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Kazuyoshi Tokumoto Official Blog

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追悼の意を込めて

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高須 則吉(たかす のりよし)彼との出会いは私が法政大学一年の時だった。
コムデギャルソンが好きという共通点から、仲良くなり話すようになった。
俺は法政大学一年そして彼は拓殖大学4年だ。同じ箱根駅伝を目指す選手だ。
私が知っている高須さんは、拓殖大学3枚看板の一人でそして主将。
拓殖大学全盛期を支えた立役者である。拓殖大学のなかで当時唯一打倒駒沢(優勝)に燃えていたという。また狙えるチームだったのだ。
全日本大学駅伝3位まで上り詰め箱根は本気で優勝を狙っていた。
東、高須、吉田と1区、3区、7区を走り堂々と走って見せた。

 実業団では、NECに入社。そこそこの結果を出すものの。しかし自分の走る場所はここではないと、移籍を決意。そしてNTNに移籍した。

 思ったことをはっきり言う人で、影でこそこそ陰口を言うようなタイプじゃない。
そして年下とか関係なく接してくれる。むしろ後輩思いの人だという印象を受けた。まして私のような、違う大学の一年生に、ギャルソンが好きだとというだけの共通点でいろいろ教えてもらったり、応援してもらったり、なにかあると話しかけてくれた。
陸上に対しても熱い人だった。とにかく走ることが好きな人で、話すことはたいていギャルソンか陸上のことだ。そして吉田くん(彼の親友)の話になると、話が尽きない、そしてその話をしているときの彼の表情はすごくいい顔をする。

そんな人なのだが、2週間前ぐらいに彼がガンに侵され、入院しているという話を聞いた。しかももう手の施しようがないという話だった。急にだった、私は何も知らなかったのだ。高須さんとは、NEC時代は同じ東京だったから、試合等なので結構合うことはあったが、NTNに入り、三重に行ってしまいなかなか会う機会がなくなっていた。その4日後になんとか彼のいる病院に行くことができた。
去年はあんなにぴんぴんしていたのに・・・・・。

 彼はまた走りたいと、ガンとたたかい、私たち競技者の気持ちを知っているからこそあえて迷惑をかけたくなく知らせなかったと言う。
彼はそこまで競技者としてプライドがあるのだ。そのことについても「悪かったな」と謝った。
いろんな話を聞くと、練習の疲れが抜けにくくだるい日が続いたという。
しかし彼は練習をやめなかった。おかしいと思いながらも、競技者なら誰でもあること。そう思っていたのだ。医者からは、肉類を食べるのを辞めなさいといわれても、食べなかったら陸上ができないと食べた。ここからは、私は思うことなのだが、きっとうすうす築いていながらも、走りたいという思いが彼をその行動へとはしらせたのだと思う。命が少しずつ削られようとも・・・・。

顔がはれ、おかしいと思い病院にいったときにはもう手遅れだったということも言っていた。
10000mを走って34分かかった時に、自分から退職を願い出たという。
陸上競技者にとって、走りたくても、まったく走れないことが一番つらく、ましてや実業団といういわゆる陸上最高峰の位置でやっているものにとって、自分の走りができないということは引退を意味するのである。これが彼の人生で一番辛かったことだろう。

人は、死を恐れる。そして悲観になる。しかし彼は、死との恐怖と戦い、私たちにその姿を見せず笑ってくれた。一番つらいのは俺たちではないのに。薬の効果が切れると意識がない状態になっていた。これは私たちがお見舞いに行けばそれだけ命にかかわることなのだ。それでも彼は、私たちに会ってくれたのだ。

このときはすごくいい表情をしていた。しかも一時間も話した。
そのときの彼の言ったことが私は忘れられないのだ。
一つはある約束を彼とした。私にできるかどうかわからないが、選手であり続ける限り頑張ろうと思う。また一つ私走らないといけない理由ができた。
死に直面しているのに、私を心から応援してくれるのだ。同じ競技者として果たして私ならこんなことがいえるのだろうか?そう考えてしまうぐらい彼の人としての大きさを感じた。だからこそ、約束を果たしたい。
そしてもうひとつ、冗談交じりに「俺が死んだら追悼日記でも書いてくれよ」と笑いながら言った。
私には、日記とかではなく、「俺のことを忘れないでな」というメッセージだと思った。
もちろん忘れるはずがない。こんなにかっこいい選手を・・・。死というものと戦い、命を縮めてまで走った選手など私は今まで知らない。
なぜ私が今こうして書いているのかというと、どうしてもこういう選手がいたということを知ってほしかった。

彼の人生は短かった。しかし、彼の生きてきた人生はとてつもなく意味のある人生だったと私は思う。
高須さんありがとうございました。
2005年4月28日永眠・・・・・。
心から高須 則吉さんのご冥福をお祈りいたします。

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このブログに感動というか心に響くものがありました。高須さんというランナーは知らなかったのですが同じランナーとして高須さんの人生を尊敬します。 今故障で走れなくて投げやりな気持ちになってたんですがそんな自分が情けなくなりました。 高須則吉さんのご冥福をお祈りいたします。

2005/4/29(金) 午後 8:58 [ poo*mi*k_t*a ] 返信する

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僕は今ケガをしていて走ることができません。ついさっきまで陸上を止めようかと真剣に思っていました。しかし、この文を読んで自分は情けないと感じました。自分より苦しんでいる人がいる。走りたくても走れない人がいる。もう一度やる気を取り戻してがんばってみようと思います!!ありがとうございます、高須選手、そして徳本選手。 削除

