よい病院、よくない病院の見分け方[石井友二]

地域になくてはならい病院になるために.。そして病院職員が安心して患者さんのために働ける病院となるために

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 いろいろな病院で看護部とのミーティングを行う機会が多くあります。生産性向上といった観点からの視点でいえば、リスクマネジメントや感染症対策、マニュアル、クリティカルパス、教育、看護過程といったことがテーマになります。

 生産性を向上させるためには、職員の技術技能を向上させることや、仕事の仕組みの見直しがテーマになりますから、上記に業務改善提案制度を加えることもあります。
 何れにしても、看護部の活動は、業態や看護部の人員により大きく異なることが判ります。ある病院は、看護師が不足しているために、どうしても新しいことに手をつけることができないという状況に置かれています。

 また、看護部長が頑張ろうとしても、一人では何もできないという環境に置かれている病院もあります。看護部の体制として、少なくとも副部長を置き、リスクマネジメントや業務改革、教育、リスクマネジメントを分担できる体制があれば、大きく成果をあげることが可能ですが、看護師が不足しているこういった病院では、なかなか副部長に内部から人材を登用することが難しい状況に置かれることになります。

 このような病院は、どこにも抜け道がありません。人が足りないということから先に進まないという現状があります。
 しかし、このような状況に病院で、業務改善提案制度を導入し、申し送り時間を短縮することができたことをきっかけにあらゆる業務の見直しが行われ、生まれた余裕時間を活用して、さまざまな活動を開始しているところもあります。
 
 過去、業務改善提案制度がないときには、判っているけれども手が付かなかった状況にあったものが、一定のきっかけをもって行動を開始した結果として、新しい動きをとり、成果をあげた事例です。

 申し送りが10分から15分、病棟によっては20分短縮できたことから、1日平均15分×2回=30分×365日と考えるととても大きな時間を捻出できたことになります。
 さらに、看護業務以外の業務を他部署に移管することや、病棟クラークを活用すること、さらには、看護助手への委譲といったことを継続すると、生産性をあげ、また余裕時間を生むことが可能です。

 そこで空いた時間をスタッフの教育に活用。従来、プリセプティングや集合教育が随時行われる程度であったものが、マニュアルによる業務の標準化、職務基準による業務の体系化を通じて、仕事が整理され、職場内教育が円滑に進むという状況になりました。

 これから個人別の教育カルテによる、一人ひとりに光を当てた教育が開始されますが、そのような状況をつくりあげることができたのも、時間が足りない、人がいないというところから、いや自分の仕事を少し見直すと、余裕の時間をつくることができるのではないかという思い、それをバックアップする病院の姿勢、後押しがあったからだと理解しています。

 ここから先、なぜこのようなことをしなければならないのかといった、病院の明確な戦略の提示や目標管理の導入整備が行われ、本来看護部が保有している使命感を高めてもらえるトップの取組があれば、さらに現場活動は成果を得られるようになると考えています。

 もちろん、永年それをやり続けてきた病院があり、そこでは余裕をもった看護部の人員確保ができているために、あらゆる活動に対して手をつけ、そして成果をあげながらさらによい人材を集めるといった連鎖を生み出しています。
 規模が大きいとか、小さいとかではなく、そうした体制をつくることができる病院は、どこかで病院改革をスタートし、その成果を一つ一つ積み重ねながら体制整備を行ってきている過去があります。
 到達点の設定とトップマネジメントの強い思いがあり、さらにそれに呼応する中間管理職がいれば、どのような状況でも変えることができると、私は思います。

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 さまざまな病院に行き、改革プロジェクトを動かしていると、ときどき不思議に思うことがあります。例えばリスクマネジメントもそのなかの一つです。
 
 リスクマネジメントは、医療安全レポートやインシデントレポートを提出することが基本的な仕事になり、そこから課題を拾い、個人の責任を問うのではなく、仕組みを変えていこうということで行われる仕組みです。
 
 しかし、実際に発生しているアクシデントがすべて拾われていない、その原因が徹底的に追求されていない(分析されていない)、対策が立案されていない、対策が立案されたとしても現場に徹底されていない、現場に一時期は徹底されたとしても、定着していない、といったことがよくあります。さらに、詳細にいえば、レベルの設定が誤っている、当初の設定が変化したときにも、記録がない(例えば経過観察2→治療を要す3)。もちろん、日常的にリスクマネージャーがいない、いても独自、それぞれの意見をしっかり説明し、全体の質の向上に役立たせることもできていない、といったことがそれらです。
 
