渡辺茂樹のいたちものがかり

ニホンイタチをこよなく愛するアスワット顧問/動物学者・渡辺茂樹のブログです!

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カワウソのみせ


イメージ 1   京都の寺町通りに カワウソ喫茶が出来た。住所は京都市中京区式部町259ー1の舟木ビル2Fで、三条と四条の中間あたりである。少し前までは"フクロウのみせ"があったルームで、それが店じまいして半年ほど後にオープンした。従業員は全て女性だったが、オーナー(不在)は男性らしい。客は私が入室した時は女性一人のみだったが、やがて10人程に増えた。私以外は全て女性で、異国びともいた。あ、入店料は1時間1500円である。その額はまあ妥当かな。でも…「これ、私の3食分だな」と、思ってしまった。

   在籍のカワウソは全てコツメカワウソAonyx  cinereaだ。カワウソ類の中では比較的小型のこの種は、アジア東南部に広く分布する。国別では…中国(大陸東南部と海南島)、ベトナム、ラオス、カンボジア、タイ、マレーシア、インドネシア(スマトラとボルネオとジャワ)、ミャンマー、バングラデュ、ブータン、ネパール、そしてインド(ネパール国境とアッサム地方とデカン高原西縁)である。台湾とフィリピンにはいない。RDB(レッドデータブック)ランクはVUである。

    この店にいる個体は全6頭で…内訳は成雄2、成雌2、そして幼雌2だ。幼雌2が双子である他は、血縁無しという。いまペットショップでコツメカワウソは大人気で、「早い者勝ち」とのことだ。そのルーツが少しく気になる。値段のことは、教えてくれなかった。「お客さんに売ることはありますか?」の質問には言葉を濁した。"フクロウのみせ"では即売する雰囲気だったが、少なくともそれはしてないようである。

   成獣の齢は聞きそびれたが、「これ以上は大きくならない」とのことである。体重は成雄が5〜6kgで、成雌は4kg前後だという。幼雌の体重は400g程で、いま生後1ヶ月半。店に来たのは半月前で、体重はその時に比べて倍増したという。それでもルックスは"如何にもこども"だ(写真1)。まずもって、"頭でっかち"である。そして、眼が(顔全体の面積に比して)ちっこい。鼻先が尖りが少ないこともある。 頭と鼻先のことは多くの哺乳類(の幼と成の相違)に共通すると思うのだが、眼の(相対的な)大きさはどうだろう?。とりあえず、ニホンイタチとシベリアイタチには共通する。イヌとネコはどうだろう?(わからん)。ヒトでは違うな。ニホンザルの幼獣も、眼がちっこくないように思う。

   餌はキャットフードで統一しているという。ドックフードを使わないのは、「カワウソはイヌよりネコに近いから」と、従業員は説明した。え?、そうだったけかな?…上科のレベルでは、イタチ科(カワウソを含む)はイヌに近かったのではないか?。ただ、昨今のDNA分類学では違うかもしれない。そもそも、分類学的類縁性と栄養要求性は必ずしも一致しないと思うのだが…このことはそれ以上追求しなかった。

   幼獣に与えるミルクも、やはりネコ用だという。生後1ヶ月半だとそろそろ離乳食を交えた方が良いのではと思うのだが、よくは分からない。イタチでどうであるかは、知らない。イヌやネコではどうだろう?。ヒトは?…と疑問が広がって、改めて己の無知を痛感する。

   「どれくらい生きるものですか?」と、従業員に尋ねた。10年程と聞いているとのことだった。野生での寿命は分かっていない筈だから、聞くだけヤボというものである。印象的だったのは、「病気になっても、獣医が診てくれない」ということ。え?、そうなのか?。野生動物の研究室がある日獣医大や麻布大でも、そうなのだろうか(?)。ただ近畿の大学は、獣医学が弱体だな。京産大の新設要請は、安倍晋三に蹴られてしまった。いっそ、加計獣医(岡山理科大学獣医学部)はどうだろう?。「世界最先端」を自称するならば、カワウソの病を治せてよい筈である。イメージ 2

   幼雌2頭は透明プラスチック箱に入れてあり、客には「触らないで」という注文がつけられている。成雄2頭はガラス越しの別室で、客との触れ合いはやはり出来ない(写真2)。人指を噛むことがあるからだという。成雌1頭は良く慣れていて、胴輪が付けられている。そしてその端を従業員が持ち、客との"触れ合い"をさせている(写真3)。「触ってもよいですよ」と言われたが、私は断った。野生哺乳類には(ペット化されている個体でも)みだりに触れないのが、その研究者の基本的スタンスと思うからだ。

イメージ 3   従業員はその成雌のおでこを撫で、「こうすると喜ぶのですよ」と言う。だが私は、「そうだろうか?」と思った。喜ぶ"ふり"をして、人間を喜ばせているのではなかろうか。この"読心"にはさほどの自信は無いが、「この娘(こ)は、我々が思う以上に人間の心を読んでいる」と思えた。決して触れずに"眺めているだけ"の私には、寄って来ない。寄りかけてチラリと私の顔を見上げたが、すぐに離脱した。触れて喜ぶ女性客の足元にはまとわりつき、あげくはスカートの中に入ろうとする。嗚呼羨ましい(冗談です)。従業員は「こうするのが好きなのですよ」と言うのだが、私にはそうは思えなかった。客が「そうされるのが好き」なことを承知していて、サービス精神を発揮しているのだ。別室の"噛むこともある"成雄はサービスが苦手で、マイペースなのだろう。あ、ただ、成雌の方も、それなりにマイペースのように思える。サービスの仕方がある意味"自分勝手"なのだ。このことは、フェレットにも共通する。イヌやネコのサービスは(比較して)自己犠牲的である。

イメージ 4   もう1頭の成雌もよく慣れているとのことだが、彼女は別の役割が与えられていた。水槽付きの別室で、"泳ぎ"を見せていた(写真4)。いま、上手に泳げるのはこの雌だけだという。泳法は体を上下に波打たせるもので、つまりバタフライだ。狭い水槽内を(一方向のみ)何度か繰り返し泳ぎ、しばし休息する。この行動も「 客が好むから」だろう。ただ客が視線を向けてなくても泳ぐので、やはり"それなりにマイペース"だ。

   睡眠は10時間とのことで、かなり長い。野生状態ではどうだろう?(わからん)。成獣4頭は一塊になって(毛布の中で)寝るそうだが、これは「野生状態では違う」ような気がする。飼育下では(やむなく?)親和性が大になる。そのことで"弊害が出る"ように思える。従業員の話では、コツメカワウソは飼育下で繁殖させるのが難しいという。それは、雌雄の親和性が過剰に高まる結果ではないか?。日常的に(過剰に)仲が良い雌雄間では、性欲が湧かないのだ。それはニホンザルの社会であることであり…人間社会でも、思い当たる人が多いのじゃないかと思う。

