よい病院、よくない病院の見分け方[石井友二]

地域になくてはならい病院になるために.。そして病院職員が安心して患者さんのために働ける病院となるために

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利他の実現のために

 徹底的に、他人に優しくしようとすると、周りに気を遣いすぎる可能性が高くなります。あれこれ相手の気持ちを考えたり、あのときにこうすればよかったと悩むことがあります。自分の意思を凌駕することもあり得ます。
 自分なくして、他のために行動できるのかという思いが生まれます。
 
 逆に、他人のことを考えずに、自分勝手にふるまえば誰もついてこないし、たぶん一人ぼっちの人生を送るはめになります。

どちらもあまり楽しい生き方とはいえません。とりわけ後者の態度を貫いた人間は、最期を迎えるときにとても悲しい思いをしなければならないのではないかと思います。
 
 利他は自分の身を挺して他人の利益に尽くす。利己は社会や他人のことを考えず、自分の利益や快楽だけを追求することを言います。

何をもってどのようにすれば自分も満足し、しかし他を利することができるのか。
満足する人生を過ごすために、極端な利他でも利己でもない、人として社会人としてあるべき生き方をするためにはどうするのかを考えます。
まず、他者のことを考え、そのうえで、自分の利益をそのまま考えるというのは論理的に難しい。相手の利益と自分の利益が相反することが多いからです。

両者を同時に達成するための方法を考えなければなりません。
 
 
(1)自分が成し遂げたいことをもっているか。
(2)そしてそれをいつまでに達成しなければならないのか。
(3)達成することで他人にとり何がよいことで役立つのか、何が自分にとってよいことなのかを考えます。
(4)分析を行い、使える自己資源を明確にする。誰にもわかるように自分の時間は24時間しかないからです。
その時間をどのように使えるのかを検討します。
 
 結果として自分が価値のある何かを成し遂げればそれは他者のためになる。利他でもない利己でもなく、自分が成し遂げなければならない使命を感じ、その達成に邁進することで他を利する。そのためにはどのように自分の時間を使うのか、というなかでの行動を企図することが必要です。

あれもこれもではなく、一本筋を通し、他人のためになることを人生の軸において行動することが必要です。
 
 そんな仕事や活動をすることが、満足できる社会生活や人生を過ごせる唯一の問題解決方法だと考えます。
 自分の軸さえしっかりしていれば、それに集中するし、そのプロセスで人との関係、接点をもち、どのように活動していけばよいのかも見えてきます。

他に気になることがあっても、まず自分はこれに力をいれる。したがって360度的に他人のためになることを自分の義務のように考え行動しなくとも、後ろめたさを感じることがなくなります。
 
 もちろん、医療や介護を生業としている人々は、目の前にいる患者さんや利用者さんのために自らの知識や経験、組織の力、医療や介護のキャパシティすべてを総動員して仕事をしていく必要があります。

上記の議論は、そうした行為をせずとも、自分の思うことのみをすれば免責されるということではありません。
 
 日々利他の行為のみを追求することは控えても、最終的に自分が使命を果せる何かを達成することに力を入れることが必要、という文脈で話を進めています。
 自己犠牲ということばありますし、滅私奉公という単語もあります。これらは自分を犠牲にて社会や組織の役にたとうということ、あるいは自分はそう思っていなくても、社会や組織からそう強いられるという意味合いをもって言われる言葉であったりもします。
 
 ここで話しているのは、まずしっかりとした軸を自分のなかにつくりあげる。その達成のために日々行うべきことを行う。
その軸を忘れず懸命に活動することで、周りをけん引し、結果として周りにいる皆が利される、すなわち平易にいえば幸せになるといった活動をしなければならない、ということです。
 
 自己犠牲や滅私奉公のような、どちらかというと主体的ではないものではなく、たとえ自分の何かを犠牲にして、何かを成し遂げようとしていたとしていも、自分の満足を得ながら他のためになる活動ができているということの喜びをどこかで感じながら生きる。

それは自己犠牲、滅私奉公のようなネガティブなものではなく、適切な言葉が思い浮かびませんが、「社会貢献のための価値創造」といったポジティブななかでの自分の生き方そのものであると認識すべきものだと考えています。
 
 回りくどい言い方をしましたが、極端な利他でも利己でもなく、自分が率先して自分の決めた道を求めていくことが人々を利することなんだという納得をすること。
そして、その達成のために努力をすれば、利他のなかで自利を得ることができるという結論になります。

以上は、宗教家でも慈善家でもない私たちの最善の行き方ではないかと思っています。




 
 
 
 
 

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