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嘉永6年(1853)松陰は浦賀で初めて黒船を見た。 その圧倒的な文明に驚き、海外渡航(密航)を決意。 そしてロシア船が長崎に来るという情報を得ると急遽江戸をたち長崎へ向かった。 途中、京都に寄り御所を拝観(嘉永6年10月2日)。 この詩はその時に詠んだもの。 吉田松陰の50年忌にあたる明治41年に京都府教育会により建立された。 山河襟帯自然城東来無不日憶 神 京今朝盥嗽拝 鳳闕野人悲泣 不能行 上林零落非復昔空有山河無変更聞説 今皇聖明徳 敬天憐民発至誠鶏鳴乃起親斎戒祈掃妖氛致太平 従来 英皇不 世出悠々失機今公卿安得 天詔勅六師坐使 皇威被八紘人 生若萍無定在何日重拝 天日明 右癸丑十月朔日奉拝 鳳闕粛然賦之時余将西走入海 丙辰季夏 二十一回藤寅手録 場所:平安神宮大鳥居のそば。京都府立図書館前。 |
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