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昨日は地元消防団による火災防御訓練があった。 私の所属は一関第7分団第一部。なかなか若い人材が集まらず、私らのような中年層が駆り出されるといった憫然たる現状だが、かといって訓練を怠る訳にはいかない。何故ならばもしもの時に役に立たないからだ。 火災予防の広報活動のみならず、出来るだけ参加するよう心掛けている。 今回の訓練も、昨年同様ホース先端部の筒先係として放水の先陣を切った。実践さながらの訓練とあって真剣そのもの。 今年の訓練場所は舞草神社である。 過去に1度だけ訪れたことがあるが、「こんなに遠かったか?」と消防車に同乗の団員らと述懐しながら、その順路を確かめ、細い砂利敷きの林道を慎重に進んだ。 訓練開始は午前9時。 社務所に火の手が上がったという設定で始まった。 舞草神社と云えば、知る人ぞ知る神社で、日本刀の研究者や刀剣を趣味にする人らにとっては熟知の場所だろう。 神社の境内から西の方角を見渡せば、弓弭(ゆはず)の泉を源に、流路延長約249km、流域面積10,150km²の東北最大、全国では4番目の一級河川、北上川の悠々とした流れが確認できる。その北上川の対岸には2011年6月に世界文化遺産に登録された古都・平泉町が一望できる。 今から一千年程前、この地を一世紀余も平安と栄華を築きもたらした奥州藤原氏(藤原清衡・基衡・秀衡)の時代、当神社界隈には刀鍛冶の集団が居を構えていた。 北方の王者として全国に名を轟かせ、慈愛に満ち、武勇に優れ豪傑の誉れ高き藤原秀衡公の棺には、この刀鍛冶らが作った舞草刀(もくさとう)が収められていることから、舞草刀に対する寵愛の様が伺えよう。 舞草刀は、それまでの主流であった直刀に対し、湾曲を基調とする湾刀を世に初めて出したことから、湾刀が主流の日本刀の源流として知られている。 その舞草刀に縁のある舞草神社は、西暦807年(大同2年)に創建され、過去に3度の火災に遭っている。 刀剣研究者や地元民にとっても貴重な財産であり、子々孫々に伝え、守らねばならないという使命感を大義に、地域貢献の一助となることを願うばかりだが、本音を云えば、兎にも角にも若い連中の消防団入りを願って止まない。 日本全国殆どの消防団は人手不足、後継者不足に悩んでいる。中でも我が一関第7分団第一部の団員は非常に少ない。 是非とも、気骨ある(なくともOK)諸君らの参加を待っている。 追記 その他の写真>> 【平泉FAN-TV】平泉のススメ# 53 奥州藤原氏を支えた刀 〜舞草刀〜 |
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おはようございます。
雪景色ですね〜
寒い中の訓練ご苦労様でした。
かつて、夫も5年間地区の消防団に。年末には連夜警戒に出ていました。
いざと云うときの為に普段の心構えと訓練は大切ですね。
でも、本職じゃないので怪我には気を付けて下さいね。
2015/12/8(火) 午前 9:00
あふみさん
ありがとうございます。
訓練の折り、ホースを担ぎながら上り坂を走りましたが直ぐに息が上がってしまいました。
然程の距離ではありませんでしたが、寄る年波には勝てませんね。
これでは有事の際は使い物になりません。残念ながら体力は落ちる一方です。
ただ、腕力だけは未だ若いもんには負けないつもりです。つもりですが。
2015/12/8(火) 午後 10:10