よい病院、よくない病院の見分け方[石井友二]

地域になくてはならい病院になるために.。そして病院職員が安心して患者さんのために働ける病院となるために

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明日退院します

 明日やっと退院することができます。この大学病院には3度目の入院でした。1度目は3年前の胆のう摘出で60日間入院、2度目は数日ですが尿管結石、そして今度は一部腹膜炎、虫垂炎切除で11日という感じです。いつもぎりぎりまで入院せず、予定入院は尿管結石だけという離れ業で、通常よりもながめの入院になっています。胆石から胆のう炎になったときには数カ月放置していたので、検査も含めて2回の入退院を繰り返し、とても大変な思いをしましたが、今回も意を決して仕事を休み病院の外来に行き即入、緊急手術となったのでした。
破裂寸前の化膿した虫垂炎を小腸がぐるぐる巻きにして、腹膜炎が広がらないように抑えてくれていました。
CRPは20近い状況でしたが、不思議と緊急手術といわれたときに、痛みがないように感じたのはそのせいかもといわれました。医師によれば、もう少し遅ければ閉塞が起こり、腹膜炎が広がり、腸を切って縫合せざるをえない可能性があったということでした。

 ただ、誤解の内容にいえば、診療所はいつも受診していて、投薬をしてもらっているのですが、振り返ると結局は腹痛の原因が分からず、今回も通院を続け悪化しています。

 大学で医師に、診療所に通院していたときのデータを見せると、主訴とこの所見は明らかにそうでしょう、と言われました。複数の診療所、それも懇意にしているかかりつけ医での診断が違っていたというのはとても切ない思いがあります。患者の立場に立つとやはり設備がそろっていて迅速診断ができる病院に行きたくなる気持ちが分かります。
 現状をどうしなければならないのかということについてはここでは触れませんが、私たちには何ができるのかを考えなければならないと思っています。

 いずれにしても、この病院は看護師さんが訓練されていて、気遣いも心地よくベッドで体を動かせないときにも、本当によくしてもらいました。確かに看護師さんとお話しをしていて、患者用パスもないし、バリアンスマネジメントも行っていない、目標管理は賞与に影響させない、といったテーマはあるものの、一人ひとりの思いが患者に対する行動としてできあがっていて、どの看護師さんも皆気持ちのよい看護をしてくれました。
 ここで学んだ看護師さんが数年たつと地元や他の病院に移っていくのですが、同じ環境はないとしても、行った先々の病院で活躍するのだろうと思うと、とても安心した気持ちになることができます。

 なお、教授を始め、何人もの医師にも細やかに対応していただき、大変感謝しています。皆が誇りをもち、チームで対応してくれていて、それももちろん一番の安心材料であったことは明らかです。

 またまた患者さんの気持ちにほんの少しだけなることができる機会をもらい、ありがたいという思いで明日退院を迎えます。来週から元の生活に戻りますが、こんどこそ毎週休日をつくり、その時間を他の曜日での仕事を集中することで取り戻す作戦で活動していきたいと思います。弊社社員やクライントの方々にも迷惑をかけ、また多くの方々に助けられて生きられていることに感謝し、だからこそ健康を維持するために、学習を積み重ねながら、できることをしっかりと行えるよう頑張りたいと思っています。
 ありがとうございました。

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医療の継続は利益です。利益が出ない医療は、どのように優れていても継続できません。自治体病院であれば税金でその損失を補てんすることができると考えているでしょう。しかし、それは地方財政の疲弊とともにはかない夢であることが夕張や銚子の事例で明白です。特殊な事例ではなく、他の自治体でも人口減少による経済破綻が医療機関の存続を危うくしているのは周知のところです。いわんや民間病院においては、適正利益の出ない病院が残り続けることができるわけはありません。優れた医療は医療そのものだけではなく、マネジメントをも含んだ定義です。明確なヴィジョンをかかげ、職員をモチベートし、地域住民や地域医療機関や介護事業者を巻き込んだ活動ができている医療機関がこれからの地域を支え、患者や利用者から評価される証として利益を得て存続し、そうではない組織は存続ができなくなることは明らかです。マネジメントを侮ってはなりません。優れたリーダーがいる病院はロジックが分からなくても自然に人が引き付けられ組織がうまく回転し、成果をあげることができます。しかし、そのリーダーが組織からいなくなったらどうか。あの院長のときには、あの部長のときにはうまくいっていたのに。ということでは優れた医療を継続することはできません。マネジメントシステムの重要性がここにあります。大きな組織でなければ、それは導入できないと考えているリーダーがいれば、それは間違いです。人はどうしても楽なほうに流れる傾向があります。なので、内面から湧き上がる能動性が喚起されるマネジメントを行う必要があります。あるべき医療の在り方を議論し、そのなかで最も合理的で多くの人が納得できるマネジメントシステムを導入しなければなりません。それらは表面的には簡単なようにみえて、背景にはしっかりした哲学があるものでなければなりません。形式ではなく実質を求めたマネジメントシステム構築への取り組みが望まれています。ミャンマーのヤンゴンにある空港近くのビクトリア病院です。バンコク病院グループ、サムティベイト病院のディパートメントがありましたが、欧米で学んだマネジメントボードによりマネジメントが行われている病院です。設備投資だけではなく、コンプライアンスもしっかりと行われていて、ある意味日本よりもしっかりしていたのではないかという印象です。日本の病院は規模の大小に関わらす、しっかりしたマネジメントスキルを身に付け、これから到来する大きな医療制度改革の波に飲み込まれない体質づくりを怠らないようにしなければならないと考えています。
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幸せなこと

