東京に戻ってきた元学部長のつぶやき

スペシャルオリンピックス夏季世界大会アテネに行ってきました

萩・津和野・岩国の旅

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津和野を後にし、島根県から再び山口県の岩国をめざします。

岩国は、広島(安芸国)を治めていた吉川(きっかわ)家が統治した土地。

毛利元就の次男(三本の矢の話のうちの一人)元春が吉川家に養子に入り、

毛利家との関係ができたそうです。


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187号線を高津川とともに、ひたすら南下して、岩国に入ります。


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岩国といえばなんといっても、錦帯橋です。

橋が流されないよう、このような特殊な形になったそうです。


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ちょうどお昼時だったので、宇野千代作「おはん」の舞台となった料理旅館「半月庵」で

岩国寿司をいただきました。ミルフィーユのように、何層にもなったちらし押し寿司。

特産の蓮根や穴子がたくさん入っています。化学調味料などを使わないで作っているそうです。

美味しかった。


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吉香牡丹園のボタン。吉川は「吉香」とも書くようです。いろいろな種類のボタンが咲いてました。


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ツツジもきれいでした。


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お堀の橋の下で、白鳥がたたずんでいます。


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山城岩国城が、山のてっぺんに見えます。


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ロープーウエーで登っていくと、岩国城が間近に見えてきます。


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岩国の街を一望します。大きく蛇行する錦川。中央下の方に錦帯橋が見えます。


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アヤメが見頃。


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岩国のアオサギ君は、錦川のほとりで、蔓のブランコに乗っていました。


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宇野千代さんの生家のお庭です。右に葉っぱだけ見えているのは、千代もみじだそうです。


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岩国から山陽道で一気に空港のある河内まで行きましたが、まだ2時間ほど時間があるので、

インターで降りて、お気に入りの忠海へ行き、瀬戸内の島々の風景を堪能し、

カフェホックストンで、夕日を眺めながら、食事をしました。

盛りだくさんの旅も、そろそろ終わりです。
津和野には、豪華ホテルや超高級旅館というのはありません。

素朴さが売り物のようです。

私が泊まった旅館も、華美ではなく、郷土料理のような素朴なお料理を出してくれるところです。


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お部屋についている露天風呂です。風がよく通って、とても気持ちがいい温泉でした。

貸しきりの大きな露天風呂もとてもよかったです。星空を眺めながらゆっくり温泉につかりました。


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お部屋や、ちょっとした宿の空間には、至る所にお花が飾られ、和ませてくれます。


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前菜は山菜を中心に作ってくれています。中でも、焼生麩の蕗味噌田楽が食感もよく、美味でした。


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スッポンのダシで作った山菜のお吸い物。コクがあり、甘みがあります。

スッポンは滅多にいただきませんが、こんなに甘みが出るのは知りませんでした。


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アマゴの塩焼き。隣の杯に入っているのは付け酢ですが、普通のタデ酢などのようなものとは違い、

おだしがよくきいていて、とても美味しい。


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豆乳鍋。海の幸、山の幸が美味。

本当は、このあたりで、山菜の天ぷら(コゴミ、タラの芽、ユキノシタ、タンポポの花など)が

でたのですが、食い気が勝り、写真を撮るのを忘れました^^


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筍のおまんじゅう。筍のしゃきしゃき感とワカメのこりこり感が美味でした。


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蕗ご飯。先日、広島のお店で、ツワブキの煮物をいただきましたが、ちゃんと蕗の風味がしました。

津和野は、ツワブキの本場ですからね。ツワブキの野が縮まって津和野となったそうです。

でも、これは正真正銘の蕗を使ったご飯でした。

このあと、ゆずのシャーベットがでましたが、山の幸、海の幸でとても美味しくいただきました。


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これは、アオサギの愛ちゃん。もう7年もこのお宿に飛んでくるそうです。

最初は巣立ったすぐの頃、池の鯉を食べに来ていたそうですが、

女将が魚のあらなどの餌を与えたら、鯉はねらわなくなったそうです。

足湯が大好きで、ここが彼女の定位置だそうです。

つがいになっているそうですが、オスの方は近寄らないそうです。

なんだか、野生のエルザを思い出すストーリーですね。

そのうち、子どもを連れてくるといいですね。
萩の東光寺を後にし、11号線をひたすら北上すると、2時間弱で津和野に着きます。


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11号線は、川沿いを走ります。新緑の山々は、いろいろな緑があり、モザイク模様のようです。


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津和野近くの民家。東広島の民家と似て、赤瓦を使っていますが、

よく見ると、家の構造や建て方は違います。東広島に比べて、簡素な造りになっています。


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津和野の町に入ってすぐにあるのが、森鴎外記念館。シャガがきれいに咲いています。


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森鴎外が小さい頃暮らした家が、記念館の隣にあります。

鴎外の父は、津和野の藩主亀井家の御殿医だったそうですが、小さな家で、とても簡素です。

鴎外の母は、森峰子という人で、私の親戚と同姓同名でした!


