である。京薬大を出たあと某公立医大に入学したのだ。

   彼女は高卒時にも別の公立大医学部を受けて失敗し、第二志望の京薬大に進んだ。挫折をし、そして初志貫徹したのだ。だが「薬大での4年間は無駄ではなかった」と、ネットで語っている。私は(冒頭で記したように)JK時の彼女しか知らないのだが、その頃は「緊急救命医になりたい」と語っていた。こちらがちょっとたじろぐ程に、志の高い少女だった。

   癌専門医たるS.C.だが、外科手術や放射線は(自らは)用いない。基本的に化学療法である。おそらく漢方薬も使っていると思うが…その詳細はネットでは判らなかった。

    古美少女噺の連発は、我ながら些か見苦しいな(笑)。以下は話を転ずる。この日から3週間後の11月26日には、京大の学園祭(11月祭)を覗いた。ガイドブックが有料であるのがセコい(京薬大は無料)。むろん買わなかった。私のお目当ては野生生物研究会のみで、その所在はすぐわかったからだ。その活動内容を知りたかったのである。

イメージ 2  活動内容は、両生類と爬虫類に特化していた。古の野生研は多様性があったように思うので、「時の流れ」を感じる。特化してのその内容は「なかなか」で、例えば学会ポスター発表レジメを掲示してあった。学生の身分で学会発表するのは結構なことだ。ただ、その掲示に目をとめた人は(私以外は)一人もいなかった。会誌(500円)を販売していたが、それを購入する者もいなかった。

   ひとびとの関心は専ら、展示してある「生きた爬虫類たち」にある。それ自体は結構なことだ。だが野生研の「アカデミックなこと」をアピールしたいのなら、もう少し工夫があってよいのではないか?。会誌500円は(そのボリュームからして)致し方なしとしても、それとは別に、100円程のダイエット版を作って売っても良かったように思う。

   それと、京薬大に習ってスライド口頭発表があっても良かった。ポスター発表…即ち「書きことば」の方が質的に多くのものを伝えうる。ただアピール効果は、「話ことば」の方が大なのだ。ちなみに日本哺乳類学会では、ポスター発表よりも口頭発表の方がハイランクである。

    内容が両生・爬虫類類に特化したことにつき…野生研のOBでもない私がとやかく言う立場には無い。ただ、前世紀に動物学教室の大先輩上野俊一が(集中講義時に)呟いた一言は、折りに触れ思い出す。それは「動物学者たる者、少なくとも2つのphylum(門)の生きものの専門家であるべき」という言だ。

   「専門」の域には至らぬまでも、古の京大の動物学徒は関心の幅が広かった。つまり「博物学」の伝統があった。現在は、その伝統が失われつつあるような気がしてならない。

   野生研のイベント以外でインパクト大だったのは、添付写真2の掲示だ。だが、この貼紙に目をとめた者は私のみである。改めて己の「孤独」を感じた。



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山崎博昭ふたたび



  山崎博昭プロジェクトのイベントに行って来た。日時は2017年11月12日(日)14ー16時半で、場所は大阪梅田のスカイビルイーストの36Fだ。山崎博昭プロジェクトの何たるかは、本ブログの第ブログの第64話「山崎博昭の亡霊」を参照されたしである。

   この日のイベントは2部構成だ。第1部のメインはパギやん(趙博)の「歌と語り」。第2部のメインは、三田誠広(作家、武蔵大学教授)の記念講演「1967年から1970年代にかけての激動の時代をふりかえって」である。そして代島治彦製作の「プロジェクトの歩み」が放映され、「現代ベトナムとの連帯の状況」が報告された。

   更には近畿大学教員:幸田直子(USA現代史)が「グローバルヒステリーとしての1968」というトークを行い、山崎建夫(博昭の兄)、辻恵(弁護士)、北本修二(弁護士)、山本義隆(科学史学者)も発言した。

   山本は東大全共闘元議長として世に知られるが、本人にすればそれはやや心外だろう。先年の講演時に彼は、「僕はマスコミの玩具じゃない!」と憤っていた。けれどもそれで自分を見失うことなく、研究者として名を成した。その著作「磁力と重力の発見」は名著である。理系と文系の違いはあるが…「山崎が長命していれば」の未来像として最も近いのは、山本かもしれない。

  以下はメインイベントのことである。第1部でパギやんが歌ったのは、以下の4曲だ。「死んだ男の残したものは」「世情」「わてらは陽気な非国民」「アホダラ経」。1つめは確か高石ともやの作詞・作曲だったと思う。2つめは中島みゆきの作詞・作曲で、TV「3年B組金八先生」第2部のクライマックスシーンで流れた。3つめと4つめは、多分パギやんのオリジナルだろう。