   肛門嚢は無いか、有っても小さいようである。飼育フェレットは出生直後に肛門嚢を切除するが、コツメカワウソではその必要は無いらしい。そして体全体の体臭も薄い。おそらくこの動物は匂いによるコミュニケーションをあまり行わない。そのぶん音声コミュニケーションが発達していると思われ、実によく"鳴く"のである。鳴声は(少なくとも)"チュンチュン"と"ギャアギャア"の2パターンがあるが、従業員は「5パターンは聞き分けられます」とのことである。"流石"だが…音波検出器を備えれば、我々もドリトル先生になれるかもしれない。なお佐々木浩(筑紫女学園大学)によれば、欧米ではコツメカワウソの音声コミュニケーションの論文がかなり出ているという。でも落胆することはあるまい。飼育の仕方によって、会話の内容はかなり変わるのではないか?。欧米の研究者は動物園と野外でしか調査してなくて、カワウソ喫茶は念頭外ではないかと思うのである。カワウソ喫茶における会話は…宮沢賢治の「オッペルと象」におけるトークのようなものでは?、と想像する。

   なおコツメカワウソは、口を殆ど開けずに発声することが出来る。その鼻声のボリュームはかなり大きく、そしてその時に鼻翼は殆ど振動しない。「器用なことをする」と思った。

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   初めにまず9月9日(日)の「中・小型食肉類ランチミーティング」のことを記す。ASWATのポスター発表と共に、其処で喋ることが私の本大会参加の主目的だった。テーマは「保全」であり…小型種ではニホンイタチ(のRDBランクのこと)と、中型種ではニホンアナグマ(の鹿児島県における大量虐殺)のことが語り合われた。問題提起者はニホンイタチが私で、ニホンアナグマは金子弥生(東京農工大学)である。

   "語り合い"といっても、発言者は限られていた。問題提起者以外で「論」を述べたのは、佐々木浩(筑紫女学園大学)と塚田英晴(麻布大学)ぐらいである。私が槍玉にあげた環境省からは酒向貴子が参加していたが、"論"と呼びうる程のことは語らなかった。そこそこの数が参加していた若手(20〜30代?)は、ほぼ無言であった。ひとつには、冒頭(のニホンイタチのRDBのこと)で佐々木と金子が激しく「やりあった」ことがある。若手は、それに「飲まれてしまった」のだろう。私の誘いで急遽参加した小林秀司(岡山理科大学)は、「はははは、いやあ、ビックリいたしました」との感想を(後日に)語った。中堅の年齢で「新世界ザルの新種の発見」という実績もある小林は、本来「学会でのやりあい」にビックリするほどウブではない筈だ。でも「事情をよく知らない」ことと、ランチミーティングという名称から「和やか」を連想した故にそう感じたのだろう。

   で、以下に"事情"を記す。ニホンイタチのRDB(レッドデータブック)ランクは、国際機関IUCNと日本環境省とでずれがある。それが問題の発端だ。IUCNでは最近NT(準絶滅危惧)に格上げになったが、日本ではその下のランクのままなのである。そして環境省に意見を具申する日本哺乳類学会RDB委員会…とりわけ会長の石井信夫(東京女子大学)は、IUCNの格上げに対して不快感を示しているようだ。佐々木の発言から、そのことが窺えた。

   この件で発言したのは私と佐々木と、そして金子の3人だけだった。それではミーティングの体を成してないゆえ心外だったが、まあ仕方ない。佐々木は石井の論を代弁する形で、「IUCNはニホンイタチを再び格下げすべし」と述べた。私はそれと真逆で、「環境省もニホンイタチを(IUCNに合わせて)NTに格上げすべし」という論である。金子は私の論に賛同しつつも、「IUCNと環境省とで判断が違っても仕方ない」というスタンスである。ならば佐々木は、反の論を私にぶつけるべきだろう。だが彼は何故かそれを回避し、金子を標的とした。それで話がおかしくなってしまったのである。

    で、この場で改めて石井の主張に反論する。佐々木は石井の論を代弁しているだけで、彼自身の本音を語ってないと思うからだ。その石井の論を一言で言えば、「ニホンイタチの現状はヤバくない。山にはいっぱいいるから」である。この論は、暗に「平野部では減少傾向にある」ことを認めることになるだろう。そして「 山にはいる」とはいえ、それは「限られた範囲で、その範囲は狭まりつつある」と私は思うのだ。この私の主張は"印象"のようなものであり、確たるデータは無い。でも「いや、狭まってない」とするのは"悪魔の証明"であり、それを実践するのは難しい。「利は我にあり」である。

   雑駁な調査だが…私は罠を用いてのラインセンサス調査で、ニホンイタチの密度を約1頭/kmと見積もった。だがその調査地は、私が「ニホンイタチが多そうだ」と判断して選んだ環境だ。そのような環境が「この10年間というもの、減っている」というのが、私の見立てである。「少なそうな環境」ではセンサスをしていないので、情報不足の感は否めない。だが"安全原則"により「やばいのでは?」と見立ててNT指定し、そのお墨付きを得て調査する。その結果が「やばくない」であればNT指定を解除する。その手続きを踏んでも、罰は当たるまい。

   そもそもRDB指定というのは種を保全するための"手段"であって、それ自体が"目的"ではないのである。石井はそのことを勘違いしているのではないか?。あるいは石井においては「動物のこと」はどうでもよく、「己の見栄」が多くを占めているのかもしれない。で、私は、司馬遼太郎の「坂の上の雲」における児玉源太郎の台詞を想起する。旅順の戦場で愚昧な少佐参謀に言い放った、「国家は貴官を大学校に学ばせた。貴官の栄達のために学ばせたのではない」…という台詞をである。

   ちなみに私の調査は専ら西日本におけるものである。東日本の状況は知らない。最近関東平野で糞採集調査が(あちこちで)行われていて、まあそこそこの数が採取されているようだ。だが罠捕獲調査は殆ど行われておらず、糞から密度を推定する試みは為されていないのである。そして糞がそこそこ採れる場所は、「多そうな環境を選んだもの」ではあるまいか?。広域的に粗密を調べての後でなければ、「関東平野では安泰」とは言い得まい。"分布の集中"現象の忘却は、動物生態の調査者がしばしば陥る穽である。

