よい病院、よくない病院の見分け方[石井友二]

地域になくてはならい病院になるために.。そして病院職員が安心して患者さんのために働ける病院となるために

今日の出来事

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医療の継続は利益です。利益が出ない医療は、どのように優れていても継続できません。自治体病院であれば税金でその損失を補てんすることができると考えているでしょう。しかし、それは地方財政の疲弊とともにはかない夢であることが夕張や銚子の事例で明白です。特殊な事例ではなく、他の自治体でも人口減少による経済破綻が医療機関の存続を危うくしているのは周知のところです。いわんや民間病院においては、適正利益の出ない病院が残り続けることができるわけはありません。優れた医療は医療そのものだけではなく、マネジメントをも含んだ定義です。明確なヴィジョンをかかげ、職員をモチベートし、地域住民や地域医療機関や介護事業者を巻き込んだ活動ができている医療機関がこれからの地域を支え、患者や利用者から評価される証として利益を得て存続し、そうではない組織は存続ができなくなることは明らかです。マネジメントを侮ってはなりません。優れたリーダーがいる病院はロジックが分からなくても自然に人が引き付けられ組織がうまく回転し、成果をあげることができます。しかし、そのリーダーが組織からいなくなったらどうか。あの院長のときには、あの部長のときにはうまくいっていたのに。ということでは優れた医療を継続することはできません。マネジメントシステムの重要性がここにあります。大きな組織でなければ、それは導入できないと考えているリーダーがいれば、それは間違いです。人はどうしても楽なほうに流れる傾向があります。なので、内面から湧き上がる能動性が喚起されるマネジメントを行う必要があります。あるべき医療の在り方を議論し、そのなかで最も合理的で多くの人が納得できるマネジメントシステムを導入しなければなりません。それらは表面的には簡単なようにみえて、背景にはしっかりした哲学があるものでなければなりません。形式ではなく実質を求めたマネジメントシステム構築への取り組みが望まれています。ミャンマーのヤンゴンにある空港近くのビクトリア病院です。バンコク病院グループ、サムティベイト病院のディパートメントがありましたが、欧米で学んだマネジメントボードによりマネジメントが行われている病院です。設備投資だけではなく、コンプライアンスもしっかりと行われていて、ある意味日本よりもしっかりしていたのではないかという印象です。日本の病院は規模の大小に関わらす、しっかりしたマネジメントスキルを身に付け、これから到来する大きな医療制度改革の波に飲み込まれない体質づくりを怠らないようにしなければならないと考えています。
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幸せなこと

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 人がどう生きるか、というテーマは永遠のテーマだと思います。さまざまな価値観や考え方があり、これだというものを普遍化することはできません。
 結局は、一人ひとりの人間が、自分がどう生きたいのか、生きているのかを自分のなかで確認し、もし、自分の思いと異なる生き方をしているのであれば、それを修正する、あるいは修正しない、悩む、悩まない、すべて自分が責任を負って、最期を迎えるものだと考えています。

 自分がどう生きたのかの証跡を残しても、残さなくても、それは自分の生きた結果であるし、例え、誰もが認める証跡を残したとしても、それはしばらくたてば、記憶のかなたに置かれるものだと思えば意味がない。
 
 誰かに影響を与えることができれば、その思いや思想は残り続けることも可能かもしれませんが、それは宗教であったり、学問であったり、経営であったりするもので、とても限定的なもの。
 少なくとも誰かに何かあるにつけ、思い出される人になることは、大きなことを成し遂げなくても可能かもしれない、と脈略なく思ったりします。
 いずれにしてもそれは生きた帰結であり、求めるものではなく、それがなくてもすばらしい人生を送っている人がたくさんいることに気づきます。

 私の周りは、そうした人で満ちている。皆正直で、誠意があり、もがき、苦しみ、しかし原点として人のために何ができるのかを考え、行動する経営者であったり、医師であったり、看護師であったり、職員であったりします。
  自分にプライドをもちながら、さまざまな環境のなかで、身の置き所を捜しながら、折り合いをつけ、あるときは弛緩しながらも、自分の責任を果たしている人たちです。
 
彼らをみていると、自分も勇気づけられるし、鼓舞されます。自分の思った道をまっすぐ歩いていくことが自分であり、自分の存在を感じる自分でいられるのだと考えています。
 肩ひじをはらずに、ただ実直に思いをもって、前に進む。自分が決めた、自分のできる最高のことを、やり切ること。それが自分の役割だと認識して、進めることができれば幸せな人生なのではないかと思います。今日、素晴らしい人達に会えて、またそう確認することができました。
 人の命ははかなくて、哀しくもあり、だからこそ抗い、悔い改め、一歩でも前に進み続ける。生かされていることに感謝し、誰にも思いやりをもって、立ち上がることができなくなっても、思い続けることができる自分をどうつくりあげていくのかが、人生なのだと、思います。

 医療は厳しい環境を迎えます。結局は、それは政治のせいでも、世界経済でも、誰のせいでもない。私たちが対峙しなければならない、自分の責任で乗り越えていかなければならない課題です。国難ともよべるこれから来る時代を、私たち一人ひとりが、思い通りの人生を生きることで、どのように変えていけるのか。とても楽しみであり、身の引き締まる思いがあります。

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忠恕(ちゅうじょ)

 全国から多くの方々が駆けつけた、濱脇整形外科病院の40周年記念祝賀会です。挨拶をされた医療会で活躍する新理事長澄伊さんのお父上、濱脇純一先生の40年間の歴史や思いをお伺いし、長い間高い質の医療を継続するご苦労は、並大抵のものではなかったのではないかと感心しました。

