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全国各地に妙見があるが、大阪府交野市にもこんな妙見宮があった。 ここへ訪れたのは七夕祭りの少し前、星にちなんだ伝説が残るこの地「星田」は、古くは 三宅庄星田村と呼ばれていた。 そこは饒速日命(にぎはやひ)降臨伝承が残る磐船神社と山ひとつ隔てたところで、 交野物部(かたのもののべ)の地である。 星田神社(ほしだ)の祭神は、住吉三神と息長帯姫命(おきながたらしひめ 神功皇后)となっており、 星田妙見宮は境外摂社として天之御中主大神(あめのみなかぬし)を祀る。 また境内にある摂社は、交野社若しくは古宮(もとみや)といい、饒速日命(にぎはやひ)、 須佐之男命(すさのお)、大雀命(おほさざき 仁徳天皇)を祀っている。 伝承によると、本殿の住吉神が祀られるよりも遥かむかしのこと、ここに一本の大杉があって 交野大明神(かたの)として祀っていたが、それが枯死したので、その芯を御神体として古宮が できたという。 大昔からこの場所に小さい祠を立てて饒速日命を祀った宮、すなわち古宮といわれる社があったが、 蘇我vs物部の戦の後、饒速日命を祀ることができなくなったので津守氏(物部系)の奉祭していた 住吉大社の神を祭神とした。 一方、星田神社の境外摂社である星田妙見宮(ほしだ)は、正式には小松神社(こまつ)といい、 星田神社より500mほど離れた妙見山にある。 9世紀の初めの頃、弘法大師が獅子窟寺吉祥院の獅子の窟に入って仏眼仏母尊の 秘法を唱えると、天上より北斗七星が三ヶ所に分れて降ってきた。 そのひとつは星田妙見宮の山頂に、そしてあとの二つは「星の森」と村の中にある「光林寺」に 落ちたといい、三ヶ所はちょうど八丁間隔だったので八丁見所とも呼ばれた。 この時からここを妙見として祀られるようになった。 という伝承を持ち、天之御中主大神(あめのみなかぬし)を主祭神とし、高皇産霊大神 (たかみむすび)と神皇産霊大神(かみむすび)を配祀している。 古くは岩座信仰(いわくら)の霊場のひとつだったようで、境内にはいくつかの巨石がある。 |
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星田妙見宮の巨石すごいですね。
誰が運んできたのやら?
信仰に使われたんですね。
2009/11/20(金) 午後 9:48
これからは度々、巨石が出てきますよ^^
きっと自然のもので、磐座信仰に使われたと思います。
>ちろさん
2009/11/25(水) 午前 9:34
おはよう御座います。
関連記事から来ました。
古代信仰の形ですか。ポチ
2013/6/9(日) 午前 6:24
お久しぶりです、あるくさん。
同じようなテーマですので、やはり同じような記事になるのですかね^^
ポチ、どうもありがとうございます。
>あるくさん
2013/7/8(月) 午後 1:43