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ガンジーは言った。
『歴史上、いまだ起こったことがないから不可能だというのは、人間の尊厳に対する不信の表れである』 祈りながら、かなり無意識だが「自分はここまでならできるが、これ以上は無理」と決めている事が多い。 無限の可能性を心のどこかで疑っている。 この考え自体が謗法かもしれない。 無限だと言いながら、自分の限界を勝手に決めているのだから。 人間的にも世法的にも、まだまだ成長できる。 もちろん仏法は道理であるから、ここから想像以上に成功・成長しようと思ったら、想像以上の苦労も同時についてまわる事になる。 要は、そこまでの苦労をも悠々と乗り越えている自分を信じられるかどうかなのだと思う。 まずは、祈り方を変える所から始めてみよう。
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同感です。
自分で勝手に限界を決めちゃうから不可能に成ってしまう事も
多々有りますよね…
とは言え肉体的に不可能だったりしますが
その他の面でどういう形で現れるか解らないですが実現される
と言う事は結構意外に多くも有りますね。
「イコール」では無いけど「ニアリーイコール」だったりとか
思っても居なかった意外な結末を迎えたり。
人生は不思議です。そこが面白い所でも有りますよね…(^^)
2012/6/11(月) 午後 4:11 [ eijitypeR(^^♪ ]
エイジさんは肉体的にはほぼ毎日限界に近い戦いをされていますね。
私はそこまで肉体を酷使したことはあまりないので、凄い精神力だと思います。
祈りに関しては、「絶対にこうなる」と信じるところから始めないと、何事も成就しないのでしょうね。
戸田先生が75万世帯の弘教を宣言された時にどのような心だったのか、その心が生命で分かるようになったら凄いのだと思います。
2012/6/12(火) 午後 10:34 [ 水と風 ]