  このイベントは「山崎追悼」が主眼であるゆえ、「鎮魂歌として何が適当か?」とパギやんは悩んだに違いない。そして選ばれたのが、高石と中島の前出2曲である(あとの2つは余興)。今の時代は「インターナショナル」や「ワルシャワ労働歌」はKYなのだ。"We  shall  overcome"も、景気が良すぎる。私的に敢えて他を探せば、スキーター・デービスの"The  end  of  the  would"かな?。この歌が出た1963年は「キューバ危機と核戦争の恐怖」の年だから、それが隠喩としてある(筈だ)。

   話を戻す。高石作品も悪くないけれど…中島みゆきの「世情」は名曲である。「世の中はいつも変わっているから♪頑固者だけが悲しい思いをする」に始まり、「変わらないものを何かにたとえて♪その度崩れちゃそいつのせいにする」に続く。そして「シュプレヒコールの波♪通りすぎてゆく」を経て、「時の流れを止めて変わらない夢を♪見たがる者たちと戦うため」に至る。

   そのあと、「世の中はとても臆病な猫だから♪他愛のない嘘をいつもついている」「包帯のような嘘を見破ることで♪学者は世間を見たような気になる」というフレーズがある。そして、「シュプレヒコールの波…」と「時の流れを止めて…」を繰り返して終わる。エンドレス的な唄い方も可能だ。

   私は自称歌人で韻文も好きだが、このレベルの韻文は到底書けない。歴史に残る名作だろう。そしてメロディも良い。改めて「韻文は、メロディ(短歌の場合はリズム)あってのもの」と思わさせられる。ただ、「世情」のメロディは(聞くには良いが)唄いにくい。それをサラリと唄い切ったパギやんは、「流石プロ」である。

   そして、三田誠広のトーク。それには、パギやんの歌唱程には感銘を受けなかった。彼の語りは「1969年の早稲田大学での学生運動状況」に始まり、「今年はロシア革命100周年である」(でも誰も祝い事をしない)と、呟く。そして中国文革とクメール・ルージュの自国民大虐殺を総括する。更には企業爆破テロリストの、「丸の内界隈で昼間に徘徊している輩はみな搾取階級だから、殺されて当然」というトンデモ発言を暴露する。…あの、三田さん、それらは(私は)みな知ってますよ。あなたに教えて貰わなくても。

   三田のトークの中で唯一「へえ、そうなんだ」と思ったのは、「プロジェクトに100万円をポンとカンパした者が、何人もいる」という事実の暴露だ。改めて考えれば、それは「有り得ること」である。その人達は(経済的には)「成功者」である。若くした逝った山崎博昭のみならず…良き人生を送れなかった古の同志達に対して、その人は引けめがあるのだろう。そして、免罪符のつもりで大金をカンパしたに違いない。

   私は死なず逮捕もされずで、怪我すらしなかった。そしていま、世間で言うところの「負け組」だ。けれども成功者を妬まず、責めも賞賛もしない。「人生いろいろ」と思うのみである。

   三田は3年前に「カラマーゾフの兄弟続編」を書き上げたとのこと。その中で、「正義のためのテロリズムは許されるか」を考察しているのだという。あ、そうなの。でもそれ、読む気がしないなあ。そもそも私はドフトエフスキーは「食わず嫌い」で、全く読んでない。

    ただ、三田の最新作「白村江の戦い」(2017)は面白かった。肝心の海戦描写の出来は良くない。司馬遼太郎の(「街道をゆく:韓のくに紀行」における)美文に遥かに及ばぬ。そして歴史解釈は、古田武彦の(「失われた九州王朝」における)迫力は無い。良く出来ているのは女性達のキャラ設定だ。

   額田王(三田は「女王」と記)と間人皇女、そして登場場面が少ない讃良皇女(後の持統女帝)がトリプルヒロインだ。讃良は父親の中大兄皇子(後の天智帝)を「母の仇」と憎み、藤原不比等に命じて殺させる。…という史実は無かっただろうけど、面白い。額田と間人は予知能力者の設定だ。むろん日本書記にはそのような記述は無いが、前者においては「あり得る」と思った。彼女は「万葉集」詠者中で屈指の歌人だ。優れた和歌は、某か予知能力がないと詠めない筈だからである。

  話を戻す。私も、テロリズムには(学術的に)関心がある。だが「正義か悪か」というような抽象的思考はしない。具体的な状況を踏まえて、臨機応変に考察するしかないだろう。

    そして三田は、「山崎君もある意味テロリストだった」と述べた。そのことには同意する。ただ山崎は実際には暴力を行使せず、己が一方的に暴力を受けて死んだ。そのような哀しいテロリストが他にいただろうかと、考えた。


