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大職冠神社を出て、佐保川を少し遡ると、通称「福井神社」と呼ばれる新屋坐天照御魂神社 があった。 この神社の名前をスラスラと読める人はよほどの歴史オタクの人。 「にいやにいます あまてるみたまじんじゃ」と読めただろうか? そう「天照」を「アマテラス」と読まないで「アマテル」と読むのです。 私はてっきりこの神社を「天照大神」を祀る神社だと思っていた。 ところがそれが全くの間違いだとわかる。 社伝には、崇神天皇7年に天照御魂大神が当地に降臨したので、伊香色雄命に祀らせたのが 始まりだという。 神功皇后の三韓出兵の際、新屋川原で禊をして現在の福井の社を祀った。 凱戦後は、荒魂と和魂を西の川上(現在の上河原の社)と東の川下(現在の西河原の社)に祀った。 つまり同じ名称の神社が三座あることになる。 そして祭神は、天照御魂大御神、天照国照天彦火明大神、天津彦火瓊瓊杵大神となっており、 (西河原にある神社だけ祭神が天照国照天彦火明命、天児屋根命、建御名方命となっている) この天照御魂大御神は三島県主の祖神、天神玉命か、または饒速日命だというのだ。 三島県主の祖神だとすれば饒速日命の磐船で一緒にやってきた天神玉命が天照国照天彦火明大神、 つまり饒速日命と一緒に祀ってあることになり、私なりに納得することができる。 ところが日本書紀では次のような系図が成り立ち、天照御魂皇大神を天照大神だと解釈 すれば、天照大神 → 瓊瓊杵尊 → 火明命と繋がる。 つまり火明命からみれば天孫系の父親、祖母とすることで、何かを隠そうとしている意図が 感じられるのだが。 ┏ 火闌降命(ほすせり) (このはなさくやひめ)木花之開耶姫 ┃ ┃ (たくはたちぢひめ)栲幡千千姫命 ‖━━━━━━━┣ 彦火火出見尊(ひこほほでみ) ┃ ‖━━━瓊瓊杵尊(ににぎ) ┃ ┗ 火明命(ほあかり 饒速日命) 天照大神(あまてらす)━━ 天忍穂耳命(あめのおしほみみ) ‖ 誓約(うけい) 素盞嗚尊(すさのお)━━ 宗像三神(むなかた) ‖━━━━━━━━━━━━事代主神(ことしろぬし) 大国主神(おおくにぬし) (日本書紀) もう一つ興味深い話しがある。 太陽神、アマテラスは記紀の言うような女神ではなく、男神であったと一部の民俗学者は 述べている。 日本書紀によれば、アマテラスの元の名前は「大日孁貴(おおひるめのむち)」。 これは太陽神を祀る「日の巫女」で、太陽神の妻であったとしているのだ。 ところが記紀を編纂した時代背景(持統天皇と藤原不比等の関係)から、太陽神を 「日巫女」(持統天皇)に据え変えることでそれぞれの都合の良い歴史に塗り替えたのだと。 確かに天照の称号を冠する神社は、天照大神(アマテラス)を祀る神社はなく、 主祭神はすべて饒速日命なのである。 ・木嶋坐天照御魂神社 京都太秦 ・水主坐天照御魂神社 城陽市寺田 ・他田坐天照御魂神社 桜井市太田 (現在春日神社) ・鏡作坐天照御魂神社 奈良県田原本町 ・粒 坐天照神社 竜野市 ・天照大神高座神社 八尾市教興寺境内 ・天照玉命神社 福知山市 ・伊勢天照御祖神社 福岡県久留米市 御祭神:天照御祖神 ・阿麻氏留神社 対馬の美津島町 御祭神:照日権現 製鉄が行われていたようだ。 『先代旧事本紀』の饒速日尊の降臨の際にお供した船長、梶取の船子倭鍛師等 (祖は天津真浦)の鎮座地との説もある。 また、三座のなかで福井が真ん中にあり、そこを起点にすると、西河原の天照御魂神社が 冬至の日の出の方向に、 上河原の天照御魂神社から見て、福井の神社が、夏至の日の出の 線上に位置している。 このことからもこの祭神が太陽神であったことをうかがい知ることが出来る。 |
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難しいです〜!
2008/3/24(月) 午後 0:58
私も全くと言っていいほどわかりませんでした。
でも毎日のように接していると少しずつわかるように・・
「小さなことからコツコツと」by西川きよし^^
>菅さん
2008/3/25(火) 午前 8:39
大変参考になりました。私のブログにリンクを貼らさせていただきます。
2013/2/19(火) 午後 3:40 [ たいち ]
訪問&リンクありがとうございます。
>たいちさん
2013/4/14(日) 午前 8:26