 鹿児島県の下甑島(しもこしきじま)の下甑手打診療所にて、30年間離島医療に携わってきたドクターコトーのモデル瀬戸上健二郎医師は、鹿児島県肝属郡東串良出身で濱脇先生のご親戚、従兄です。

 ご来賓で純一先生と、近所で一緒に過ごした時代のお話をされましたが、小学校のときから思いを持ち懸命に勉強して、常にトップクラスで成長してきた、お二人を知るにつけて、それぞれ地域の支え方は異なるものの、人は思いがあれば、ここまでできるんだなと、心が震えるほど感動しました。

 濱脇先生の思いは忠恕(ちゅうじょ)。人間の最も本能的で基本的な徳をいいます。「 忠」は人間が自然に持っている真心。「 恕」は人間が自然に持っている思いやりの心…。

 今日の自分の気持ちを心に刻み、しっかりと行動しなければと思います。イメージ 1

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医療従事者は、日々慌ただしく働いています。
毎日、単純に繁忙であることは疲弊を生み、組織への執着をなくしてしまいます。医療
に対する使命感だけに依存するのではなく、夢をもって働いてもらうことで、彼らが本来持っている力を発揮してもらうことができます。院長をはじめとした幹部リーダーが、成果をあげるため、常に成功の物語(ストーリー)を語らなければならない理由です。
 
 「いま、この診療所(又は病院)は何を目指すのか。そのためには何をしなければなら
ならないのか。誰がいつまでにそれをするのか。といったことを決め、それらを実施する
ため職員一人ひとりが、どう行動すればよいのか」を検討します。
そのうえで「誰々はいつまでに、何を、どのような方法で、どのように実行してほしい」
ということを説明します。「成果があがったら、こんな機器を購入しよう、こんな視察をしにいこう、こう処遇しよう、こんな働きやすい職場になる」といったこと(未来の階段)を伝えます。
 
そのことにより、これをしたら、こうなる、ということが明確になるとともに、自分にとってはこういうメリットがある、ということが理解できるようになります。
職員一人ひとりに与える役割は、達成可能なものでなければならず、また支援できる範囲のものでなければなりません。
 
支援せず勝手にやらせ、できてもできなくても本人の責任といったようなことを行うと、いくら夢のある物語であっても、彼らの目には実現不能のものとして映り、そのことに誰も取り組もうとしなくなります。それでは意味がありません。
「頑張ってやればこんな良いことがあるよ。それはこうしてやっていこう。診療所(又は病院)は、皆さんが役割を果たし、目標を達成できるように支援します」という流れをつくることが求められているのです。
 益々厳しくなる医療環境において、リーダーが率先して行動し、未来の階段を示し続ければ、やる気になった職員により組織は大きく発展します。早速、行動されることを期待しています。
 

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最近思うこと

 いろいろな病院に訪問して思うことがあります。人のマネジメントができていないことです。確かに医師が院長であり、院長は臨床を行っていることが多く、なかなかマネジメントに手が廻りません。
 
 また事務長はさまざまな事柄への対処をしなければならないので、あれやこれややっている間に時間が過ぎて、戦略をどうするのか、経営方針はどうか、そして日々のPDCAをどうすするかについてマネジメントを全般的に行う時間がありません。もちろん、体系的にマネジメントを勉強しているわけではなく、病院の管理をNO2として行うことには課題があります。
 
 さらに看護部は看護部ということが多く、もちろん、看護部が主体性をもってマネジメントを行うことはよいとしても、看護部長と事務長、院長の3者がしっかりと病院全体の方向を決め、実効性を高めるための管理を行っていくためには、現場の責任ある業務が多く、手がつけられても、あるべき方向に誘導できていない病院が多くあります。
 
 企画室があり、企画担当者がなかに入るとまだ可視化や方向はうまく管理できるようになりますが、そこにはそれらのデータを検証したうえで、院長や事務長、看護部長の意思決定がしっかりと行われ、管理者会議で具体的なかたちに落とし込まれるようにしていくことが必要であり、そこができなければ元も子もありません。
 
 幹部のなかに一人でも、常にマーケティングを行い、ヴィジョンを描き、戦略を明確にして実行できる者がいれば組織運営はうまく進みます。
 また、それぞれの役割を懸命に果たし、方向が明確になれば、その方向をしっかりとクリヤーしていく各部署の部署長がいれば、盤石な組織運営ができるというのは当然です。
 ここで書いたことは当たり前のことではありますが、日々の活動のなかに部署間や個人間の衝突や軋轢、医療現場のさまざまな課題、患者さんとの問題などが複雑に絡み合い、ほぐれた糸をほぐしながら業務をこなしていくなかで、どうしてもこれからの医療に向けた日々の組織活動への取り組みがなかなか進んでいかないという現状があります。
 中間管理職の教育や、彼らがリーダーとして部下を誘導しきれない現状へのサポートなど、さらに事務長の行なうべきことは多くなります。

 社会保険制度が大きく抑制されようとしているときに、期日を決めてこれからに向けた医療をつくりあげるために何をしていかなければならないのかを真剣に考えるトップと組織。そうではなく日々の医療への取り組みを懸命に行うことだけに力を注いでいる組織では、30年改定までの間に行うべきことが異なってきます。
 いつまでに何をしなければならないのかを明確に計画したうえで、毎日毎日の成果を確認しながら毎月、四半期、半期、1年と医療を行っていくことができなければ、あっという間に時間の波の間に埋もれてしまい、抗ても抗っても現状から抜け出せない、環境に翻弄される医療を行い、最終的に地域医療を継続できない状況がくると私は考えています。
 ジャンヌダルクとはいいませんが、志をもっていまの組織の問題と課題を抽出し、それらをどのように解決していけばよいのかを考え、具体的に先頭を切って改革を進めていく職員が、数多く生まれ、日本の医療を守ってもらうことを期待しています。


 
 

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