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さて、鴎外記念館の駐車場から車を出して、町の中心に行こうとしたら、エンジンがかかりません。

「やっぱり」と思いました。古くて、10万キロも走っている車なので、遠出には不安がありました。

真ん前が修理工場だったので、見てもらいました。

なんとライトの消し忘れ。トンネルがあるからね、と修理工場のおじさんにいわれました。

車のせいにしていたら、じつは自分の不注意でした。

平成5年生まれのスターレット君、ぬれぎぬを着せてしまってゴメン!

駐車場の外には、珍しいピンクのフジが満開でした。


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津和野は南北に細長い町です。13号線沿いに町並みができています。

その真ん中あたりの山の中腹に、ひときわ目立つ神社があります。

太鼓谷稲成神社です。日本の5大稲荷の一つだそうです。

萩の旅館の仲居さんが、お正月には行くので、ぜひ寄ってみたらと教えてくれたところです。


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神社の境内から見た、津和野の町。まるで、安野光雅さんの絵の世界です。



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町の北に位置する津和野駅近くに、安野光雅美術館に寄りました。

企画展は、澤地久枝さんの本の装丁の原画展でした。

昔から安野さんの絵本は好きでよく見ていましたので、念願の美術館でした。

安野さんの絵は、緑のイメージですが、あの緑は、津和野の緑そのままでした。納得。


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安野光雅美術館のすぐそばに、鯉で有名なお米やさんがあります。色とりどりの錦鯉がみごとでした。


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津和野にある4軒の酒蔵のなかで最も古い享保2年(1717)年創業のお店です。

ご主人の奥様に、話をうかがうことができました。ご主人に先立たれ、後継ぎもなく、

経営を続けるのがなかなか難しい、とこぼされていました。

お一人でお住まいの酒蔵は、大きすぎるようです。

たまに観光に訪れる者にとっては、ゴールデンウイークとはいえ、

静かな山あいの町でとてもいい感じでしたが、そこで生計を立てている人にとっては

難しい問題をはらんでいることに気付かされました。


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町中でひときわ目立つ伊藤薬局。江戸時代からの薬局で、一等丸という胃腸薬を森鴎外が気に入り、

日露戦争に持って行ったという薬局です。昔ながらのお店はさすがです。


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津和野の町並み。萩ほどの華やかさはなく質素ですが、城下町のたたずまいは残っています。


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津和野町合同庁舎です。教育委員会の看板も見えいていました。


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6月になると、津和野では蛍が飛び交い、あやめが満開になるそうです。

しかし梅雨時ということもあってか、観光客はばったり来なくなるそうで残念なのだそうです。

よく、萩・津和野とセットにして扱われることが多いのですが、まったく異なった町で、

山あいのしっとりと落ち着いた小さな町津和野は、萩とは違った素朴な良さが残っているところです。
萩は比較的大きな街なので、まだ見ていない所がありました。


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旅館を出ると、比較的近くに外堀のようなものがあります。

実は、洪水を防ぐために掘られた水路だそうです。


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萩城は、明治7年に解体されています。薩長は、廃藩置県を唱えていたので、

藩の象徴である「城」を自ら進んで解体したのだそうです。もったいない...

左端が天守閣跡。奥の指月山にも山城があったそうです。


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城跡に毛利家を祀った志都岐山神社があります。

この神社は現在、宮司さんがいないので、萩市内の春日神社の宮司さんが管理しているそうです。

たまたま、その宮司さんにお会いして、萩の成り立ちや歴史について、詳しくお話をうかがえました。


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菊ヶ浜から見た指月山。萩城は、三方が海で、海に突き出したところに築城されていました。

このあたりは、夏は海水浴場になるそうですが、とてもきれいな海でした。


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街の中央部に戻って、藩校の明倫館跡を見学。木戸孝允など明治維新で活躍した多くの人達が、

ここで学びました。ここは、その跡地に建っている明倫小学校。古い木造の建物で、

今でも現役の小学校です。さすがに歴史の街ですね。他では考えられないでしょう。


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萩の街の東端、松陰神社の奥に、東光寺があります。興味深いことに、ここには、毛利家の奇数代の将軍

とその家族が祀られています。偶数代の将軍たちは、大照院というお寺に祀られているそうです。


このあと1号線を北上して、津和野に行きます。
半日、萩の街を動き回り、夕方やっと宿にたどり着きました。


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毛利氏の三の丸屋敷跡に建てられた旅館です。


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和室とリビングからは、きれいな日本庭園が見えます。

窓を全開にすると、温泉のお風呂が露天風呂に。


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山海の珍味の前菜。地酒は冷酒の銀嶺。さっぱりした飲み心地でした。

あとは、見蘭牛づくしで、生のサラダ仕立て、しゃぶしゃぶ、ステーキでいただきました。

見蘭牛というのは、古くから萩見島で飼育されていた国の天然記念物である「見島牛」を父親に、

オランダ原産の身体の大きい、「ホルスタイン」の母親を交配させた牛で、

繊維質の細やかな、とてもきれいな霜降りのお肉でした。

ちょっと、食べ過ぎですね。

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