   それともう一つ、ニホンイタチの雌が「極めて異様な動物」である事象がある。体重平均が雄の約25%というのは、陸棲哺乳類としては世界最大だ。そして罠捕獲率と行動圏サイズは、いずれも雄の約10%である。罠で滅多に捕れなくとも、実際の個体数も同程度に少ないとはむろん言い得ない。だが「 雄は安泰でも雌はやばい」のことは有り得るだろう。ちなみに前出の密度1頭/kmは、雄限定の切り捨て数字だ。雌の密度は、約0.1頭/kmである。

   石井信夫が斯様な事実を知っているか否かは定かでないが…その脳中には、「論よりも感情」が多くを占めているように思えなくもない。ひとつの仮説だが、石井は私に対して含むところがあるのではないか?。私が嫌いな故、ニホンイタチも嫌うのではないか?。私は本来、このような"自意識過剰的"発想をする人間じゃない。そして、私と石井との接点は極めて少ない。けれども40年程前の「ある出来事」に、思い当たる節があるのだ。石川県の名人猟師若村進氏(故人)が絡む件で、そのことで私は「石井に嫌われた」可能性がある。私の方は「馬鹿な奴だ」と思っただけで、そのことを忘れていた。でも粘着質(であると思われる)石井は、今なおそのことを根に持っているのではないか?。だとしたら、私は声を大にして言いたい。「私を嫌ってもよいから、ニホンイタチを嫌いにならないで」…と、である。むろんこれは、前田敦子の言「私を嫌ってもよいから、AKB48を嫌いにならないで」のパクリだ。

   あるいはこの仮説はやはり私の自意識過剰で、石井は(私とは関係なく)「単にニホンイタチが嫌いなだけ」かもしれない。だとしたらそれは何故なのか?。彼自身の研究キャリアにイタチは関係しないから、その理由がわかりにくい。それで私は、もうひとつの仮説を設定する。元凶は、鳥類学者の樋口広芳(東京大学元教授)ではあるまいか?。樋口がニホンイタチを嫌っていることは確実だ。私は、本ブログの第3話「ウグイスとニホンイタチ、どちらが大事か?」でそのことを暴露した。その樋口と石井は、東大農学部農業生物学研究室の同門なのである。つるんでいてもおかしくない。

   この仮説の詳細は別稿にて記す。此処では…あの「赤トンボ殺人事件」に、東大(農生研)の陰湿な体質が関係することを指摘するのみに留める。

   ニホンアナグマの件では、"ビックリ"の事態には至らなかった。ニホンイタチの件では発言しなかった塚田英晴が「ともかく被害実態を調べる必要あり」と述べ、出席者全員がそれに同意した。ちなみに私は、「農業被害のことはかなり怪しい」と思っている。針小棒大的に(他種の行いの濡衣も含めて)言いたてているのではないか?。真の目的はジビエ…即ち、食肉利用による"金儲け"ではないか?。この仮説は本ブログの第43話「鹿児島県におけるニホンアナグマ捕殺のこと」で述べたので、お読み頂ければ幸いである。関連事は第46話と第66話、ならびに第108話でも論じている。

   以下は話題を転じて、ポスター発表のことを記す。コアタイム(昼の1時間に発表者がポスターの前に立って応対)に、私は3人の発表者と会話した。いずれも女子である。

   まずは、鈴木千尋(帯広畜産大学)の「CTを用いたニホンオオカミの頭蓋の定量的分析」。佐々木基樹(帯広畜産大学)、遠藤秀紀(国立科博)他7名の共同研究だが、アイデアを出したのは指導教官の佐々木と思われる。

   そのアイデアは秀逸だ。頭骨の形態比較をする場合、普通その外部のsizeとshapeが指標となる。内部構造は、壊さずとも測れる脳容積止まりだ。私は以前、太田恭子(当時名古屋大学大学院生)と共同でニホンイタチとシベリアイタチの頭骨形態を比較したことがあるのだが…その時もそうだった。だが鈴木(等)は、頭骨を壊さないと調べられない前頭洞容積に着目したのである。私も太田も、そのようなことは思いつきもしなかった。秀逸ならざるであり…つまり、我々は"凡庸"だったのだ。

  ちなみに前頭洞とは、前頭葉のことではない。副鼻腔の一つであり、人間では顔面中央(鼻の基部)の奥にある。所謂蓄膿は、この部分が炎症を起こすのだ。

   CTスキャナーを用いての鈴木の分析結果では、前頭洞容積は「ニホンオオカミが極端に小さい」とのことである。対して秋田犬は値が最大で、大陸産のハイイロオオカミがそれに次ぐ。なかなか面白い結果だ。

   個体差の有無を検討する必要があるし、機能的意味を考える必要もあるだろう。後者については、比較の対象を広げるとよいのではないか。イヌ科の他種はどうだろう?。あるいは、「ニホンイタチとシベリアイタチ(ならびに各種の雌と雄)で差はあるか?」と思う。ネコ科やジャコウネコ科と比較するのも面白い。Carnivora以外の哺乳類ではどうか?。哺乳類の枠を飛び出すのもよいだろう。

   「イタチ君  胴長短足  我が友よ  付き合い長く  心未だ見ず」…以前短歌に詠んだこの気分は、今も変わらない。でも以前より「少しは読める」になれたのは、私がいろいろな動物に関心を向けるようになってからだ。バン、カイツブリ、ヤマビル、そしてセミ類…の生態を(ささやかながらも)知ることで視野が広がり、そのことで"イタチを見る目"が少し変わったことを自覚する。

   次は、高山夏鈴(東京農業大学)の「シカ防護柵が各哺乳類に与える影響」。田村典子(森林総研:リスの研究者)、山崎晃司(東京農業大学:クマの研究者)が名を連ねる。柵の前にビデオカメラを設置し、「中型哺乳類とイノシシの移動も柵で妨げられる」ことが明らかになった。イノシシの場合、樹脂ネットは破壊する行動が認められたという。そして今後の対応として、「中型哺乳類御用達の通路」を(柵の下に)設けることが提案された。 イノシシについては"頑丈な柵を用いるしかない"という。それは高価だが、"安物買いは銭失い"ということですね。

   そしてもうひとつは、小嶋愛香(東京農業大学)の「ムササビの糞DNA解析の手法確立」。共同研究者は和久大介(東京農業大学)と、清水海渡(神奈川県公園協会)である。ムササビの糞は"正露丸"の愛称があり、他種が排泄した糞と紛らわしくない。「なのに何故?」と思ったが、DNAで種を判別するということではないようだ。個体識別が目的で…それは未だ成功していないようだが、「遺伝集団の判別は出来る」とのことである。