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【写真1】

   大逆事件の犠牲者は多くが冤罪で、テロリストなんかじゃなかった。だから該当しない。そして、「アレクサンドル・ウリヤノフ(写真1)がそれに近いのでは?」と思い至った。

   ペテルブルグ大学理学部動物学科の学生だったアレクサンドルは、同名の皇帝:アレクサンドル3世の暗殺を企てた。未遂にも至らなかったのに逮捕され、そして処刑された。司法は事前に「謝れば許す」と言明したという。彼の母は「謝りなさい」と勧めたが、動物学徒アレクサンドルは断乎拒否した。そして、「お母さん。決闘のとき先に発砲しておいて、相手の番になったとき、撃たないでくれと言えますか?」(松田道雄訳)と言い遺して刑死した。1887年のことである。

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                               【写真2】

   山崎博昭がアレクサンドル・ウリヤノフなら、重信房子はソフィア・ペロフスカヤ(写真2)かな。皇帝アレクサンドル2世暗殺の、現場指揮者だった女性だ。トルストイが新皇帝に助命を懇願したが叶わず、処刑は速やかに執行された。1881年のことである。

   トルストイは死刑廃止論者ではなかった筈だから…助命懇願は(ソフィアらを)「政治犯」と見なした故だろう。それは今日の「テロリスト=刑事犯」の見方とは異なる。改めて、「テロとは何か」を考えさせられる。だがそのことは、此処では立ち入らない。

   テロの定義はさておき…ソフィアと違って重信は、殺人に直接関与はしていない。そして罰は十分に受けていて、いまなお(医療刑務所内で)生存している。でも完治が望めないcanserであり、おそらく生きて娑婆に出て来られないだろう。山崎プロジェクトは「重信房子の(合法的)救出を考えても良いのでは?」と、思ったりする。でもその実現は、現政権下では有り得ないだろう。

   この日のイベントでもう一つ印象的だったのは、プロジェクトが「ベトナムとの連帯をなし得た」ことだ。関係者はそれを「ラッキー」と語っていたが、私もそう思う。この際、かの地の自然(動植物の分布や生態等)を調査してはどうだろう?。もしそういう話が湧けば、是非声を掛けて欲しい。ちなみにベトナム北部の中国との国境近くには、シベリアイタチが分布する。その地は台湾とほぼ同緯度で、この種の分布の南限である。

★★★  ★★★  ★★★  ★★★

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【添付写真1】

   ジェーン・グドール(添付写真1:83歳)の講演会が、京都で催された。日時は11月7日の19時半ー20時で、場所は京大北部構内の益川ホール(湯川記念館の北隣)だ。それに先立って、日本人猿学者の山極寿一と松沢哲郎が会の趣旨説明を(30分ずつ)行った。主催は公益法人:国際花と緑の博覧会記念協会である。
 
  グドールは、「チンパンジーが道具を使うことを世界で初めて発見した」ことで知られる高名なPrimates(霊長目=猿)研究者だ。だが私にとっては、「Carnivora(食肉目)の研究者でもある」ことの印象が深い。アフリカ東部のゴロンゴロ火口平原にて、リカオン、ジャッカル、ならびにハイエナの観察を行ったのである。その成果は日本語訳名の「罪なき殺し屋たち」にまとめられている。Carnivora研究の古典と言いうる著作だ。
 
   私が思うに…猿研究者は己の研究対象が「高等である」という認識が強い。そして、そのことに由来する(己自身の)選民意識がある。少なくとも京大の猿学者には、その傾向が感じられた。ただそれは私がテレパス(自称)だから判ることで、かれら自身はその意識を露骨には示さない。
 
    ただ山極寿一は少し異なる。彼は己の選民意識を隠さない。彼は「ゴリラとサル」という言い方をして、類人猿(とりわけゴリラ)を特別視する。「だから俺も偉いのだ」と思っているだろう。ちなみに英語ではPrimatesを総称する一般名詞は無い。類人猿はapeで、その他の猿はmonkeyだ。その意味では山極の語法は全く不当ではないのだが…「あんたは日本人だろ?」と言いたい。日本語の「サル」には(片仮名表記であっても)、類人猿が含まれるのである。
 
   つまり、「猿にしか興味が無い」研究者の(多く)はその他のアニマルを見下し、その研究者を蔑視している。だがグドールはそうではない(であろう)故、「CarnivoraPrimatesの比較」という論を聞きたかった。でも、それは無いだろうと思った。共催が山極だからだ。そして、やはり無かったのである。
 
