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SNSを中心にいわゆる集団的自衛権の行使容認に反対の声をを多くの学会員が上げはじめてから、そろそろ3年が経過します。
僕もツイッターやフェイスブックで公明執行部や学会執行部の批判をしてきて、それに伴い同じ意見の方を友達申請したりフォローしたりしてきましたが、最近はかなり発言を控えるようになりました。
その理由を言います。
【ツイッターで公明党や執行部批判をしている人々は必ずしも正義のために声を上げているわけではない。】
私怨・私憤にかられて組織を離れた自分を正当化するために発言している人が多いのです。そういう人たちが心の根っこに持っている物は、組織至上主義・打ち出し至上主義の幹部(地区部長・婦人部長・支部長・本部長等)に傷つけらた恨みではないかと思われます。
そういう人のツイッター発言を見ていると恨みつらみや、学会のバリ活を蔑む発言が数多く見受けられます。
【見分け方】
今なお執行部を信じている人たちを救うためにはどうすればいいのかという事には悩んでおらず、ただただ公明党・執行部批判ツイートを見つけると喜んで飛びついてくるだけでなく、まだ信じている人を馬鹿にする発言を繰り返している人。
【末路】
自己正当化はストレス社会で生きる現代人の防衛本能の一つだと思うので否定はしないが、ただ絶対にそれでは幸せになれない事は知らないといけません。
権力への批判が自分の恨みや憎しみを昇華させるためだけのものだったらその愚痴の生命はとどまるところを知らず、いずれ批判の矛先がおかしな方向に向かいます。
【誰が悪いの?】
では組織至上主義の幹部が悪いのか?というと実は中堅幹部のほとんどは単に真面目で素直な人が多く、思慮が浅いと思われるかもしれないがそうではなく、取り入れている情報が少ないだけなのです。
そして一つ忘れてはいけないのは「学会指導通りに生きてきて幸せになった」という経験を持っている人たちということです。
なので学会執行部や公明党が間違うなどとは夢にも思っていないだけなのです。
じゃあ、誰が悪いのかというと本質に気づかない人ではなく、そういう素直な人たちに支えられながら私腹を肥やしている人たちに他なりません。
それ、誰?という事に関しては皆さんのご想像と個々が持っている情報に任せることにします。
【目的を明確にして異体同心で】
それで今回は何を言いたいのかと言うと、「権力は必ず暴走するので監視や批判は必要だけど、それをやる目的をしっかりと自問自答する必要がある」
という事なのです。
奥底の一念と言い換えてもいい。
奥底の一念に「誰も置き去りにしない・誰も不幸にしない」という気持ちがあるのか?という事なのです。
【批判の矛先を間違っている人を叩くのも間違い】
ちなみに僕は、心無い幹部に傷つけられて私憤にかられ、執行部批判が昂じて学会活動家批判に飛び火している人を叩く気にはなりません。
その人が傷つけらた理由が実は人権無視・人格否定をされた事に端を発するなら、トラウマになって自分を否定する人を拒絶するようになっているから、叩けば叩くほど心を閉ざすだけだからです。
【どうしよう?】
一歩踏み込んで理解を示しながら、しかし幸福になるために本当に必要なものは何か?
そこに気づいてもらうにはどうしたらいいのか?
それが師匠が長年、行動で示してくれた対話運動だなと思います。
そこまで考えると一部の上層部には更なる怒りがこみ上げてきた。
【悪は分断】
分断の片棒担ぎにならないよう気をつけなければ!
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