会社勤めに疑問を抱き、教員への道を歩むと決め、「そのために必要な経験は何?」「自分のやりたかったこととは何?」と考え、「協力隊」というキーワードに行き着いたのが3年前。所長会議の資料作成に追われ終電で帰りながら協力隊1次選考へ出願、所長会議を仮病で休み2次選考を受験し、地元の教育委員会で講師の面接を受け内々定を頂き、大阪の会社を辞め、半年間三重の中学校で勤務、2カ月間駒ケ根で協力隊訓練、チリへ到着し1カ月バルディビアで語学訓練、任地ディエゴ・デ・アルマグロへ着任し、あっと言う間に1年11カ月。チリ生活も残り2日。
着任前は、駅伝大会を開催したり、他地区と合同練習したり、南米大会まで勝ち進んだり…、なんてことを夢想してたけど、任地ではそのどれも達成できずに終了。体育の授業では「授業内容を魅力あるものにすれば、生徒はついてきてくれる」と思ってたけど、そうではなく「授業が成り立つかどうかは、生徒の生まれ育った家庭環境やその土地の文化価値観に大きく左右される」と痛感。
結果を求めていたつもりではないけど、何かに焦ってて、授業の度に問題児たちに妨害され、理想の姿から遠く離れている状況を見つめては「何しに来たんだろう…」って思う日々を過ごしてた。教育の本質みたいなものを見てなかったんだろう。例えば、生徒がよくなついて授業も成り立っている教師がいるとして、僕がすぐにそんな教師になれるとしたらそうではない。生徒と向きあって何百もの課題に一緒に取り組んでいるからこそ信頼される教師になるんだろう。だから、大学の仲間で、教員さらには学級担任をしている方々を心から尊敬する。
残り半年となった2009年12月に苦肉の策でクリスマスの飾り付けを折り紙でやってみたらウケが良く、夏休み明けから図工や美術の時間で折り紙や切紙を始めたら、やりたかったことの一部ができるようになった。
できない理由をあげたらキリがない。「躾ができてない、文化が違う、言葉が違う、モラルがない、政治が悪い、チリ人教師が悪い、etc…」自分ができない理由を外に探すといくらでも探すことができる。だからしょうがない、と言ってしまえば気休めにはなる。しかしそうしてると何も成長してない自分がいることに気づく。どうしようもないことばっかりだけど、その中からどうしようもあることを探して、どうにかこうにかやっていく。その痛みを伴う作業こそが自分を磨くこと。
自分の能力では、体育隊員として臨んだ結果に2年間で「間に合わなかった」。語学・生活に慣れるのが精一杯の時期→授業してみたところうまくいかない時期→試行錯誤してもどうにもならない時期→折り紙をやってみて見通しが明るくなった時期→○○→●●→…。「○」や「●」の部分にきっと、私が2年前にやりたかったことが入ってくるのだと思う。私では2年間では短かったということ。自分が描く未来へ行き着くためにはいくつもプロセスがある。実は目標に向かうそのプロセスが一番充実してて、その中で腐らずに継続できること、それが生きる力のように感じた。
活動の締めくくりとして日本展を開催した時、準備はとても面倒くさかった。けどそれは自分が今までやってこなかったこと。自分で企画して実行まで責任を負うことは苦手で、特に人を巻き込んでやる活動には後ろ向きだった。新しいことができるようになること、それが成長ってことなんだと思う。開催してしまった後、その成功に浸ってると、自分を緩ませることになるともわかった。だからやる気が出てくるような環境に身を置き続けることが大事。
仮に「チリ人との交流を現地で深めたい」と思っても、それはチリにいなければ達成できない。今の私にはインターハイに選手として出場はできないが、指導者としてなら可能性はある。それぞれの年齢・立場・場所においてできることが変わってくる。「今しかできないこと、今だからこそできること」ということを2年間で強く意識するようになった。
私の任地の配属先は「なんでもしてもいいよ」というスタンス。だから「自分には何ができるんだろう」と自分を見つめざるを得ない日々が続き、その日々から自分が「周りの期待に応えられるほど能力も経験もない」ということに気づいた。「自分はこれができる」ってことは何かと考えたら、10年やってきた陸上があり、結果的にそれが自分を支えることになった。改めてこれまで走ってきてよかったと思った。私にとっては走ることが支えになった。将来は生徒たちに自分の支えになるようなもの(スポーツでも芸術でも)を探す手伝いができる教師になりたい。
つい最近、現地語学訓練でお世話になった先生であり友人でもあるチリ人に会ってきた。都会での暮らしを避け、電気も水も通っていない田舎に住むその友人との会話は私の考え方を広くしてくれた。最後に別れる時、「チリのために2年間を捧げてくれてありがとう」と言われた。「もっとできることがあった」と思う自分がいて悔しかった。そんな自分にそんな言葉をかけてくれる友人を持ってよかった。まだまだ自分は人に世話になることの方が多い。これから数年は「自分にはコレだ、これができる」と言えることを深く広くしていくことに集中していきたい。次の一歩を踏み出すために、この2年は自分にとって必要な2年だった。
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