   さて、グドールのトーク(同時通訳付)だが…まず幼女時代のことから語り始めた。無鉄砲に近い「動物好き」だったのだが、その彼女を母親は暖かく見守っていたという。家が貧しかったので大学には行かず、日本で言うところの専門学校に進む。そしてウェイトレスの仕事をして金を貯め、無鉄砲にも単身アフリカのタンザニアに乗り込んだ。母国の英国でも、野生動物研究は可能だろう。敢えてアフリカを選んだのは、幼時に読んだ「ターザン」の影響があったようである。
 

   そしてその地で、高名な化石人類学者リーキーの知己を得て、才能を見込まれる。リーキーは、「化石骨をいくら調べても、"行動"はわからない。君は人類に近いチンパンジーの生態を調べて、"行動の進化"を考察してはどうか?」とグドールに勧めた。そして彼女のために6年分の研究費を調達し、ゴンベの森に送り込んだ。つまりリーキーは、グドールを「試した」のだろう。

 
   もしその6年間で十分な成果が上げられなければ、グドールが「世に出る」ことは無かったと思う。だが、天は彼女に味方した。彼女が「チンパンジーは木棒でシロアリを釣る」(つまり道具を使う)ことを発見したのは、ゴンベで調査を始めて間もなくのことである。
 
   ゴロンゴロのリカオン・ジャッカル等は(日本のイタチやテンと違って)、集団生活者である。加えてサバンナに住む故、目視がし易い。難は夜に動くことが多いことだが、それは月や星の光に頼ることで何とか克服した。それより先に調査を始めたチンパンジーも集団生活者で、そして昼行性だ。それはアドバンテージだが、森林に住むゆえ観察が難しい。そのディスアドバンテージは、「チンパンジーに己の存在を認めて貰う」(つまり集団の一員になる)ことでグドールは克服した。「それをするとチンパンジーに影響を与え、生態を変えてしまうのではないか?」と危惧されるが、今のところその悪影響は報告されていない。
 
   そしてそのあとグドールは、道具は「少なくとも8種類使う」ことや、道具を「"作る"こともする」ことを発見した。そして、道具使用の"文化"に地域差があることも見出す。
 
   更に、チンパンジーは個性の差が大であることにも気付いた。例えば育児においては、良い母も悪い母もいる。良い母を慕う子の情念は深く、母の死後に子が「悲嘆死」したこともあったという。
 
   それは利己的遺伝子説で説明しうることだが、チンパンジーには利他行動も見られるという。例えば「雄のアダルトが、血縁の無い孤児を受け入れる」(こともある)事象がそれだ。ただそれは、ニホンザルでもあったように記憶する。
 
   個体群生態学の分野においては、「寿命はおよそ50年」だが「出生後4年間に30%が死亡する」ことを発見した。「雌の出産は1年あたり0.2回、即ち5年に1度」であること、「雌は生涯現役」(50歳で出産した事例有り)のこともである。ヒト(ならびにCarnivora)との比較において極めて興味ある事象だが、そのことの「考察」は述べられなかった。
 
   チンパンジーは所謂「残虐行動」…つまり同種他個体殺しを(雄が)頻繁に行うことでも知られる。その中には快楽殺人的なものもあるという。私の知る限り、それはゴリラやオランウータン、ならびにボノボ(ピグミーチンパンジーないしはビーリャ)では認められない。「行動の進化」を考えるにあたって興味ある事象だが、グドールはそのことはチラリと言及するに留めた。
 
  グドールのトークの締めは「保全」のことだ。IUCNでの扱いは(不明にして)知らないが、チンパンジーは絶滅危惧動物である。その主因は森林面積の減少であり、加えてジビエ目的での密猟もある。そして400頭余りの数が医療用実験動物として飼育されていた。グドールはカルト的アニマルライト運動家ではない。だが、実験動物としてチンパンジーを使うことは「必要はあるまい」という信念のもと、全ての医療用飼育チンパンジーの「解放」に成功した。それは全て保護区でreleaseされたとのことだ。
 
   森林の回復は難しい。それは耕地面積の増大にリンクする。つまり地元民の貧困に由来し、人口問題も絡むからである。だかグドールは地元民の生活向上に努め、女性の教育推進により「家族計画を考えさせること」に努めて来た。その結果(彼女のフィールドであるゴンベ周辺では)、森林は僅かながら回復傾向にあるようだ。
 
   ゴンベ周辺だけでは不十分である。そして自然の破壊は、チンパンジーへのダメージだけでは済まされない。で、グドールは"Roots  and  Soots"なる運動を始めた。若者が「我々の自然を大切にしよう」と努力する試みだ。それは「若者自身が自発的に取り組み、運営する」もので、グドールは(自らの役割を)「アイデアを示唆するのみに留めている」という。
 