2005/4/29(金) 午後 10:25 [ YUーKE ] 返信する

この記事を読んでビックリしました。 拓殖時代からずっとみてきた選手でNTNでも活躍していたのに…そんなことになっていたなんて。 以前、「天国のダイスケへ」というドラマが放送されたときのことを思い出しました。 あの時も松本さんが「もう一度走りたい」という思いで病気と闘っていましたよね。 大好きなことを続けていけることの幸せさを改めて実感しました。 高須さんのご冥福をお祈りします。

2005/4/30(土) 午後 8:11 [ もっち ] 返信する

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はじめまして。tokujirouさんのBLOGから訪れました。以前から箱根駅伝ファンなので、この記事には驚きました。高須則吉さん・・・短すぎる人生、最後まで競技者としての誇りを持って、残された大切な人たちへの暖かい配慮を忘れずに旅立たれたのですね。

2005/5/2(月) 午前 1:31 pun*o2*99 返信する

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強い意志を持ち、最後まで「ランナー」としてのプライドを持って旅立たれた方だと思います。高須さんの意識、思いやりはランナーとしても1人の人間としてもすばらしいものだと思います 高須さんのご冥福をお祈りいたします 削除

2005/5/2(月) 午後 0:20 [ なお ] 返信する

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私はこの記事を見て、涙を流しました。短い人生の幕を閉ざされた高須則吉さん・・・陸上界の誇りとも称える人の一人なのかもしれません!これからこういう人のために尽くせるような大人に私はなりたいです。私も高須さんのご冥福をお祈りします。 削除

2005/5/4(水) 午後 11:24 [ めぐみ ] 返信する

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徳本さんと初男さんの書いた文を読んで、高須さんのご冥福をお祈りします。 私は、1月に「3年B組金八先生・13話」で金八さんが命の授業をやっていた事を見てその事を振り返りました。その時私が『人間・失格』で体育教師宮崎信一役を演じた斎藤洋介さん同様に3Bの皆に怒りをこらえ訴えていたと思います。 削除

2005/5/18(水) 午後 4:47 [ 駒澤特急沼津 ] 返信する

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私なんてその辺の市民ランナーですが、走るということに関しては思いは自分の中で確立しています。高須さんの走りへの思いに感動しました。ご冥福をお祈りいたします。

2005/6/12(日) 午前 7:37 [ inu**hashir* ] 返信する

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みなさんにそう思っていただけると書いてよかったとおもいます。はじめは書くのを迷ったんですけどね・・・。でもやっぱりこういう人がいたということで少しでも頑張って生きていかないとと思って欲しかったというか・・・・うまく言葉に出来ないです。今は彼の分まで精一杯燃え尽きるまで走ろうと思います。 削除

2005/6/13(月) 午後 8:30 [ ICHIZEN ] 返信する

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私は高須と高校3年間一緒に過ごした悪友です。大学に入った時も同じ東京に居たことで何度か遊んでおりました。彼が旅立つ2週間ほど前に会いそしてお互い涙しながらも懐かしい話しをしてきました。彼の手はとても暖かく生命のエネルギーを感じました。どんな状態であれ彼に顔を見せる事ができた事で自分の使命は果たせたと思っております。 高須!また・・・ 削除

2005/6/25(土) 午後 5:54 [ 悪友 ] 返信する

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私も高須君とは高校3年間を陸上部仲間として過ごしました。病室に会いに行った時に交わした会話は宝物です。そして会いに行く事ができてとてもよかった。陸上に出会って彼の人生はピカピカに輝いたのではないかと思います。その時間を少しでも共有できた事をとても大事にしたいと思います。陸上に打ち込む姿、本当に素敵だった。彼から頂いた言葉をしっかりと自分のものにできるよう努力していきたい。高須君、本当に頑張ったね。

2005/6/30(木) 午前 0:50 [ pnf*s*65 ] 返信する

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私も高須君と高校の同級生です。プライベートで遊ぶ仲ではなかったけどクラスも一度同じになりよく話もしました。しばらく前に人伝になくなったとの話を聞きびっくりしました。最後に会ったのは19の夏。浜松の街中で偶然会いました。もう10年前です。今私は中学の教壇に立っています。高須君の生き様を子ども達に伝え、高須君の思いを伝えたいと思います。

2005/11/6(日) 午後 10:32 [ ヒョーードル ] 返信する

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あれから早いもので1年です。 今日、お線香をあげに高須君のお宅に行ってきました。 これからも毎年会いに行きたいなと思っています。 駅伝の写真が何枚も飾ってあって、前におじゃました時も見たのですが、今日も何度も何度も見てしまって、高須君の奥様に「則君が(高須君)『あんまり見るなよ〜恥ずかしいじゃねえか〜』って言ってるかもよ(笑)」と言われたりして・・・少しずつ穏やかに時間は流れているのだと感じました。何度見ても素敵な写真なのでした。 削除

2006/5/8(月) 午前 0:52 [ pnfms665 ] 返信する

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ですね。すごく早いですね・・。静岡国際にいければ、私もいけたんですけどいけなかったです。高須さんとの約束があるんでとにかく走るだけです。なんかいろんな人たちの思いを背負って走ってるから自分は腐らず走れてるんだと思います。きっと高須さんも背中を押してくれてるんでしょうね。頑張ります。

2006/5/8(月) 午前 8:24 [ ith*zen* ] 返信する

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ですね!! 頑張って下さい!! これからもずっと応援してます!! 削除

2006/5/8(月) 午後 1:21 [ pnfms665 ] 返信する

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