 インシデントにしても、把握する仕組みがアクシデントのシンプル版的なものとなっており、現状を洗い出す仕組みになっていない。また、網羅的に把握されていない、把握されたものについても、グルーピングされていない、そのうえで対策が予防的にとられていない、といったことがあります。
 
 病院は、マニュアルにしても、パスにしても、NSTにしても、感染症対策にしても、何にしてもそれぞれしっかりとした仕組みをつくりあげてきています。しかし、仕組みをつくることや、運用することが基本的なタスクになってしまい、職員全員がそれを理解し、それを仕事に活かし、ナレッジとして修得し、成長できているかといえば、疑わしいところがあります。仕組みを廻すことに力がはいり、個々人に対す教育や指導に落とし込まれていないという現状があります。
 
 看護部のラダーにしても、同様です。大まかな要件をクリヤーすることを大まかに教育したのち、曖昧な基準で階段を上っていってしまうので(本当はラダー=はしご)、個々の技術技能を仔細にチェックできているかどうかについての検証が行われないままに先に進みます。
 
 まだ、プリセプティングのほうがどちらかというと個別に手技をチェックするので、より具体的な教育が行われていると考えますが、新人向けであるため、卒後の研修や継続研修となると、いきおいマクロ的な視点での教育になってしまう、あるいはいくつかのチェックシートによる大わっくでの指導になってしまうという傾向があると、私は思っています。
 
 そうではなく、個別に教育カルテをつくり、個人の職務能力についての技術的、管理的なスキルを一つ一つチェックしたうえで、できていないところを発見し、できるように教育の方針を立て、仕事のなかで課題を発見し、かつそれを上司だけではなく、教育担当者を置いて、教育に振り向けているのかというとなかなか難しい現状があります。
 
 それは忙しいからです。人がいない、患者は高齢化する、介助が必要、助手をうまくつかえていない、仕組みがない、他部署との間にコンフリクトがあるといった複数の問題が複雑に絡み合って、時間がありません。
十分な看護師が確保できている病院はとても少ないでしょう。したがってそこまで手が回らない。したがって各専門科における看護の質を高めようとしても、専門教育にまでコマを進めることができない、アルゴリズムを活用した看護や、そもそも当初の看護計画通りの看護がうまくできないジレンマを師長がもちながら、主任、スタッフというように教育を進めていくことが困難な環境にあると考えています。
 
 タイムマネジメントや業務改善、他部署とのコンフリクトを排除するといった仕組みがあったとしても、それを総合的にマネジメントして、彼女たちが働き易い環境をつくりあげていくことが難しい状況をどのように打開していけばよいのか。今の医療制度が大きく変わるか、コストをかけても利益が維持できるしっかりした病院になるか、また優れたリーダーが看護だけではなく、病院全体を俯瞰して経営改革を行う必要があります。
 
 何れにしても、何毎も個々人に光を当てた教育を行うことができるのかどうかにより、成果が左右されるという現状をまずは理解し、総力をあげてそうした環境をつくるために、看護部長や師長は動くし、看護部がうまく活動できるよう、病院トップはしっかりと支援できる仕組みをつくりあげていくことが求められます。そうでなければ、看護師は定着できず、また入替えが多く、質が上らず、益々現場は混乱することになります。個々人に光を当てた教育カルテを活用した看護は、他の職員の鑑になります。
 
 すべての仕組みの原点に、職員一人ひとりの教育の視点が必要である、という結論です。

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 今は選挙、真っ盛りです。既に結論が見えているとは思いますが、消去法でほぼ現状の政策に依存しなければならない状況であると、私は思っています。
 
 しかし、だからといって劇的な景気回復が起こるということはあり得ません。聡明な国民は理解していますが、
何をしたら、景気があがるのかについて、まったく道筋が見えない状況に我々は置かれています。
 
 就業人口が減少するだけではなく、高齢者が増加するということがいかに国民経済に打撃を与えるのかを世界で一番初めに実験している国という意味では、世界の先端をいっていますが、それ以外に、いくつもの目はあるものの、国民性や一時期繁栄を謳歌してしまった成功体験や、一定の安定的な生活を送ってしまったマジョリティの経験が、積極的な生き方をすべての世界から奪ってしまったのではないかと思うほど、活力が奪われている国になりかけているのではないかと考えています。
 
 GDPは世界第三位であったとしても、国民一人当たりのGDPは世界で27位である、という現状において、アジアの国々と比較すればまだ裕福であるような気はしますが、実際のところ、各国での一定程度のレベルにいる方々との交わりのなかで、我々日本人は本当に貧しい国に成り下がってしまったという思いをもつことが多くあります。
 