   タンザニアの高校生12名と共に始められたその運動は、いま世界の約100ヶ国に拡大した。そして、「国や文化や宗教の異なる人々の壁、ならびに人類と自然界を隔てる壁を打ち壊すための取り組み」が行われている。イベントは、あのノース・コリアでも行われた。だが日本人の連帯の動きは(この日の山極のトークを聞いた限りでは)、十分ではないようだ。
 
   グドールの講演に先立って行われた山極のトークでは、まず自らの研究業績のことが語られた。その語りは、なんと、英語である。グドール以外の聴衆は(たぶん)全て日本人だから、およそ意味の無いbehaviorだ。「ボケ!、日本語で喋らんかい」と怒鳴りたかったが、辛うじてそれは自制した。
 
  山極はまず己の研究業績を誇った。具体的なことはあまり述べられなかったので内容は不鮮明だが、要するに「ゴリラにも(チンパンジーと同様に)個性がある」ことと、そして「各々の(チンパンジーよりは小規模の)グループには歴史がある」ことが要点だ。
 
   「なあんだ、グドールのパクリじゃないか」と思えたが、まあそれはよい。グドールが、それだけ偉大ということだろう。だが、「我々はゴリラに学ぶべき」という主張には多いに引っ掛かった。そういう発想は、私の亡師:日高敏隆が非常に嫌ったことだ。山極の師:伊谷純一郎(故人)もそのようなことは言わなかったと思う。
 
   動物には各々の種ごとに(ゴリラにもヒトにもニホンイタチにも)、独自の"文化"がある。我々はそれを「参考にする」ことはあっても、「学ぶべき」などとはみだりに言うべきではない。斯様な発想は「危険だ」と思う。
 
  「保全」絡みのことでは山極は、エコツーリズムを(日本国内で)行っているという。そのツアーの対象は主に外国人のようであり、「日本の自然の現状はどうしてくれる?」と言いたくなった。鹿害や猪害のこと、ならびにニホンザルとの共存もかなり難しくなっている現状については、彼は「逃げている」としか私には思えないのだ。

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   そして山極は、グドールのように「若者自身の自発性を重んじる」ことが苦手のようだ。彼が総長を勤める京都大学で、学生自治会の活動を「言論弾圧」しているのは知る人ぞ知るである(添付写真2)。私から見ると、学生自治会のやり方も問題無しではない。もっと「柔軟」であってよいと思う。だが山極の「問答無用」的態度はファシズムだ。ゴリラに見習うのなら、許されないbehaviorである。
 
   松沢哲郎は(やはりグドールに先立って行われたトークにて)、「チンパンジーに学ぶべき」などという問題発言はしなかった。彼の研究は多くをアイという才女猿に依存する。そして、アイが数字を「読む」ことができ、そして「記憶」の能力が人間顔負けであることを誇った。ただ彼の誇りは自身のことではなくて、アイについてである。松沢は山極に比べると謙虚な人のようだ。少なくとも、ファシストではないと思う。
 
   その松沢に敢えて注文をつけると…チンパンジーのその能力の個体差、つまりアイ以外のチンパンジーの潜在能力の如何も調べるべきではと思った。そして、チンパンジー以外の類人猿についても調べて欲しい。おそらくボノボは、同等ないしはそれ以上の能力があるだろう。最近まで日本でボノボは全く飼われていなかったが、2015年に6頭が「来日した」とのことだ。今後の研究成果に期待したい。
 
   グドールの講演会は、この3日後に東京でも催されたようだ。その催しには皇室関係者が参加し、そのゆえ厳戒体制だったらしい。怪しげな風体で目つきが悪い私は、行っても多分入れなかっただろう。
 
   そして東京でのグドールの受賞挨拶のこと。賞には当然賞金が伴うが、そのことにつき彼女は「自分たちの活動資金としての意義は大きい」と、包み隠さず述べたという。京都では多分(何故か)述べなかったその言は、なかなか味がある。日本の自然保護関係者は、噛み締めて欲しい。


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   金子弥生氏(東京農工大学)より、「ロシアのシベリアイタチがヤバいらしい」という情報が寄せられた。「え?!」と思った。ただ、IUCNレッドブックでは「準絶滅危惧」にはなっていない。その記述は以下の如しである。
 


   つまり金子が言うところの「ヤバい」は公のものではなくて、ロシアのイタチ研究者の個人的見解のようだ。ニホンイタチを環境省はNT指定にしてないが、私は「そうすべき」と主張している(本ブログの第33話「環境省もニホンイタチをNT指定すべきのこと」参照)。そのようなものですね。
 
   私はIUCNの、「シベリアイタチは、すぐに保護せねばならない状態ではない」という見解に疑念を持つ。中国における大量捕殺」という現実があるからだ。そしてロシアでは情報が少なく、「よくわかっていない」状況だからだ。それはまさしく、ニホンイタチと場合と似ている。