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 人がどう生きるか、というテーマは永遠のテーマだと思います。さまざまな価値観や考え方があり、これだというものを普遍化することはできません。
 結局は、一人ひとりの人間が、自分がどう生きたいのか、生きているのかを自分のなかで確認し、もし、自分の思いと異なる生き方をしているのであれば、それを修正する、あるいは修正しない、悩む、悩まない、すべて自分が責任を負って、最期を迎えるものだと考えています。

 自分がどう生きたのかの証跡を残しても、残さなくても、それは自分の生きた結果であるし、例え、誰もが認める証跡を残したとしても、それはしばらくたてば、記憶のかなたに置かれるものだと思えば意味がない。
 
 誰かに影響を与えることができれば、その思いや思想は残り続けることも可能かもしれませんが、それは宗教であったり、学問であったり、経営であったりするもので、とても限定的なもの。
 少なくとも誰かに何かあるにつけ、思い出される人になることは、大きなことを成し遂げなくても可能かもしれない、と脈略なく思ったりします。
 いずれにしてもそれは生きた帰結であり、求めるものではなく、それがなくてもすばらしい人生を送っている人がたくさんいることに気づきます。

 私の周りは、そうした人で満ちている。皆正直で、誠意があり、もがき、苦しみ、しかし原点として人のために何ができるのかを考え、行動する経営者であったり、医師であったり、看護師であったり、職員であったりします。
  自分にプライドをもちながら、さまざまな環境のなかで、身の置き所を捜しながら、折り合いをつけ、あるときは弛緩しながらも、自分の責任を果たしている人たちです。
 
彼らをみていると、自分も勇気づけられるし、鼓舞されます。自分の思った道をまっすぐ歩いていくことが自分であり、自分の存在を感じる自分でいられるのだと考えています。
 肩ひじをはらずに、ただ実直に思いをもって、前に進む。自分が決めた、自分のできる最高のことを、やり切ること。それが自分の役割だと認識して、進めることができれば幸せな人生なのではないかと思います。今日、素晴らしい人達に会えて、またそう確認することができました。
 人の命ははかなくて、哀しくもあり、だからこそ抗い、悔い改め、一歩でも前に進み続ける。生かされていることに感謝し、誰にも思いやりをもって、立ち上がることができなくなっても、思い続けることができる自分をどうつくりあげていくのかが、人生なのだと、思います。

 医療は厳しい環境を迎えます。結局は、それは政治のせいでも、世界経済でも、誰のせいでもない。私たちが対峙しなければならない、自分の責任で乗り越えていかなければならない課題です。国難ともよべるこれから来る時代を、私たち一人ひとりが、思い通りの人生を生きることで、どのように変えていけるのか。とても楽しみであり、身の引き締まる思いがあります。

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忠恕(ちゅうじょ)

 全国から多くの方々が駆けつけた、濱脇整形外科病院の40周年記念祝賀会です。挨拶をされた医療会で活躍する新理事長澄伊さんのお父上、濱脇純一先生の40年間の歴史や思いをお伺いし、長い間高い質の医療を継続するご苦労は、並大抵のものではなかったのではないかと感心しました。

 鹿児島県の下甑島(しもこしきじま)の下甑手打診療所にて、30年間離島医療に携わってきたドクターコトーのモデル瀬戸上健二郎医師は、鹿児島県肝属郡東串良出身で濱脇先生のご親戚、従兄です。

 ご来賓で純一先生と、近所で一緒に過ごした時代のお話をされましたが、小学校のときから思いを持ち懸命に勉強して、常にトップクラスで成長してきた、お二人を知るにつけて、それぞれ地域の支え方は異なるものの、人は思いがあれば、ここまでできるんだなと、心が震えるほど感動しました。

 濱脇先生の思いは忠恕(ちゅうじょ)。人間の最も本能的で基本的な徳をいいます。「 忠」は人間が自然に持っている真心。「 恕」は人間が自然に持っている思いやりの心…。

 今日の自分の気持ちを心に刻み、しっかりと行動しなければと思います。イメージ 1

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医療従事者は、日々慌ただしく働いています。
毎日、単純に繁忙であることは疲弊を生み、組織への執着をなくしてしまいます。医療
に対する使命感だけに依存するのではなく、夢をもって働いてもらうことで、彼らが本来持っている力を発揮してもらうことができます。院長をはじめとした幹部リーダーが、成果をあげるため、常に成功の物語(ストーリー)を語らなければならない理由です。
 
 「いま、この診療所(又は病院)は何を目指すのか。そのためには何をしなければなら
ならないのか。誰がいつまでにそれをするのか。といったことを決め、それらを実施する
ため職員一人ひとりが、どう行動すればよいのか」を検討します。
そのうえで「誰々はいつまでに、何を、どのような方法で、どのように実行してほしい」
ということを説明します。「成果があがったら、こんな機器を購入しよう、こんな視察をしにいこう、こう処遇しよう、こんな働きやすい職場になる」といったこと(未来の階段)を伝えます。
 
そのことにより、これをしたら、こうなる、ということが明確になるとともに、自分にとってはこういうメリットがある、ということが理解できるようになります。
職員一人ひとりに与える役割は、達成可能なものでなければならず、また支援できる範囲のものでなければなりません。
 
支援せず勝手にやらせ、できてもできなくても本人の責任といったようなことを行うと、いくら夢のある物語であっても、彼らの目には実現不能のものとして映り、そのことに誰も取り組もうとしなくなります。それでは意味がありません。
「頑張ってやればこんな良いことがあるよ。それはこうしてやっていこう。診療所(又は病院)は、皆さんが役割を果たし、目標を達成できるように支援します」という流れをつくることが求められているのです。
 益々厳しくなる医療環境において、リーダーが率先して行動し、未来の階段を示し続ければ、やる気になった職員により組織は大きく発展します。早速、行動されることを期待しています。
 

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