虚実ヒストリー〜ものがたりの歴史II(Yahoo!Blog版)〜

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2010年4月でのび太が相変わらず小学5年生だとすると、こののび太は2010年8月7日で11歳なので、1999年8月7日生まれである。4月から8月6日まではまだ10歳だ。
1970年8月7日で10歳になったのび太を「初代」とし、毎年代替わりすると假定した場合、2010年8月7日で10歳ののび太は「41代目」である。「初代」よりも40歳年下だ。
2010年3月で小5だったのび太は1998年生まれの「40代目」に相当する。

一方、原作でのび太が少年時代のときののび助と玉子の年齢は36歳から38歳である。
38歳として、2010年でこの年齢だと、2010年の作品におけるのび助と玉子は1972年以降に生まれたことになる。
1972年生まれであれば、イチロー(1973〜)より1歳年上なだけだ。
この世代が10歳になったのは1982年である。原作の「竜宮城の八日間」の時期である。
また、1983年度で小学5年であれば1985年の『のび太の海底鬼岩城』公開のときののび太と同世代で、それが今ではのび太の親である。

また、2007年のアニメ版「ママのダイヤを盗み出せ」で玉子は松田聖子の「赤いスイートピー」が出た1982年当時で7歳だった。そうなると玉子は1974年か1975年生まれ。
1975年生まれとすると2007年の時点では32歳である。
2010年では35歳となっているはずだが、逆に2010年で32歳なら1978年生まれ。
「大山ドラえもん」スタートの前年に生まれ、『のび太の日本誕生』(1989年3月)のときに小学5年生だった世代がのび太の親世代ということになる。

初期の『ドラえもん』はコンビニもレジ袋も携帯電話もなかった時代の話であった。
のび太の町にある空き地と土管は1980年代、90年代にはすでに過去のものとなりかけていた。
のび太の日常はかつて読者にとっての日常だったが、今では昭和の郷愁になりつつある。

本来、のび太は1970年で10歳前後、1973年には中学生のはずだったが、そのときに日本テレビでアニメが始まり、これは半年で修了。
のび太がすでに中学生であるはずの1974年で『ドラえもん』が「さようなら、ドラえもん」として終了したが「帰ってきたドラえもん」で復活。
てんとう虫コミックスの単行本が出て、「ぼくの生まれた日」におけるのび太の生まれた年は雑誌掲載当時の「昭和37年」(1962年)から「昭和39年」(1964年)に改められた。

のび太が大学を受けるはずだった1979年にテレビ朝日でアニメのリメイク版が始まり、のび太が20代に達しているはずだった1980年代になっても、のび太は相変わらず小学生のままで作品の人気はピークを迎えた。
原作の「竜宮城の八日間」でのび太の少年時代が1982年と設定され、「ハリーのしっぽ」では1985年となった時点で、時代設定は常に未来に向かってずれることがこの作品の宿命になったと言える。

スネ夫はすでに現代的な液晶型ビデオデッキのようなものをアルバム代わりにしている。
のび太が電車に乗る場面がもし描かれれば携帯メールを打つ乗客を描かねばならないだろう。

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2010年3月 3/28 3/30

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