イメージ 1
【添付写真1】
 
  シベリアイタチの分布はロシアのシベリアと中国がメインで、東南アジアならびにインド・パキスタンの一部にも及ぶ(添付写真1)。チベットやタイでは保全の対象だが、「だから大丈夫」と見るのは乱暴なのではないか?。その保全の効果が「あり」とは限らないからである。
 
   もしチベットやタイで保全の効果が「あり」としても、中国の現状を無視しうることにはなるまい。IUCNは、「超大国:中国に気を使っている」ように思える。ちなみに中国とチベットの関係は「微妙」である。タイとの関係も良好とは言えない。そのことも、些かうさん臭い。
 
   日本のシベリアイタチはコリアの由来であり、かの地の地域個体群は亜種扱いだ(Domaniski、1924)。韓国の現況についてIUCNは全く言及してないが、私は「ヤバいのではないか?」という印象を有している(本ブログの第81話「韓国とイタチと聖母女学院」参照)。あくまで印象に過ぎないのだが、「いや、ヤバくない」というデータも存在しない。そもそも韓国には(ロシアや日本と違って)、イタチの研究者が存在しないのだ。
 
  もし韓国のシベリアイタチがヤバいのならば(北朝鮮の状況は言うに及ばずであろう故)、「在日」のシベリアイタチの存在がクローズアップされて来る。西日本における「在日シベリアイタチ」の人家侵入被害は、座視するべからざるものだ。だがその地域個体群が「健全である」ことは、世界レベルで見ると貴重なことなのではあるまいか?。
 
   故にそれを「駆除」することは好ましくない。「防除」…即ち「侵入口を見つけて塞ぐ」ことに限定すべきだ。巣を作らない動物(例えば鹿)では、斯様な「専守防衛」による個体群制御は不可能である。でもシベリアイタチでは、それによる「人間との共存」が可能と思う。
 
  先日、神戸市西区の民家天井裏にてシベリアイタチの糞の採集を行った。その時の知見を記す。
 
   テンやハクビシンは屋根上から侵入することが多いが、シベリアイタチは主に床下から侵入する。この御宅もそうであり、そして壁の隙間の空間を垂直に登り、1階と2階の間の隙間(天井裏)に侵入して営巣していた。其処にはグラスウールの断熱材があり、それを巣材として出産&育児をしていたのである。
 
  巣立ちは既に終わっていたが、親のみ(ないしは別のアダルト?)が戻って来たという情報が寄せられ、急遽ASWATの出動となった次第である。ASWATの流儀では、基本的に捕獲はしない。追い出しをかけ、中にはいないことを確認して出入口を全て塞ぐ「憲法9条厳守」方式だ。むろん、糞尿の掃除も行う。
 
   断熱材の乱れはこの御宅ではそれほど大規模ではなく、そして糞の量もさほどではなかった。それは糞「塊」というような立体形はなしていず、2次元に散らばっていただけである。
 
   径が2mm以下の極細糞は、幼獣のものだろう。別宅で糞塊で採取された糞では、極細糞の内容物は昆虫が多かった。そして5mm以上の太い糞にはクマネズミが多かった。此度の糞は未だ未分析だが、外見から見る限り昆虫は少ない印象である。それと、ベリーの種子らしきものが数個に認められた。

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【添付写真2】
 
   特筆すべきは、出産直後と思われる幼獣の死体が梁の上に有ったことだ(添付写真2)。体長はおよそ5mmで、全身に白く長い「産毛」が生えている。ミイラ状になってはいるものの、貴重なサンプルと言いうるだろう。イタチに限らず、野生獣の幼獣や胎児の知見は多くない(本ブログの第23話"幼獣図鑑"を作らねば」参照)。ニホンイタチにおいては、生後1ヶ月後のものが知られているのみである。
 
    再び「世界とシベリアイタチ」のこと。日本の建築は特殊であり、それ故にパラダイスが出現したのだろうと思った。日本の夏は高温多湿であり、それゆえ空気の流通を考えて隙間の多い構造になっている。壁もそうであり、その隙間を通ってイタチが床下から天井裏に登れる。湿度が(日本に比べて)低い地域では多くが土壁で故、中から上に登ることが難しい筈である。
 
  加えて日本は、冬は結構寒い。それが故に、1970〜80年代以降は天井裏に断熱材を入れるようになる。それはシベリアイタチにとって天からの恵みになった。都市域では枯葉・枯草のような巣材を得るのが難しい。そしてたとえ得たとしても、それを壁を登って運び上げるのは大変だ。だが断熱材という巣材は、初めから其処に用意されていたのである。
 