   小嶋には「ムササビのRDBランクは如何?」と聞いてみた。NT指定にはなっておらず…将来も(現状にさしたる変化が無ければ)その必要が無いだろうというのが、彼女の見解である。う〜ん、しかしそれはどうだろう?。遺伝集団が峻別される程に個体群が分断されているならば、"安全原則"からしてNT指定しても良いのではないか?。むろん書類上で「ヤバいです」と宣言するだけでは意味が無い。それに乗っ取って、「対策を講じる」ことが必要だ。だがそのことを此の場で主張しても仕方ないかと思い、小嶋をそれ以上追及することはしなかった。

   2日と半日に渡って大会に参加しての総合的感想は、「女子が増えたな」ということだ。とりわけ20代では、女子の方が多いのではないか。それは大変に結構なことである。平均的な(サンプルは多くない)印象では、「最近の日本の若者は女子の方が優秀」と思う。あるいは"真摯"とも言いうる。思想家松田道雄は晩年に、「私は女性にしか期待しない」という著書を(岩波新書から)出した。自身も晩年と自覚する私は、いま似た気分を持つのだ…という話、以前にもしたかな?。

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   今年の会場は、信州大学農学部(長野県伊那)だ。標高773mの高地に在る。期間は9月7日(金)から10日(月)まで。私は7日の正午前に到着し、9日の17時過ぎに帰路に就いた。

   ASWAT(私と福永健司)の出し物はポスター発表で、タイトルはシベリアイタチの育児行動について」(英題"Parenting  behaviour  of  Siberian  weasel")だ。ペアレントとはいうものの、実際は「雄は育児に関与しない」というのが結論である。ニホンイタチがそうであることは、既に(例数は少ないが)確認されている。シベリアイタチもそうと思われたが、不確かだった。それを(やはり例数は少ないが)確認した次第である。そのほか日周期活動パターンや運び入れる餌の種類、雌雄が出会ったときの行動などを解明した。例数が少ないのが弱点だが、それはおいおい克服したいと考えている。

   ポスター発表の会場には興味ある展示がいくつか有った。だがその紹介は別稿回しとする。まずは、7日 の14ー17時に催された自由集会「食肉目における哺乳類学と研究最前線」について。本企画は当初6人の講演が予定されていたが、北海道地震のダメージでうち3人が参加出来なかった。以下に、残り3人の講演内容を紹介する。

   まずは、鈴木聡(神奈川県立生命の星地球博物館)の「ニホンイタチとシベリアイタチの形態的多様性」。その内容は、私が以前に行っていたこととかなり重なる。新知見は「シベリアイタチの方が、ニホンイタチよりも変異性が大」か。「前者の方が後者より広域的にサンプルを集めたのにもかかわらず」というのは、興味深い。ただ、「サンプルサイズ(各種の個体数) に問題あり」と思えた。ニホンイタチにおける逆ベルクマン傾向(山イタチは里イタチよりも小)が考慮されていないのも、気になった。遺伝的変異と成長変異が区別されていないのも問題であり…そして最大のネックは、「雄しか調べられていない」ことである。ニホンイタチの雌は捕獲しにくい(ロードキルも滅多に手に入らない)のだが…斯様な困難を克服しない限り、「片手落ち」の感が免れ得ない。

    ならば「雌が謎の動物である」ニホンイタチはとりあえず神棚に上げ、シベリアイタチとの比較は同属別種(オコジヨ、イイズナ、ヨーロッパケナガイタチ等)で行ってはどうか?。あるいは同科別属のテン、アナグマ、カワウソ…更には同目別科のジャコウネコ類(ハクビシン、マングース、スリカータ等)と比較するのも良い。そのように視野を広げて調査し考察するのは、「決して無駄ではない」と思うのだ。斯様な博物学的スタンスは、鈴木(ならびに私)の母校たる京大理学部動物学教室の伝統である。私と彼とはかなり年齢が違い、最近は伝統がかなり失われているように思うけれども…出来たらそのことを心して欲しい。まして鈴木は、「博物館」の職員なのだから。

   次は、服部薫(北海道区水産研究所)の「ラッコと海洋生態系」。「ラッコの保全は地元ウニ漁民には迷惑」のことは(知ってはいるが)、改めて悩ましく思った。で、「ウニなんて贅沢品を食べることを、日本人は止めた方が良い」と発言したが、演者はスルーした。ま、そうだろうな(苦笑)。

    それと、「三陸海岸にはラッコは棲めない」ことを(そうだろうなとは思っていたが)改めて確認した。沖を流れるのが寒流ではないので、コンブが育たない。コンブはウニの主要な餌なので、ラッコに(間接的に)「食」を提供する。またラッコはコンブに体を巻きつけて休むので、「住」をも提供するのである。ただ…古(19世紀)にはラッコは陸上で休息していたと、アーネスト・シートンが記している。ならば陸上でサンクチュアリ的にラッコの休息場を作り、「住」を与えることは可能だろう。そしてウニの代替餌たる(三陸海岸で棲める)貝類を増殖させれば、「食」も克服出来るかもしれない。実践はさておき、思考実験として行ってみても面白いのじゃないかと思う。ただ実践は、しないのが無難だな。

   そして、金子弥生(東京農工大学)の「アナグマの匂い物質と社会行動」。飼育下での行動観察だが、なかなか面白い。昔、山本伊津子(元京大日高研所属)がタヌキで行ったことに似ているが、実験の組み立てがそれより遥かに緻密である。成果は未だ十分ではないようだが、今後に期待しよう。

   ちなみに私も山本と同じ頃、イタチで飼育下行動観察を企画したことがある。だが、断念した。野生のイタチは(ニホンもシベリアも)飼育が難しい。「個体維持」は何とか出来るが…種族維持、即ち飼育下で繁殖を行わせることは至難だ。つまり、日常的にストレスがかかっているのである。自称テレパスの私は、イタチの心も「ある程度は」読める。故に行動実験は、「余程工夫しない限り無理」と判断した。対してアナグマは、さほどストレスがかかっていないようだ。繁殖も、多少工夫すれば可能だろう。

    匂い物質の成分について。いくつか指摘されたものはいずれも鎖式脂肪酸であり、芳香族化合物(ベンゼン環をもつもの)はリストアップされていない。ベンゼン環は、哺乳類の固有の酵素のはたらきでは普通出来ない。そもそも「地球上で出来たのではなくて、宇宙空間で生じた」という(かなり怪しげな)仮説もあるくらいだ。それはさておき、ベンゼン環の多くはバクテリアの働きで出来る。アナグマの「親族の親和性」が「接触によるバクテリアの交換」(そのことで匂いが似る)で生じるという仮説があるようで、ならば「芳香族化合物が大きな意味を持つ」可能性はあるように思う。

