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宇美町は、ふるきよき時代の名残のある町です。ちょっと歩いてみました。 JR香椎線の終点宇美駅をおりると、駅前の広場に、巨大なUのシンボルが。宇美町のUでしょうか。 線路沿いの道を歩いていると、生け垣の間から、二宮金次郎が見えました。 最近は、見なくなりました。私が子どもの頃は、小学校には必ずありました。 これは、小さな会社の玄関脇のようなところだと思います。 けっこう大きな庚申塚です。これも高度成長時代に、道路拡張で、ほとんどが撤去されたそうです。 これは、宇美川の桜を撮った橋のたもとにありました。 安永二年と書かれているので、江戸後期の1773年のようです。 子どもの頃は、どぶと呼んでいましたが、きれいな水です。水路と呼ぶほど大きくはありません。 でも、こういう光景も、珍しくなったと思います。子どもの頃よく遊びました。 宇美八幡宮の斜め前あたりにある造り酒屋さんです。 いつ頃の創業ですか?とうかがうと、「江戸後期」という答え。寛政4年ということなので、 先ほどの庚申塚が作られた9年後あたりのことのようです。 このあと、博多に戻っていとこと会う約束だったので、あまり大きな瓶のお酒は買えそうになく、 小さな瓶の冷酒を買い求めました。 宇美八幡宮の真ん前にある2軒の家。 古くて、私が子どもの頃からあったのではないかと思うような家です。 いつ頃の建物かは定かでありません。 でも、古いです。 駅の方へ歩いていくと、千鳥饅頭のお店が見えました。 私が子どもの頃の九州では、この千鳥饅頭とひよこが、双璧でした。 このお菓子は、私が物心ついた頃には、すでにありました。 ということは、もう50年以上売られているお菓子!すごい! と思って、ネットで調べてみたら、なんと370年以上だそうです。 1630年に、カステラと一緒に、ポルトガルから伝わったお菓子だそうです。 ちなみにこのお店は、江戸初期の寛永7年(1630年)創業なのだそうです。驚きです! 宇美の町を歩いて、宇美八幡宮だけでなく、子どもの頃の町並みを彷彿とさせる場面が多くあり、 何となく懐かしく、ちょっとタイムスリップした感じでした。 ネットには、宇美町は昭和30年代、石炭産業の衰退と共に、町も衰退したと書かれていましたが、 その後、繁栄しなかったために、昔からの物が多く残っている町なのだわかりました。
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