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創価学会には、「打ち出し」というものがある。
これは、学会理解の輪を広げるための、外に打って出る戦いのタマを各県・各地域で最高幹部が決めてくれる物のことで、学会本部から打ち出しがある事は滅多にない。
例えば私の地域では、2月末から3月頭にかけては展示会。3月末からは、防災署名の活動が“打ち出された”
打ち出しは、各地域の最高幹部が協議して決める。地域の学会員が、いかにすれば下種拡大の戦いがしやすくなるかを最大限に考え、その道しるべを示し、同じ目標に向う団結のきっかけを与えてくれることこそが、打ち出しが存在する理由だ。
もちろん、創価学会は折伏をするための団体なので、すべての活動は広宣流布に直結していなければならない。
とはいえ、今は昔と違い、誰彼構わず仏法対話をするという時代ではない。
今は、仏法対話以前に「私は創価学会員」宣言をするチャンスすら、なかなか訪れない事が多い。
そう考えると、打ち出しというのは実にありがたいと常々思う。
展示会へのお誘いも、防災署名も、誰彼構わず声をかけたとしても、何一つ不自然さがないし、、無理もない活動といえる。
つまり、誰彼構わず学会宣言できる、またとないチャンスとなる。 何のタマもなく、「実は俺、創価学会員なんだ」と打ち明けられたら、ほとんどの人は「俺を勧誘するつもりか?」と警戒するだろう(笑)。
だが意外にも、こういった下種拡大の戦いが弘教に直結したケースは珍しくない。
生命力を満タンにし、真剣に、丁寧に相手の心に訴える対話をする事で、相手は心を開き、深刻な悩みを持っていた事を打ち明けてくれる事もある。
そして本気で宿命転換を目指し、信心を始める決意をしたという話は、よく耳にする。
そう考えると、打ち出しというのは、紛れもなく広宣流布に直結している。あくまでも自分が使命を果たすため、各々が広宣流布を目指して存分に力を発揮するためにあるものだという事がよくわかる。
その一念の違いで、「やらされ感」が払拭され、「自発能動」の歓喜の戦いへと突き進む事ができるようになる。
そうなるためには、とにかく祈る事だ。題目を上げ抜く事だ。
一念が変われば、打ち出しが本当にありがたいものであった事に気付く。
残念ながら、戦いを放棄した内部アンチの曇った目には、「打ち出し」というものが、上層部が学会員を手駒のように動かすための手段に見えるようだ。
そういう面からも、内部アンチとか脱会者というのは、実にみっともない人種だと思う。
何でもかんでも他人のせいにし、歪んだ自分の生命にも気付かず、戦わない事をただただ自分の外に理由を置いて愚癡を言い、クダを巻く。
過去、どんな功績があったとしても、そうなった時点で敗北の人生といえまいか。
ネット上でクダを巻く内部アンチのクズには、一日も早く消えて欲しいと願う今日この頃だ。
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