   北海道組3人が地震のため参加出来なかったことで、急遽斉藤昌幸(山形大学)の講演が追加された。「都市におけるタヌキの食性と行動圏」の話である。食性については「糞には人工物が少なく、ミミズが多くを占める」ことが意外で、面白かった。関西の都市のシベリアイタチはそれとは異なり、ミミズは殆ど食べてないように思う。ただミミズは消化が良いので、ビノキュラーで剛毛の有無を確認しないとそうとは断定出来ない。ビノキュラーは高価だが、買わざるを得ないな。

   行動圏のデータには、不満がある。タヌキは基本的に雌雄ベアで行動する(哺乳類にしてはかなり珍しい)動物である。なのに、雌雄同時追跡が行われていないのだ。今後はぜひ、そのことにチャレンジして欲しい。そしてタヌキも「不倫する」…か否かを、確かめて貰いたい。

   引き続き7日の17時半〜19時半の自由集会に参加した。テーマは「都市における食肉目研究:生息地としての河川と道路の光と闇」である。5人が講演したが、以下には3人のトークのみを紹介する。

   まずは、塚田英晴(麻布大学)の「タヌキの交通事故個体を用いた食性の長期的変化から見えてくること」。塚田はこの場で…道路は(ロードキルの発生により)「個体群にダメージを与える」ことが"闇"であり、生じたロードキルで「サンプルが得られる」ことが"光"であるとの見解を示した。そしてロードキルで得られた(主にタヌキの)胃内容物も、やはり人工物が少ないことを報告した。

   次は平田彩花(東京農工大学)の「都立野川公園におけるホンドタヌキ」。タヌキが生きたカラスを咥えて去る場面が撮影され、そのことで「タヌキはスカベンジングのみならず、捕食も行う」という見解が述べられた。捕食とスカベンジングはしばしば混同される故、この指摘は重要だ。ただ此のケースに限っては、やや「?」である。そのカラスは、瀕死状態だったのではないか?。だとすれば、「限りなくスカベンジングに近い捕食」となる。

   「水辺のタヌキの行動」は面白かった。水深のある止水にはあまり関心を示さず、浅い流水には顔をつけるような行動を示したという。前者について平田は、「タヌキは水が苦手で、水深のある池では採食が出来ないからでは」という見解を示した。なるほど。後者の意味は示されなかったので、私は「水を飲むためでは?」と提言した。平田の解答は、「その可能性はあるが、画面でははっきりそうと確認出来なかった」であった。

   そして、金子弥生の「多摩川における長期調査からわかったこと」。初めにまず、キツネの営巣・繁殖が(最近に)確認されたことが報告された。結構なことである。対してニホンイタチは、減っているようだ。この20年来、多摩川(の中流域)は森林化が進んでいる。よってニホンイタチの主食であったアカネズミが減少し、その代替餌をニホンイタチは(十分には)見つけられていないらしい。つまり…「里山が減っても奥山が有るので、ニホンイタチの個体群は安泰」という環境省の論は、破綻に瀕しているのだ。この件は、次稿の後編にて改めて論じる。

  翌日の8日から、一般口頭発表が始まる。この日は私は、大河原陽子(琉球大学)の「胃内容物を用いたツシマテンの季節的な食性の量的評価」のみを傍聴した。

   口頭発表というやつは講演10分・質疑応答5分のみだから、中身が薄くなる。それとメモをし損なったので、「季節変化」の詳細を此処で紹介することが出来ない。ただ私は、季節変化よりも年次変化の方に興味をそそられた。「近年はネズミをあまり食べていない」ということにである。シベリアイタチ(対馬でのみ在来種)と「食いわけ」をしているかというと、そうでもなさそうだ。対馬では、シベリアイタチが激減している(らしい)からである。要はネズミ(多分アカネズミ)が減っているからだろうというのが、大河原の論である。シカが増えてその食害で下草が減り、ネズミの棲息環境が劣化したのではないかとのことだ。なるほど。ただ…ならばネズミのセンサスを、多少とも行うべきではなかろうか?。

   翌日(の午前)にも、口頭発表を聴いた。以下の3つをだ。

   まずは、辻大和(京都大学霊長類研究所)の「ニホンテンの食性の地理的変異とそれをもたらす環境要因」。その内容は、「広域における食性の比較」という意味でユニークなものである。そういうことって、案外やられていないのだ。イタチ(とりわけニホンイタチ)でも、そのようなことを行う必要がある。私は「最近、イタチ(たぶんニホン)の糞中にネズミの毛があまり入ってない」と思うのだけれども、それには地域差があるかもしれない。考察は、慎重に行う必要がある。

   次は、塚田英晴の「糞中のミミズ剛毛サイズから科同定ができるか?〜中型食肉目における採食量の量的評価の可能性」だ。これは面白かった。そして、自身のイタチの生態調査に「使いうる」と思った。糞内容分析調査では、「質」はわかっても「量」は判定しずらい。だがミミズは剛毛を除いてほぼ完全消化だから、採食量推定がし易いのである。むろん仮定に仮定を積み重ねてのことだが。

   最後は、佐々木浩(筑紫女学園大学)の「長崎県は対馬におけるカワウソの生息状況」だ。糞DNAを用いての調査結果は、「なるほど」であった。だがその結果を受けての「韓国からのユーラシアカワウソ導入を勧めたい」の案は、「?」である。私は外来種の生存権に対して寛容だが、それは「入ってしまったものは仕方ない」という立場からだ。新たに意図的に入れるのは、極力控えるべきと思う。もし行うにしても…事前に日本のイタチ科研究者とじっくり話合い、その了解を得る必要があるだろう。カワウソ研究者のみの独断専行は危険だ。

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   初めにまず、著者伊谷純一郎(1926ー2001 )の略歴を記す。ただしその多くは、著者の死後に出た「原野と森の思考」(岩波書店、2006)の略年譜に拠る。一方本書は著者の京大定年退官記念というべきもので、1990年に平凡社から刊行された。

   著者:伊谷は1926年(つまり大正15年にして昭和元年)に、鳥取市で生まれる。父は西洋画家である。おそらくその仕事の関係であろう。生後1ヶ月で京都に移住した。やがて京都府立第三中学校(現:京都府立山城高校)に進むが、第三高等学校(京大教養部の前身)には進学しなかった。代わりに鳥取高等農林専門学校獣医畜産科に入学する。成績不良の故ではあるまい。1944年という時代を思んばかれば、徴兵対策のためと思われる。知識層の出自ゆえ、「徴兵されれば(極めて高い確率で)"犬死"する」と読めていた筈だ。実学系の専攻に進めば、少なくとも前線には出ずに済むと判断したと思われる。

   この読みは当たった。1945年初に学徒動員令が発せられるが、伊谷の配属先は国内だった。兵庫県川西市の陸軍獣医資材支廠に勤務する。以後3年のことは(略年譜が空白ゆえ)不明だ。そして1948年4月に京都大学理学部動物学科に入学する。そこで、今西錦司というカリスマ(ないしはカルト)的生物学者と出会ったのが彼の運の尽き…じゃなくて、開運の始まりだった。