卑近な例でいえば(荒唐無稽かもしれませんが)、シンガポールや香港で家をもつことは、難しいし、それどころか北京や上海での生活をしようとしたときに、いまの給料では、日本と同じ以下の生活しかできないことに愕然とすることがあります。もちろん、現地に溶け込み、現地のサラリーマンとして、生活をすることが可能であれば、多少の余裕が生まれるかもしれませんが、それでも以前のアジアの国々と比較すると、随分と変わってきたという思いがあります。
 
本当に日本の力のなさを知るのは香港の町中で出前一丁のラーメン(インスタントですが、香港では店でだすほど人気です)が35香港ドルで豚肉のソテーが付いて、いわゆるパーコー麺的なものを食することができます。庶民の入る「店」です。さて、それはいくらでしょう。35香港ドル×15.457円ですから、541円です!
これは物価の比較になるかどうかはわかりませんが、香港でお買い物を的な、状況ではすでにありません。
 
例えば、マンダリンホテルのカフェキャッスル朝食であれば288香港ドルですから、4455円です。ペニンシュラでも250香港ドル、これはたぶん日本のホテルよりも高いと思います、と庶民の目からみればの話ですが、帝国でも、ニューオータニでも帝国でも3000円代です。
 
つまらない話になりましたが、実際のところ、日本の現状をみるときに、アジアとの継続的な✔をしてきている自分としては、どんどん景気が悪くなっているし、円安がいかに厳しいものなのかを知ることになります。財政が破綻するとかしないとかいう問題以前に、これからどのように日本が生活を成り立たせていけばよいのかという課題に対し、益々厳しい状況にあることを、ここで話したかったという結論です。
 
では、どうするのか。やはり、医療をする、介護事業を行うことについて、未来を見据えて、地域を護ることを考えるためには、原点回帰が必要です。生産性の高く、したがって質は高く、合理的な医療を提供することができる状況をつくりだす必要があります。
個々の医療人は、自らのビィジョンと、組織のあり方を基礎とした明確なテーマを設定し、その達成のために日々努力することしかありません。どのような思いをもって、医療を行っていくのか、そして、今の日本でどのような医療や介護を継続していかなければならないのかについて、あらゆる角度から検討を行い、結論を出す必要があります。
 
さらに、国民の意識改革も必要です。健康でいるためには、生活習慣から変えていく必要があります。実際に規律ある、そして自制した生活をこれからは送ることが義務になるほど、健康でいなければならない状況が来ます。自分を守り、日本を護るために、どのような生活をしなければならないのかについても考える必要があります。ながい慣習や文化のなかで、生活をつくり、できるけ病気にならない、健康寿命を延ばす、何のためにそれをするのかを明確にしたり、心の拠り所をもつことも大切かもしれません。
何れにしても、生き方自体が日本国を維持していくことに直結することは間違いがありません。
 
また、介護第二世代のなかで、新しい高齢者向けの新商品サービスを開発し、遅れて高齢化する海外の各国にそれらを展開していくことも必要です。さらに社会保険に依存しない医療や介護の道を探索しつつ、社会保険を維持し、弱者に対する仕組みをどのようにつくるのかを考えていくことも重要でしょう。
 
日本が置かれている現状を知る。そして、危機感をもって、積極的に失地を回復するという思いをすべての国民がもたなければならないと考えています。過去の日本の栄華を忘れ、ここから新しい日本をつくる活動を迅速に進めていくことが必要です。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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クアラルンプールでも、マニラでも、ジャカルタでもファンドや病院管理会社が経営をしている病院を数多く見ました。
 
保険もプライベートのものや政府の職員向けのものがあったり、社会保険制度があったりと多様ななかでの医療が行われています。
 
マニラで見たように、24時間体制で普通にいつでも病院が開いているという運営や、プライベート病院では医師が病院の正職員ではないことも、驚きではありますが、バンコクや香港でも同じようなことがあったので、これが当たり前なのだと理解しています。
 
日本と同じシステムは北京や上海、ホーチミン、さらに他国の公的病院に見られました。
ただ、これらの国々では徐々にプライベート病院が増加し、良い医師を集め、スタッフを教育し、きめの細かい医療を行うにいたり、彼らが国民から高い評価を得てきていることは間違いありません。
日本は財政問題から国民皆保険制度をいまの形では維持できなくなるとして、海外のような多様性をもった医療システムへの転換を図るのだろうと考えています。
日本でも株式会社の病院は幾つかありますが、国交省が意図するヘルスケアリートの仕組みも徐々に出来上がり、病院をサポートする時期もくるでしょうし、同時期に本格的な病院管理会社や私募ファンドが運営する病院数が増加していくことも予想されています。
誤解している人が多くいると思いますが
プライベート病院を多数展開する営利企業は、医療の質が低いという一元的な認識は海外ではありませんし、国内にある企業立の病院でも同じです。海外のプライベート病院で受診した経験のある人であれば、逆にプライベート病院のクオリティの高さに目を見張ることでしょう。
 