   オンドルを使う韓国や、ペチカを使うロシアでは、断熱材を入れないだろう。そもそもこれらの諸国では、天井裏という構造が存在しないかもしれない。そして壁は土で固められ、隙間が無いのではないか。つまり侵入が容易ではなく、たとえそれを果たしても(断熱材が無い故)子育てが難しいのだ。大陸のシベリアイタチは、おそらく繁殖場所探しに苦労している。だが、たまたま(密航ないしは強制連行により)日本に渡来したシベリアイタチは、其処にパラダイスを見出したのである。
 
   「良かったね」ではあるけれど…「ひとの迷惑も考えて欲しい」と思う。イタチは(猫や犬と同様に)賢い動物だ。教えてあげれは判るだろう。そしてその「教育」が、ASWATの責務であると私は思っている。

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島の面積とイタチ


   急に思い立って「小豆島に行くことになり、その面積を調べてみた。約15330haだ。淡路島の4分の1弱である。淡路島は琵琶湖よりも僅かに小さく、そして琵琶湖は小豆島の約4.4倍である。ASWAT本社のある兵庫県西宮市の面積約1万haに比べると、小豆島はその1.5倍に相当する。

  何故面積が気になったかというと…「イタチにはどれだけの土地が必要か?」(個体群を維持するのに必要な最小限面積)に、私は関心があるからだ。ニホンイタチ、シベリアイタチ各々単独においてと、2種が共存した場合にである。

   むろん棲息可能の如何は、土地の量(面積)だけでは決まらない。質…即ち植生や、河川や湿地の存在状況、都市化の度合い、それらに関連しての食物とシェルターの量により決まる。短期間の調査でその如何を判定するのは難しいが、「とりあえず(小豆島を例にして)見てみよう」と思った次第である。

   小豆島の見聞録は別稿に記す。以下は、「日本のその他の島々」の量(面積)を比較する。

イメージ 1   日本の主要4島中で最も小さい四国の面積は、約183万haである。四国の次に大きい島は、敗戦前まではエトロフ島の約31.7万haだった。最上徳内や近藤重蔵、高田屋嘉兵衛等の努力で実効支配され、そして幕府とロシアの外交交渉で日本のものと定められた。だが現在は(残念ながら)ロシア領だ。「あの戦争」の末期に地獄の戦場になったフィリピン:レイテ島は約72万haで、エトロフ島の2.3倍である。

   現在の「四国の次に大きい島の第1位」は沖縄島(沖縄本島)で、約12万haである。第2位は佐渡島で約8.5万ha、第3位は奄美大島で7万ha強、第4位は対馬の約7万ha弱と続き、淡路島は第5位の6万ha弱だ。そして屋久島は5万ha強、種子島は4.5万ha弱、隠岐島後は2.5万ha弱である。

   1万ha台の島としては、宮古島(1.5万ha強)、小豆島(前出)、壱岐島(1.3万ha強)、周防大島(1.3万ha弱)等がある。周防大島は屋代島ともいう。

   屋代島こと周防大島は、幕長戦争(1866)時に戦場になった。その模様を述した司馬遼太郎の「花神」には、この島にタヌキがいると記してある。タヌキやキツネと違い、イタチは文学には殆ど登場しない。

   次は面積が4桁のhaの島である。伊豆大島(9105ha)はその中では最大サイズだろう。以下、八丈島(7262ha)、大三島(6453ha)、三宅島(5540ha)、大崎上島(3834)ha、因島(3497)ha、大崎下島(1782ha)、波照間島(1277ha)…等がリストアップされる。

  そして3桁のhaの島。紀伊大島(968ha)はその中で大きめだ。座間味島(666ha)はミドルサイズで魚釣島(380ha)はそれより小さめ。そして、沼島(ぬしま:273ha)、出島(いずしま:268ha)、生野島(226ha)、平島(208ha)はミニサイズである。

   この7島の内、魚釣島と沼島以外ではニホンイタチの棲息が確認されている。淡路島の南沖にある沼島は、「海を渡れたら棲める」環境に思われた。沖縄尖閣列島中の魚釣島は、貴重種センカクモグラが分布することで知られる。だがイタチは(例え移入しても)棲めないだろう。そして鹿児島トカラ列島中の平島は、私の知る限り「ニホンイタチが棲息する最も小さい島」である。

  2桁のhaの島になると、イタチの個体群維持はかなり厳しい。長崎県の青島(90ha)には一時期シベリアイタチの移入個体群が存在し、佐々木浩(当時九州大学大学院生)がそれを調査していた。だがその後に絶滅したようだ。

  1桁のhaでは、全ての哺乳類の個体群維持が厳しくなる。愛媛県の能島(のしま:2ha)は戦国期に村上水軍の城があった島だ。だが、彼等はこの島のみを生活の基盤にしていた訳ではない。