   当時は教養部なんて(無駄な?)ものは無かったのだろう。入学後直ちにJapanese  monkey(ニホンザル)の生態研究を始めた。今西の指導下で、宮崎県幸島にてだ。幸島のサルの「芋洗い文化」は有名だが、それは伊谷が発見した事象と思う。つまり彼は、学生時代に既に世界的業績を上げたことになる。このあと高崎山での調査も始める。そして大学院を出た後の1956年には、日本モンキーセンター研究員になる。京大理学部助教授になったのはその5年後の1961年で、35歳の時だ。助手の職を経てないのが(当時としては)やや異色だが、以後20年間助教授のままで据え置かれることになる。同じ研究室に池田次郎というあまり歳の変わらぬ人類形態学者がいて、教授として君臨していたからだ。池田教授と伊谷助教授をスタッフとする研究室は名称を自然人類学講座といい、Primates(霊長目)…即ちサル(monkey  and  ape)とヒト(human)を研究対象としていた。

   伊谷本人は、助の付く教授であることが凄く不満の人ではなかっただろう。そして1956年(つまりモンキーセンターに就職した年)には、アフリカでape(類人猿)の調査を始めた。初めのリーダーは今西錦司だったが、やがて伊谷が仕切るようになる。初めの調査対象はゴリラだったが、1961年(つまり助教授就任の年)にはチンパンジーに関心を移す。その頃、強力なライバルが出現した。オックスフォード大学系(ただし自身は高卒)の女性研究者:ジェーン・グドールだ。「チンパンジーは道具を使う」ことを発見した人である。その存在がプレッシャーになって…かどうかは知らないが、彼自身の調査対象はやがて「人類」にシフトする。ゴリラ、チンパンジー、ならびにニホンザルの調査は大学院生が行い、伊谷はそれを「指導する」立場になる。院生たちはアクティブに活動して多くの研究業績を上げるが、それは伊谷の指導力抜きではあり得なかっただろう。師の今西に代わって、彼自身がカリスマになるのだ。ただ今西とは違い、カルトには走らなかった。

   伊谷の人類学調査はタンザニアの農耕民トングウェに始まり、ザイールの主力採集民ムブティ(所謂ピグミー)、北ケニアの遊牧民トゥルカナ…とシフトする。その各々で大学院生を職業研究者に育てるが、カリスマたりうる者は現れなかった。サル研究においてもだ。今西は伊谷を育てたが、伊谷は(カリスマという意味では)誰も育てなかった。それは本人の資質の問題ではなくて、「時代の違い」なのだろう。

    伊谷が漸く教授に昇格したのは1981年だ。人類進化論講座という研究室が創設され、池田次郎が教授を勤める自然人類学講座から独立したのである。このとき伊谷は55歳だった。そして、以下より漸く本書の紹介になるのだが…このとき彼は、「体力の衰え」を感じ始めていたようだ。本書のあとがきに、「もし、真のフィールドワーカーとして徹しきれるならば、停年は55歳であるべきだというのが私の持論だった」と記し、更に「私は意気地なしで、自らの持論を実行できなかった」と述べている。そして以後三度アフリカに赴く。「その最初は、北ケニアの旱魃の年のトゥルカナの調査で、22回を数える私のアフリカ行のなかでもっとも過酷な体験を味わった。二度目もトゥルカナの調査だったが、右腕を骨折して帰国した」…という。そして三度目は、「ザイール盆地の熱帯雨林の中で発病し、地獄の敷居を片足までまたいだところで救出されて、多くの方々に大変な迷惑をかけることになった」…とのことである。

 へえ、知らんかった。そんなことがあったのか。ちなみにその年は1987年で、私はもう京大に居なかった。この「厄年」から3年後の1990年に、伊谷教授は京大を定年退官する。以後9年間神戸学院大学教授を勤めるが…その再就職先も(定年で)辞めて2年後の2001年に、死去した。死因は(略年譜には記されていないが)肺癌であると、風の噂に聞いている。

   伊谷が「地獄の敷居を片足までまたいだ」ザイール盆地は低地熱帯雨林で、海抜は100mにも満たないという。其処はボノボ(別名ピグミーチンパンジーないしはビーリャ)の棲息地で、加納隆至、黒田末寿、古市剛史らによって生態調査が行われていた。複数の雌が緩やかに群れを支配するこの動物の社会は、ある意味パラダイスと言いうるかもしれない。それ故にか伊谷は、「この森を訪れることは、私の長年の夢であった」と記している。そして、病床で考えたという以下の述が印象的だ。

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   なぜアフリカ大陸赤道直下の海抜百メートルにも満たないこの森林が、濃厚という表現とは裏腹の寂しい森だったのか。あの森林は新しいにちがいない。そして、これまで私たちが画いてきたこの大陸の自然景観の構造、コンゴ盆地が最も濃厚な森林に覆われ、そこから外に向かうほどに乾燥の度を増してサハラとカラハリの砂漠に至るという同心円構造は、再考の余地はあると思う。
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   この「ボノボの森」には土も石もなく、ベージュの細砂ばかりだったという。それで伊谷は、「もしさほど遠くない過去に、コンゴ盆地がカラハリ砂漠の続きだったとすれば、多くのことを根本的に考えなおさなければならなくなるだろう」と述べている。

   カラハリか…。伊谷の弟子である今村薫(現:名古屋学院大学教授)は、「砂漠に生きる女たち:カラハリ狩猟採集民の日常と儀礼」を(師の死後9年後の)2010年に刊行した。だが、謎は解けていない。彼女は人類進化論講座の出自だが、「進化」という事象にはさほどの興味は無いようだ。と、いうか…「いま在る(サルや"未開"のヒトの)社会を調査しても、人類進化の謎は解けない」と思っているのかもしれない。それは師の方法論の真っ向否定なのだが…伊谷自身も、晩年はそれに気づいていたような気がする。

   この記述がある章「アフリカの再考」が最も印象深いが…私は動物学者伊谷純一郎の真骨頂は、そのキャリアの後期の「人類進化論」よりも前期の「サル学」の方にありと思っている。と、いうか…私は「人類進化」よりも「動物の多様性」に関心大なのだ。私のサルへの関心は、より関心大の「Carnivora(食肉目)との比較」に限定される。本ブログの第90ー91話でその実践を行ったのだが、そのオリジナルは1988年に著した「人間の巣と動物の巣」(雑誌「建築美:極」載)だ。これを書くにあたり私は久しぶりに京大を訪れた。そして伊谷研の院生:岡安直比に、「サルの巣のこと」を教えて貰った。岡安は今村とほぼ同期で、当時博士後期過程の最終学年に在学中だった。