一般的に考えて、競争原理のなかで質の向上にしのぎを削っており、とどまるところを知らない多くの著名企業がある一方、ご存じのように、今まで競争にさらされた事や、マネジメントを学んだことのない病院トップがいる病院のなかには質を上げるマネジメントにあまり頓着せず、意図的に利益を挙げ高い報酬を得ているトップがいることも知らなければなりません。
 
勿論、私は高い報酬をテーマにしているのではありません。問題は低所得者や弱者の救済や保護の仕組みです。日本のように一部間違った支援を行うのではなく、海外では、そうした国民に対し様々な支援の方法を以て対応しています。
香港でも優秀な医師が、篤志家により資金を提供されている公的病院で、一般市民や弱者に献身的に高い質の医療を行っていますし、マニラでも、質の高い公的病院が、貧しい国民に比較的優良な医療を提供しています。私が見たどの国でも、それなりの支援の仕組みがしっかりと構築され、日本のように「ちぐはぐしたこと」にはなっていません。
 
ここにすなわち、非営利や営利といった病院形態や建前や本音、自由診療や混合診療が問題ではなく、全ての国民がもつ様々な価値観や望む形で医療を受診できる仕組みがあるかどうかが問題になるのだと、アジアの医療システムを見て考えます。
 
各国はそれぞれ様々な問題を抱えていることは事実ですが、日本においては国民皆保険制度を護るためにも、多様な価値を受け入れ、新しい時代の医療構造を造り上げていく必要があると考えています。
厚労省によって行われている公的病院の、民間の経営方式を取り入れるための様々な取り組みも、実は前述した流れの一部であると私は解釈しています。
理事長の資格、配当問題、海外の医療機関支援の為の投資活動、持ち株会社などは、医療制度のあり方を模索するからこその改定であり、次の時代の医療を護るための布石です。
 
医療や人の生き方は、センシティブな問題であり、この場で全ての課題を明らかにすることは出来ません。しかし、海外で働く多くの医師が口を揃えて言うように、日本人(我々国民全員)は井の中の蛙にならず、これからの新しい日本を俯瞰して、最も望ましい医療介護のあり方、そして死生感や生き方について、良心を以て真剣に考える時が来ていると、私は思います。
 
(写真は、マニラの富裕層向けセントルーカス病院)
 

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間違いなく、日本の医療は構造を変えることになります。病院病床削減は、地域包括ケアシステムにより、その実現性を増し急速に進みます。
在宅医は、益々力をつけて機能強化が進み、驚くほど大規模化が進みます。既に地域によっては2000人規模の在宅患者をケアするグループが出現し、あらゆる診療科の医師を束ね、また放射線技師やPT等のコメディカルを集めて、訪問看護や訪問介護も傘下に納めながら、病院に入院しなくても済む医療を提供し始めています。
彼らまでいかなくても1000人規模の在宅療養診療所はあまた出現し、さらにシェアをどうとるのか戦略を立案しています。
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高齢者の増分は、彼らの手に委ねられるケースが増加し、急性期の後の患者のケアも確実に行うべき体制をとるばかりか、業績の悪化した病院の経営支援に入ることや、買収をするケースも増加することも視野に入れて行動しようとしています。
彼らは比較的若く、情熱に溢れていることも、構造変革に拍車をかけることになると予想しています。
マネジメント能力の不足する病院は患者を減らし業績を落します。住宅や施設が多く作られることも、そのための、意図的に造られた構造転換のための仕掛けであることが、いま明確になりました。
聖域なき(社会保障費)歳出抑制のなか、診療報酬改訂や医療介護総合推進法も、地域医療計画を通じて病院淘汰を促進する意図をもち、実効性のある実務が行われることになります。
景気が劇的に回復することを望めないいま、診療を受けられない患者も増加することが予想され、各病院は連携強化や統合を行いながらマネジメント能力を強化し、質の高い合理的な医療を行うことに執着する必要があります。
減少する患者をどう集めるのか、多くの病院との間でし烈な闘いが開始されます。あらゆる手段を駆使して、「来るべき時」までに人材育成を核とした方法により、強固な組織を造り上げることが求められています。
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