   以上より、ニホンイタチの棲息が確認された島を拾い上げる。四国、佐渡島(新潟県)、淡路島(兵庫県)、屋久島(鹿児島県)、種子島(鹿児島県)、隠岐島後(島根県)、宮古島(移入個体群:沖縄県)、小豆島(香川県)、壱岐島(島根県)、伊豆大島(東京都)、八丈島(移入個体群:東京都)、三宅島(移入個体群:東京都)、大崎上島(広島県)、波照間島(移入個体群:沖縄県)、紀伊大島(和歌山県)、座間味島(移入個体群:沖縄県)、出島(宮城県)、生野島(広島県)、平島(移入個体群:鹿児島県)。

  これらの諸島の全てに今なおニホンイタチがいるかは不明だ。いても絶滅危惧の島があるのではないか?。調査が必要である。

   シベリアイタチのは、とりあえず対馬に(在来種として)単独分布する。四国と淡路島ではニホンイタチと共存だ。更に財団法人自然環境研究センターは、瀬戸内の大崎上島と生野島での2種共存を糞DNA分析により確認した(2011)。3834haの面積を有する大崎上島はまだしも、226haしかない生野島での共存は驚異だ。だがその状況は「持続可能か?」と思えなくもない。以下にそのことを考察する。

    量(面積)のことだけを考えると…各々のイタチの行動圏サイズと、「個体群維持に必要な最小限の個体数」より理論的考察が可能だ。後者については、集団遺伝学的見地から(とりあえず)50頭と見積もる。

   佐々木浩(筑紫女学園大学)は、九大大学院生時代に、シベリアイタチの行動圏サイズを1.3〜4.4ha(雌雄差はさほど無し)と推定した。だがこれはその後に絶滅した個体群での値ゆえ、いまいち参考にならない。

   これとは別に、対馬で琉球大学のグループが得た(雄のみの)データがある。それは約15haだ。そして北大の青井俊樹と私は、和歌山県日置川町での調査でほぼ同じ値を得た。故に、15haという値は妥当じゃないかと思う。

   で、個体群維持に必要な個体数50の性比を1:1とし、データが無い雌の行動圏サイズを10haと仮定する。ならば15×25+10×25=625haという計算がとりあえず成り立つ。各個体の行動圏が全く重ならないと仮定しての計算であり、実際にはそうではないだろう。環境の質にもよるが、600haあれば何とか個体群を維持出来るのではないか。この面積は、沖縄:慶良間諸島の座間味島より一回り小さい値だ。

   ニホンイタチでは雄の行動圏を10ha、雌はそれよりグッと小さくて1haと推定しうる。私と青井、そして藤井猛(当時東京農工大学)の調査によりだ。で、10×25+1×25=275 haという計算が成り立つ。行動圏の重複がやはり想定しうるので、実際には200ha程度で個体群維持が可能ではないか。そして現実にトカラの平島は208haで、その値に近似する。

  ただニホンイタチの雌の行動圏が1haしかないということは、100m四方相当のエリアで十分な食物とシェルターが確保されねばならないということだ。遊牧的に移動するにしてもで、「環境の質」がより問われよう。

  2種の共存可能最小面積を考える場合には、とりあえず前述の値を足し合わせて800haが想定される。むろん種間関係が想定される場合に単純な足し算が成立する保証は無いし、環境の「質」も当然問われねばならない。

   大崎上島の面積は前述の理論値の約4.8倍あるので、「量」だけを見れば今後も共存可能と思う。だが生野島は厳しいのではないか?。226haという値は、ニホンイタチ単独でも個体群維持にギリギリだろう。現在のその個体群は、絶滅寸前ではないかと思える。

   2種共存の環境の「質」の条件として、私は人家がある程度あり、なおかつ豊かな自然も存在することを想定する。シベリアイタチは前者、ニホンイタチは後者を好むと考えてだ。

   現地調査はせず航空写真を見ただけの判断だが、大崎上島はある程度その条件を満たしているように思える。島の内部にも集落がそこそこあり、最高峰452mの山地もあるからだ。だが生野島は集落が海岸部に僅かしかない。環境の異質性が乏しく、かつ面積が200ha余しかない島での共存は厳しいだろう。そしてシベリアイタチのみが生き残った場合も、その未来は安泰ではないように思える。

   自然がさほど豊かでなくとも、ニホンイタチが棲息しうる場合がある。食物が豊富で、そしてシベリアイタチがいなければだ。島の多くをサトウキビ畑が占める波照間島は、その例ではないか。この島ではおそらく主にハツカネズミを食べているのだろう。貴重種のヤシガニやキシノウエトカゲに依存しているという噂もあるが、その真偽は定かでない。


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