   「サルは殆ど巣を作らないが、原猿のあるもの(ガラゴ等)と、類人猿(のテナガザル以外)は作る。ただし後者は簡易移動ベット形式である」等…そのとき彼女が教えてくれたことの大半の出典は、本書の「霊長類の巣」という章であるようだ。初出は、「新建築学体系」月報9(1982)である。此処での伊谷の「考察」は、さほどのものではない。憚り「私の方が…」と思う。その違いは「Carnivoraとの比較」という視点の有無だろう。伊谷の論にはそれが無いのだ。ただ博物学的関心は大の人だったから、私が指摘すれば(私よりも上手に?)それを行ったかもしれない。

   その伊谷教授と、私は遂に一度も会話すること無く終わった。授業を聴くことも無かった。記憶するのは唯一…人文研で行われた(日高敏隆先生を交えての)シンポでの、「ミミズにも心が有るのだろうな」という呟きのみである。それまで「霊長類しか興味が無い」人と誤解していたので、少しだけ心を打たれた。

   本書の内容に話を戻すと…その他の章は、「法と行動」と「愛と性」が面白い。前者は、「私たちの類人猿の研究は、子殺し、共食い、集団間の雄の死闘と、資料が蓄積するにつれて不気味さが増してきた」…というセンテンスが印象に残る。ニホンザルについて述べた後者は、「 ある交尾期に頻繁に交尾を重ねた(血縁の無い)2種が、近接関係(依存や甘えが許される仲)に入った」のに「この2頭はつぎの交尾期に徹底して性交渉を避けた」…という記述が面白い。このニホンザルの生態について伊谷は、「最近流行りの利己的遺伝子説では解釈出来ない」と論じる。同感である。ヒトは利己的遺伝子説が(全面的には)適用出来ない唯一の動物なのだ。前者につれては…「子殺しは他の(サル以外の)動物にも多く見られるが、集団間の雄の死闘は案外珍しい。少なくともCarnivoraでは稀の筈」と指摘する。あるいはその死闘は、「戦争の起源」なのかもしれない。

    サル類の斯様な奇妙なbehaviourは、「ヒトにもよくある」ことなのだ。共食いは(現代は)稀だが、古にはさほど珍しくなかったことが知られている。現代でも、実質的な(肉を胃に収めることはない)共食いはしばしば行われている。つまり、ヒトは(デズモンドモリスが言うところの)「裸のサル」なのである。その一方で(栗本慎一郎が言うところの)「パンツをはいたサル」であるのが、ややこしい。


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京大理学部女子のこと

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   東京医科大学入試の「女子だけ一律減点」には唖然とした。男女を別枠で採り、その定員数に差をつけるのなら未だ分かる。むろんそれも感心したことではないが、差別を公言しているという意味で「正直」ではある。だが表向き平等を装って差別するのは、最早"discrimination"(英語で「差別」に対応する語)ではないだろう。dis‐は"crimination"(犯罪)を否定する接頭語だから、それは「犯罪には非ず」を意味する。けれども言外に「道義的には感心しないこと」を意味するのだ(ということは本ブログの第94話で述べた)。然るに此度の東京医大の行状はdis‐の付かない"crimination"、つまり犯罪であると思うのである。

   以下は話が変わる。我が母校のことだ。今なおと思うのだが、古の京都大学は女子学生が少なかった。ひとつの学年の合計3000人弱の中で、1割に満たなかったと思う。最多の薬学部で4割程で、次が文学部と教育学部の3割程か。ただ文学部は定員がこれらの中で最多ゆえ、絶対値は最大だ。法学部と経済学部は5分前後で、農学部と理学部は1割前後だったかな。工学部は1000人に近い定員中に一桁だから、5分にも満たない。医学部もそうだ。私が非常勤講師として授業(生物学実験)を担当した学年は、定員100人中に女子は僅か4人だった。

   農学部は定員が300人程だから、例年は30人前後の女子が含まれている筈だ。だが私が入学した学年は女子が異様に少なく、僅か7人しかいなかった。ただ入試成績の学年トップは女子で、食品工学科のHだった。何でそんなことが分かるかというと、入学式の時に各学部の総代を勤めるのは入試最高得点者だったからだ。ちなみに私はHとは、一度も会話することなく終わった。

   理学部の総代の性別は、記憶しない。でも女子ではなかったようには思う。理の定員は農より少し少なめの250人程で、女子は20人程だった筈だ。ただ私が理学部に在籍したのは大学院からであり、同学年の京大理女子とは全く面識が無い。

   斯様な「女子の少なさ」は、むろん入試の一律減点の所産ではない。さりとて、「女子は学力が劣るから」でもないだろう。「女子は本来的に数字や理科が苦手」と言う者が時々いるけれど、私はそのような神話は信じない。女子は、「受験勉強なんて馬鹿馬鹿しいことをやりたがらない」結果ではないか?。故に優秀な女子は、地頭の良さだけで(たいして努力せずに)入学出来る大学等にかなり流れる…のではないか?。異論はあると思うが、私はそう信じる。

   でもま、そのことはこの際どうでも良い。以下が本題である。

   大学院入試に合格したことで、私は初めて京大理女子とお知り合いになった。そのときちょっと異様に思ったのは、理学部は「学部学生が研究室に入って来ない」ことだ。1969年の「闘争」の前はそうでもなかったようだが…当時の理学部教員は、「大学院に合格した者のみ真面目に指導する」スタンスだった。学部学生対象の授業は至ってお粗末であり…つまり、絵に描いたような「大学院大学」だったのである。私は「それって、どうなのよ?」と思ったが…ともかくそれ故、初めは(極めて僅かの)大学院女子とのみ付き合った。ただし数年後には、学部学生とも会話出来る状況になる。

   大学院でもむろん女子はマイノリティで、例えば私と同期入学の30人は、全て男子だった。然るに異なる学年の女子院生の中に、村松研(免疫生物学)の稲葉カヨさんがいたことを記憶する。奈良女子大から来た稲葉さんは、後年に世界的生物学者として有名になる。だが当時は至って寡黙で目立たぬ人で、私は遂に一度も会話することなく終わった。ミーハー的な意味で、ちょっと残念である。

   対照的に割とよく会話したのは、同じ研究室の先輩Nさんだ。稲葉さんと違って、学部からの持ち上がりである。快活な性格で感じの良い女子だったが、頭脳のシャープさは感じなかった。「なんだ、京大理女子はこの程度か」という不遜なことを思ったことを覚えている。ただ人徳のようなものがあり…当時精神的にやや不安定だった私は、彼女の存在に随分助けられたように思う。Nさんはやがて川那部研(動物生態学)の院生と結婚し、その男が東京の某大学に就職するのを機に研究室を去る。博士の学位を取ること無しにであり、以後は専業主婦となった。シャープではなかったNさんだが、知性と教養は有った。研究者養成を強いられない大学の教員ならば、十分に勤まった筈だ。かなり残念である。

   以下には、「京大理動物の女子差別?」について記す。日高研(動物行動学)が誕生する前の京大動物の"華"は、伊谷研と川那部研だったろう。だがいずれの研究室も、女子院生を一人も輩出していなかった。あ、いや、伊谷研には一人だけいたな。ともあれ、大学院入試時に女子にはディスアドバンテージがある…という噂があったのである。

    私がBさんを知ったのは彼女が学部の4年生の時で、彼女は伊谷研を志望していた。でも前述の噂があり…それで気が強いBさんは、本人(の伊谷教授)に「本当ですか?」と問い質したようである。そのことが功を奏して(かどうかは知らないが)、Bさんは目出度く伊谷研の初代女子院生になるのだ。

   このことには注釈が要る。伊谷純一郎は(高名であったにも関わらず)20年間助教授のままで据え置きだった。だからその20年間の伊谷研は「半講座」だったのだ。1981年に新たな研究室「人類進化論講座」ができ、漸く(55歳にして)教授に就任する。Bさんはその2年後の入学で、名実共に独立した伊谷研の女子としては初代なのだ。

   そして僅かに遅れて、Iさんも伊谷研に入学した。 Mさんが犬山の霊長類研究所に入学したのはその数年後だ。そしてそれから更に少し後に、川那部研でも漸く女子院生が誕生する。YさんとUさんで、その年は女子2名(のみ)の同時入学である。この2人は、掛値無しの初代女子だ。

   当初は伊谷研と川那部研に女子がいなかった(前者は「極めて僅かだった」)のは、東京医大的な(女性蔑視丸出しの)メンタル故とは違うだろう。「フィールド研究は女子にはきつい」という配慮故じゃないかと思う。だがそのことは、女子本人には「大きなお世話」なのである。

   この2つの研究室の「女子解禁」の裏には、日高敏隆先生(故人)の"諫言"があったのではと想像する。彼は女子を、むしろ依怙贔屓する人だった。日高研の大学院入試では「女子に下駄を履かせる」という噂があり、それに対して男子院生から暗黙の批判が湧いたことがある。それに対して私は、「女子であることで割を食う今の時世に、ひとつぐらいそういう研究室があっても良い」と公言したことがある。ともかくそういう人だから、二人の教授に物言いをしたのじゃないかと思うのだ。

   院入試の実務段階で、点数操作が行わたことはあるまい。ただ噂を敢えて否定する言明は行われずで、それ故に女子が受験を自重して来た歴史はあったのじゃないかと思う。そもそも、ただでさえ女子が少ない学部なのである。

   はからずも伊谷純一郎と、川那部浩哉(存命)を"謗る"ような言い方になってしまった。でもそう思われるのは心外だ。女子への(当初の)対応は問題無しでもなかったが…いずれも優れた科学者であり、また"文化人"でもあった。川那部氏は存命だが、伊谷氏は2001年に他界する(享年75)。日高先生が亡くなったのはその8年後だ(享年79歳)。死因はいずれも肺癌であり、いずれもヘビースモーカーだった。最近は教養ある者は滅多に煙草を吸わないが、そのような社会風潮が成立したのは今世紀になってからだろう。70代で逝くのが早死にと見なされるようになるのも、今世紀になってからだ。

   京大理女子に話を戻す。あれから約30年の歳月が流れ、Mさんは京大教授になった。Iさんは名古屋学院大学経済学部教授で、Yさんは鹿児島大学水産学部教授だ。Uさんは奈良女子大学と福岡教育大学を経て、現在は滋賀県立大学教授である。そして「京大フィールド系女子のパイオニア」というべきBさんは某自然保護団体の要職に在り、母校の特任教授も兼任する。と、皆様順調にステップアップしているのだが…彼女らは「選えりすぐられた者たち」であり、例外的存在だろう。例えば…男子差別の観が無いでもなかった日高研では、女子は(研究者として)殆ど生き残っていないのである。

   京大の理学部生は、おそらく8割が「科学者になりたい」と願って入学して来る。けれどもその願いが叶う者は多くない。 まず大学院入試で振るい落とされる。大学院入試に通っても、将来は保障されない。とりわけ女子は分が悪いように思う。

   ところで、冒頭で私はNさんを「シャープでない」とくさしたが…そもそも(私から見て)頭がシャープな者なんぞは、この世に滅多にいないのだ。私の大学院同期入学(の30人)でそれに相当するのは、畏友新妻昭夫(故人)唯一人だろう。それでも大半の者は、その後に職業研究者になっている(私は例外)。つまり…男子は「そこそこ」のレベルでも職業研究者になれるが、女子は「相当な」でなければなれないのだ。

   大学院に進学しなかった理学部生の印象は概して薄いのだが、例外的に印象に残っている女子もいる。その一人で放射線生物学専攻を志望していたRさんのことは、本ブログの第103話で述べた。放射線生物学は不人気専攻だったから、受ければ必ず合格したと思う。そうしなかった理由に、ずっと後年になってから気づいた。2011年の3月11日の後にだ。

   福島原発事故の後に知ったことだが…理学部に放射線生物学専攻があるのは、京大と東大だけだという。そしてそのいずれも、"被曝研究"は念頭に無い。放射線のポジティブな"活用"がテーマであるらしい。そのことがRさんには不満で、おぞましく思えたのではないか?。私は彼女とはほんの少ししか言葉を交わしていないので、この推察に自信は無い。そして…Rさんがそのあと医学関係に転出して、改めて"被曝"の研究を行ったとも聞いてない。でも…童顔で、そして正義感が強そうな彼女のルックスを思い出しつつ、「そうあって欲しかった」と思う。

   動物学専攻以外の京大理女子は、全く知らない。ただ最近、旧友Hのパートナーが素粒子物理学専攻大学院生だったと聞いて「へえ?」と思った。此のことは、これ以上述べない。

   いま現在どうなのかというのは…なにぶん約30年間の御無沙汰故、不知である。ただ国立大学法人化と授業料大幅値上げは、日本の大学のレベルを大きく下落させた。京大理学部も例外ではあるまい。それでも「女子は未だまし」(下げ幅が少ない)と思うのは、贔屓目が過ぎるだろうか?。そうかもしれない。ただ、女子は(古も今も)差別されうる存在だ。そのぶん「反骨」というものがあり、反骨は活力に転じうる…と、信じたい。




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